第579話 因縁とまみえる
「――っ、誰!?」
背後からの声に、アイシャは弾かれるように飛び退きながら後ろを振り返る。
「…………えっ?」
だが、そこにいた人物を見てアイシャは呆気にとられたように立ち尽くす。
そこにいたのは、杖がなければ自立して歩くことも難しそうな年老いた老人だった。
顔は皺だらけ、露出した手足はマッチ棒のように細く、手にしている杖とカンテラはまるで老人の命の灯火を表しているかのように不安定に揺れ、今にも倒れてしまいそうであった。
腰を九十度近くまで折り曲げ、柔和な笑みを浮かべている老人の登場に、アイシャは警戒しながらも心配そうに尋ねる。
「お、お爺ちゃん、なんか今にも倒れそうだけど大丈夫?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、大丈夫じゃよ。元気なお嬢さん」
今にも倒れそうなほど弱っていても意識はハッキリとしているのか、老人は肩を揺らして笑いながら話す。
「それより驚いたぞ。まさか、あの地下の秘密の抜け道を見つける者がおるとは思わなかったわい」
「思わなかったって……あそこからしか地下から出られないんじゃないの?」
「まさか!? あそこはスイッチの切り替えで出口を出し入れしておるだけじゃい。もっとも、今は秘密の通路を使う以外は、誰も出られないようにしておったわけだが」
「誰も出られないって……どうして」
「どうして儂がそんなことを知っておるか、かの?」
老人の質問に、アイシャはゆっくりと下がりながら頷く。
見た目は小突けばそれだけで倒せそうな弱々しい老人であったが、この場にいる以上、彼が今回のお見合いパーティーと何も関係がないはずがないと思ったのだ。
「うむうむ、そうやって警戒することは大切じゃな」
老人はゆっくりと大きく頷きながら、アイシャの疑問に答える。
「簡単な答えじゃ。この屋敷を設計したのはこのワシじゃからの」
「お、お爺ちゃんが……」
「それだけじゃないぞ。ワシは色々なものを造るのが昔から好きでの。グリードに頼まれて色んなものを造ったものじゃ」
「い、色々……」
「ああ、色々じゃ。最近はグランドのエスクロという男に頼まれて、殺されても死なぬ戦士というもの造ったのじゃが、あれは中々にいい経験になったぞ」
「エ、エスクロですって!?」
「ソラ!?」
思わぬ人物の名前を聞いて思わず飛び出してきたソラに、アイシャが驚きながら彼女に駆け寄って尋ねる。
「どうして出てきたの。あのまま隠れていれば……」
「いいえ、アイシャさんだけ危ない目に遭わせるなんてできません」
アイシャを囮にして自分だけ助かることを良しとしなかったソラは、前に出て老人に詰め寄る。
「あなたが……あなたがユージさんを」
「何じゃ、お嬢ちゃんは……その耳、その尻尾、
「そうです。私はソラ、グランドの街であなたが造ったという死なない戦士によって、私の大切な人はとても悲しい別れをすることになったんです」
「ほっほっほ、そうかそうか、わかったぞ。お嬢ちゃん、ノルン城の生き残りの王家の者じゃな?」
「そういうあなたは、混沌なる者を崇拝する者ですね?」
「質問を質問で返すか……」
怒りでわなわなと震えるソラを見て、老人は呆れたように大袈裟に肩を竦めて、自身の正体を明かす。
「まあよい……そうじゃ、ワシは混沌なる者に仕える信徒、ペンターじゃ」
「……あっさりと混沌なる者の信徒だと認めるのですね」
「お嬢ちゃんがノルン城の王家じゃとわかったからな」
自身の正体を明かしたペンターは、それまでのプルプルと震えていたのが演技であったかのようにピタリと動きを止める。
「本当はお嬢ちゃんたちは捕らえて、グリードの贄とするはずじゃったのじゃが、ノルン城の王家の者となれば話は別じゃ」
そう言ってペンターはニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべる。
「このワシ自らお主を捕えて、心ゆくまで解剖させてもらおうじゃないか!」
「――っ!?」
「ソラ!」
思わず腰を落として身構えるソラに、アイシャは手を伸ばして彼女の手を取り、強引に手を引いて走り出す。
「よくわからないけど、今は逃げることが先決よ!」
「……そ、そうですね」
手を引かれながらも、ソラは背後を振り返って不気味に佇むペンターを一瞥する。
「あの人がいなければ……」
浩一が二人の親友の一人である、雄二を失わずに済んだのかもしれない。
それがどうしようもないたらればであることは重々承知していたが、それでもソラはそう思わずにはいられなかった。
「今は逃げますが……」
あのペンターという老人は、絶対に許さない。
そう胸に秘めながら、ソラはアイシャと共にペンターに背を向けて駆け出した。
「ほっほっほ、頑張って逃げるがいいさ」
逃げて行くソラたちの背中を見ながら、ペンターは大きな動作で長く息を吐く。
「この屋敷の中にいる限り、ワシから逃れられるはずもないがの」
余裕の笑みを浮かべたペンターは、杖を突きながらゆっくりとした足取りでソラたちの後を追いかけていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます