第423話 旅立ちの儀式
それからシドは、リムニ様に自分も旅に出る旨を告げ、後の業務を全て彼女に丸投げしてしまった。
この獣人に対する背信行為とも取れるような自分勝手な行動に、集落の人たちは反感を覚えるかと思ったが、意外にもこれといった反発はなかった。
やはり集落の獣人たちも、これまでシド一人に負担をかけすぎていたことを自覚していたようで、むしろ奥様方を中心にシドが自由になることを祝福すらしてくれた。
こうして、後顧の憂いなく旅の支度をすることになった俺たちは、師匠であるオヴェルク将軍に依頼して、旅の手ほどきをしてもらうことになったのだった。
火打石から発生した火花を乾燥した藁に移し、手で壁を作りながら「ふぅ、ふぅ……」と必死に息を吹きかけ続ける。
小さな黒いシミからぶすぶすと煙が出始めたら、藁を手にしてより空気に触れるようにブンブンと大きく回転させる。
そうして徐々に煙の量が増し、小さな火となったところで用意していた組んだ薪の下に敷かれた藁の束に素早く投げ入れる。
「あとはミーファにまかせて!」
小さな火が発生したところで、俺の後ろからミーファがヒョコ、と顔を覗かせ、手にした牛の角で作った筒で「フ~ッ、フ~ッ」と強く息を吹きかけていく。
ミーファが息を吹きかけていく毎に、火が成長するかのように徐々に大きくなり、ものの数十秒で火は炎になり、パチパチと小気味のいい音を立てながらジリジリとした熱が肌を焼く感覚に、火付けが成功したことを悟り、俺は笑みを浮かべる。
「ミーファ、もういいぞ」
「うん、わかった」
筒から口を離したミーファに場所を変わってもらい、十分に火が大きくなったのを確認した俺は、一本の薪に火を点けると、石を積み上げて造った三つの竈へと次々と火を点けていく。
薪を並び替え、効率よく空気が循環するように調整してやり、火が安定するのを確認すると、俺は満足そうに頷く。
「よし、問題ないな」
「やった~!」
俺が火付けの完了を告げると、ミーファはぴょんぴょん、と喜びながら飛び跳ね、手を大きく伸ばして俺とハイタッチをする。
互いに労った俺たちは、二人で並んで火に手をかざして暖を取る。
「えへへ、あったかいね……」
「そうだな。最近、ちょっと肌寒くなってきたから、ちょうどいいな」
俺はミーファの頬に付いた黒い煤を払ってやりながら、ゆっくりと天を仰ぐ。
……う~ん、いい天気だ。
ついこの間までは汗ばむ陽気の中、蒼穹に真っ白な雲が幾重にも重なる光景がよく見て取れたのだが、今はいわし雲のような薄い雲が広範囲に渡って広がるようになった。
もしかしてこの世界にも四季が存在するのかな? だとすれば、これからどんどん寒くなって、二、三ヶ月後には雪がちらついたりするのだろうか?
まだ紅葉が始まっていない木々を見ながら、そんなことを考えていると、
「おにーちゃん、次は何するの?」
やる気満々といった様子のミーファが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら次の仕事を急かしてくる。
「そうだな……」
キョロキョロと周囲を見渡しながら、俺は両手に木桶を手にしたシドに声をかける。
「シド、こっちは準備できたけどそっち手伝うか?」
「水汲みはこれで終わりだから大丈夫だ。火はこっちで見ておくから、後はソラの手伝いをしてやってくれ」
「わかった」
シドの要請に頷いた俺は、ミーファと手を繋いでソラの下へと向かう。
竈から発生する煙を避けながら風下に向かって歩くと、程なくしてまるで露店でも開くかのように、山と積まれた食材と格闘するソラが見えた。
「ソラ、手伝うよ」
「てつだう~」
「あっ、コーイチさんにミーファ、それじゃあお願いします」
切った肉と野菜に串打ちをしていたソラは、既に完了した串を掲げて見せながら説明する。
「それでは、このように肉と野菜をバランスよく串に刺していってもらえますか? そしたら私は、スープ作りに取り掛かりますので」
「わかった」
「まかせて~」
ソラからそれぞれ串を受け取った俺たちは、ソラが見せてくれた見本を元に串打ちをしていく。
だが、
「……ミーファ、肉ばっかり刺しちゃダメよ」
やはりというか、野菜より肉派のミーファは好き勝手の串を作っていたようだ。
「ちゃんとお姉ちゃんが作った通りにやりなさい」
「これはミーファがたべるぶんだからいいの!」
「ダメよ。それじゃあ、お野菜だけの串ができちゃうでしょ」
そう言ってソラは、問答無用でミーファから串を奪うと、素早い手つきで肉を抜いて野菜を刺していく。
「はい、次からはちゃんとこうしなきゃダメよ?」
「むぅ……」
ソラの要請に、ミーファは不満そうに唇を尖らせるが、
「い・い・わ・ね?」
「……う、うん」
にこやかに迫るソラの迫力に圧されたのか、ミーファはコクコクと頷きながら、指示された通りに串打ちしていく。
リムニ様が用意してくれた気力を回復するという薬で治療したソラは、思った以上に薬が効いたのか、元気になってくれたのは大変喜ばしいことだが、時々、まるでシドかと思うような迫力を纏うようになった。
そしてその時に気付いたのだが、実は直情的に怒るシドより、静かに怒るソラの方が怖いのだ。
だが、当然ながらそんなことを口にする勇気はないので、俺は黙って串打ちに専念することにする。
その後、俺とミーファは他愛のない話をしながら串打ちをしていく。
「それにしても、面白いよな」
「な~に?」
可愛らしくコテン、と小首を傾げるミーファに、俺は自然と頬が緩むのを自覚しながら、その理由を話す。
「旅に出る人が、お世話になった人にご馳走を振る舞うってことがさ」
そう……俺と三姉妹は今、旅の無事を祈願するために、グランドの街でお世話になった人たちを振る舞う料理の準備をしているのだ。
本来は自宅にゲストを呼んで、豪勢な料理を振る舞うらしいのだが、生憎と俺たちには決まった家がないのと、今日まで旅の仕方の指南をしてもらった成果を見せるため、こうしてキャンプ飯でゲストをもてなすことにしたのだった。
「お兄ちゃんが暮らしていた世界では、旅に出る人が皆からご馳走してもらうことが多いんだ」
「そーなの?」
「うん、だけどこっちから皆をもてなす方が、いい思い出として皆の記憶に残るから、結果として忘れられないと思うからいいかもね?」
「う~ん、よくわかんないけど、みんなでごはんたべるのたのしいよね?」
「ハハッ、そうだね」
ミーファにはまだちょっと難しかったかもしれないけど、俺の常識とは逆となるこの世界の別れ方も悪くない
いつか元の世界に戻り、旅に出る時があったら、この世界の話をしながら皆をもてなしてみようと思った。
そうして串打ち作業に没頭していると、竈の方からソラ特製のスープのかぐわしい匂いがしてくると、胃が刺激されてギュルル、とお腹が空腹を訴えてくる。
しかも、目の前には生とはいえ、大量の串打ちされた肉があるのだから、さらに空腹は加速する。
だが、ここは我慢のしどころだ。
何故なら今日の俺たちは、ゲストを迎える側だからだ。
「……ミーファ、もう少しだから頑張ろうな」
「うん……おなかすいたぁ」
その後も次々と料理が仕上がる度に立ち込める香りと、激しく主張する腹の虫と戦いながら、俺たちはお世話になった人たちをもてなすパーティーの準備を進めていった。
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