第393話 いざ反撃へ

 まだ、勝負はついていない。その言葉で俺は浮かれていた自分を落ち着かせるように唇を噛み締める。


 そうだ……まだクラベリナさんを正気に戻しただけで、元凶であるユウキ、そしてジェイドの二人は健在なのだ。

 管理者用のネームタグを持つ奴等を倒さなければ、俺たちに安寧の時間は訪れない。


 するとそこへ、


「……やれやれ、ようやく正気に戻ったか」


 意識を取り戻したのか、シドが苦笑しながら現れる。


「シド!」


 俺が声をかけると、シドは無事をアピールするように笑顔を見せて頷く。


「さて……」


 シドは上着の裾をビリビリと破りながらクラベリナさんの隣に並ぶと、彼女の穴の開いた手を取る。


「見せてみろ。そのままじゃ戦い辛いだろう」

「姫様、そんな私のためにお召し物を……」

「おい、この服がお召し物なんて呼ぶに相応しいものに見えるか? 気にするな、どうせ、この後捨てるつもりだったんだ」


 シドは短くなっておへそが露出した上着を摘んで苦笑すると、慣れた手つきでクラベリナさんの手を治療していく。


「そんなことより、この状況……切り抜ける算段はあるのか?」

「はい、先ずは戦力の拡充を行います」


 クラベリナさんは自信を持って頷くと、


「おい、タイゾー!」


 呆然とこちらを見ている泰三に話しかける。


「あっ、は、はい、なんでしょう……」


 いつもなら忠犬の如く喜んで応えそうなものだが、泰三は困惑したようにその場で固まったままだ。


「ん? 何だか様子がおかしいな」

「あ、あの……クラベリナさん」


 事情が呑み込めていない様子のクラベリナさんに、俺は泰三の様子がおかしい理由を話す。


「ネームタグを破壊してしまったから、泰三からクラベリナさんの記憶が抜け落ちているんです」

「ああ、なるほど。そういうことか……」


 ついさっきまで自分も記憶を奪われていたからか、クラベリナさんは一瞬で状況を理解したのか大きく頷くと、


「おい、タイゾー。命令だ」


 再び泰三に向かって大きな声で叫ぶ。


「今すぐ自分のネームタグを破壊しろ。そうすれば、後でお姉さんが足で踏んでやるぞ」

「はぁ? いやいやいや……」


 いきなりとんでもないことを言い出すクラベリナさんに、俺は思わず呆れたように嘆息する。

 いくらクラベリナさん会いたい一心で、俺からのネームタグの破壊要請に従わなかった泰三でも、そんなアホみたいな命令に従うはずがない。そう思ったが、


「早くしろ。この私がご褒美をくれてやると言っているんだぞ」

「あっ、は、はい、わかりました!」


 クラベリナさんに急かされた途端、泰三は慌てながら胸の中からネームタグを取り出し、手にした槍で貫く。


「あがっ!?  が、があああああああああああああああああああぁぁぁ……ハッ、ここは」


 ネームタグを破壊した泰三は、フラッシュバックの影響で少し苦しんだ後、俺の顔を見て大きく目を見開く。


「……こ、浩一君! 僕は……何てことを」

「お、おう……」


 どうやら無事に俺のことを思い出した様子の泰三だが、何だか素直に喜べない。


 泰三、お前……俺の知らない間に調教され過ぎだろう。


 もしかしたら強くなる上で必要な処置だったのかもしれないが、それでも俺はあいつとは同じ轍を踏みたくない。

 俺が密かにドン引きしているとは気付かず、泰三は小走りで駆け寄って来ると、クラベリナさんに向かって頭を下げる。


「すみません、団長。ご迷惑をおかけしました」

「うむ、ご褒美は後にするとして……戦えるな?」

「任せて下さい。怪我をした団長に代わり、八面六臂の活躍をしてみせますよ」


 爽やかな笑顔を浮かべて泰三は頷いてみせるが、こいつは後でご褒美と称して踏んでもらうつもりだと思うと、何とも言えない気持ちになる。


 世の中には、踏んでもらうことをご褒美だという人もいるというが、冗談でその話しに乗ることはあっても、実際に踏まれると屈辱感と怒りしか湧いてこないと思うのは、俺だけだろうか?

 もし、この状況を切り抜けることができたら、泰三に踏まれた時の気持ちを聞くことにして、先ずはこの人数で現状をどう切り抜けるのかを考えるべきだろう。


 そう思っていると、


「コーイチさん……」


 ソラが遠慮がちに俺の裾を引っ張ってくる。

 何事かと思ってソラの方を見ると、彼女は俺たちの背後を指差しながら小さな声で呟く。


「あ、あれを見て下さい」

「あれ?」


 その言葉に従って俺は背後へと目を向ける。


「あ……」


 そこには、レンリさんの気転によって避難したはずの集落の皆が集まっていた。

 どうしてここに? と疑問符を浮かべる俺に、


「シド! コーイチ……」

「あたいたちも、あんたと一緒に戦うよ」

「たいして力になれないかもだけど、このまま全部をあんた達に任せるのも目覚めが悪いだろ?」


 集落の人々が手に、思い思いの武器を手にしながら話しかけてくる。


「み、皆さん……」


 秘密の通路から次々と現れる集落の人々を見て、俺は目頭が熱くなるのを自覚する。


 獣人といっても、シドの狼人族ろうじんぞくや、ベアさんの熊人族くまびとぞくのように、誰もが戦闘に特化した種族というわけでなく、残っている人たちは戦うのが得意ではない種族の人が圧倒的に多い。


 だが、それでも並の人間よりは遥かに優れた運動能力を持つことには変わりないので、こうして勇気出して加勢に来てくれたのは大変ありがたい。

 それに何より、数の不利を覆せるのはとてつもなく大きい。


 これは、ひょっとして……、


 状況が次々と好転していく事態に、俺は期待に満ちた目でシドの方を見る。


「シド……」

「ああ、いけるぞ。クラベリナ!」


 同じ手応えを感じているのか、シドも嬉々とした表情でクラベリナさんに話しかける。


「これで戦力の拡充は十分だな?」

「ええ、勿論です」


 クラベリナさんは力強く頷くと、左手で握ったレイピアの切先を、恨めしそうにこちらを睨んでいるユウキたちへと向ける。


「いきましょう、姫様。反撃の時間です」


 クラベリナさんの言葉を皮切りに、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

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