第383話 友よ安らかに

 アラウンドサーチによる力の限界を徹底的に調べる。

 オヴェルク将軍のアドバイスに従い、俺はシドたちに協力を仰ぎ、あらゆることを試した。


 敵を知り、己を知れば、百戦してあやうからず。孫子が残した教訓の中でも、誰でも一度は聞いたことがあるであろう最も有名教訓にもあるように、自分の力の詳細を知ることは、生き残る上でも決して悪いことではなかった。


 その中でも特に研究を重ねたのが、アラウンドサーチはどのようなメカニズムで相手を見つけ、何処まで索敵できるかの二点だ。


 階層が変わると相手を察知できなくなるのは既に知っていたが、厳密に高さを計ったところ、索敵できる高低差はおよそ監獄の一階層分の高さ、三メート程度だった。


 そうして次に調べたのは、索敵のメカニズム……一体、人の何を基準にして、索敵が行われているかを調べた。


 これについては、シドに監獄の階段を何度も昇降してもらって調べた。

 そうしてわかったのは、アラウンドサーチは生き物の脳……おそらく脳波を感知して赤い光点として脳内に映し出しているということだ。


 ここで先程の階層が変わると、察知できなくなるという仕様に例外があることに気付く。

 アラウンドサーチは俺の脳を起点に、相手の脳波を感知しているのだから、階層が変わっても頭を低くすれば下の階層からでも索敵できるかを試したのだ。

 結果は予想通り、頭の位置を低くすれば、下の階層からでも索敵できるということだった。


 それらの研究の成果を受けて、俺が立てた作戦はこうだった。


 先ずはありったけの小麦粉をばら撒き、ユウキに粉塵爆発を行うとみせかける。

 そうしてユウキが少しでも躊躇している間に監獄へ走り、俺たちがいつも食事をしている食堂の扉を踏み台にして、二階で待機しているシドに引き上げてもらう。

 後は、扉を閉める音を聞かせ、いかにも食堂内で待ち構えているような位置取りで姿勢を低くし、リッターを連れたユウキが、食堂の壁を壊して無防備な姿を晒してくれるのを待つだけだった。


 ユウキは予想通り、粉塵爆発が起きないことを見抜き、逆に俺たちを追い詰めたと思ってまんまと罠に嵌ってくれたのだった。



「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 リッターの背中に張り付き、黒いシミに従ってナイフを突き立てた俺は、雄叫びを上げながら、さらに腕を押し込む。

 狙いは、リッターの心臓に収納されているネームタグ……彼を倒す前に、せめてユウキの支配からは解放してあげたいと思ってのことだ。


「ウガッ! ガアアアアアァァァ!!」


 だが、そんな俺の想いが通じるはずもないリッターは、吐血しながら背中に乗った俺を振り落とそうと全力でもがき、腕を無茶苦茶に振り回して殴りかかってくる。


「うぐっ……」


 背後に向けての攻撃の為、攻撃の威力はかなり抑えられていても、筋骨隆々のリッターの攻撃はかなり痛い。


 だが、俺はリッターによる鉄拳を何度も受けながらも、決して逃げることなくナイフを突き立て続ける。

 これが俺が親友として雄二にしてやれる、正真正銘の最後のことだから……、


「雄二いいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ!」


 叫びながら俺は、願いを込めてナイフを押し込む。

 すると、リッターの体の中で、何かを砕くような手応えがある。


 今の手応えは……、


 ネームタグの破壊に成功したのだろうかと思うと同時に、リッターの体がぐらりと傾き、そのまま倒れそうになる。


「わわっ!」


 俺は慌ててリッターの背中から飛び降りると、数歩下がって彼の様子を見る。


「ウゥ……」


 口から大量の血を吐いたリッターは、呻き声を上げながら俺へと手を伸ばす。

 もしかして、まだ戦うつもりなのか? そう思っていると、


「そ、そこに…………いるのは…………こ、浩一………………か?」

「――っ!?」


 その声を聴いた途端、俺は心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受ける。

 俺は信じられないと思いながらも、おそるおそるリッターへと声をかける。


「雄二! 雄二なのか!?」

「あ、ああ…………こんな…………バケモノになっちまったけど…………な」

「――っ、馬鹿野郎……」


 俺はリッターが……雄二が正気を取り戻したことを知り、堪らず彼へと手を伸ばして差し伸べられた手を握る。


「良かった……雄二、お前が……生きていてくれて」

「いや…………」


 涙を流しながら破顔する俺に、雄二はゆっくりとかぶりを振る。


「俺は…………もう、死ぬ…………いや、最初から…………生きては…………いないんだ」

「雄二!?」

「知ってる…………だろう? 俺は、もう……人間じゃない…………ゾンビなんだよ」

「でも……」

「ハハッ……泣くなよ……俺…………嬉しかったんだ」

「嬉しい?」


 まさかの言葉に思わず聞き返す俺に、雄二は目から涙を零しながら笑う。


「だってそうだろ? こうして…………浩一が生きていただけじゃなく……また戦えるようになってただなんて……本当…………強くなったな」

「……全部、全部お前のお蔭だよ。お前がいたから、俺はまた立ち上がれたんだ」

「そっか……ヘヘッ…………俺の…………お蔭か」

「そうだよ! だから……」


 生きて欲しい。そう強く願いながら雄二の手を強く握るが、


「――っ!?」


 握った先から手がボロボロと崩れ、砂のような細かな破片となって散ってしまう。


「そ、そんな……嫌だ! 待って、待ってくれ雄二!」


 俺は崩れた破片を必死に拾い集め、少しでも雄二の体の崩壊を止めようとするが、無情にも彼の体は指先だけでなく、足先からも崩れ始める。


「もういい……もういいんだ…………浩一」


 泣きながら欠片を集める俺に、雄二が落ち着いた声で話しかけてくる。


「ゾンビとなった俺が……こうして自我を取り戻し……お前と話せたのが奇跡なんだ。もし、生き延びてもこれが続く保証は……ない」

「でも、でも……」

「だからさ……」


 雄二は無くなった手を伸ばすかのように腕を上げると、真摯な表情で最後の望みを話す。


「どうか……どうか俺の分も生きてくれ…………そして、この世界を……俺とラビィちゃんが愛したこの世界を守ってくれ」

「…………わかった」


 雄二の願いに、俺は涙を拭いながらどうにか応える。


「親友の最後の頼みだ。絶対……絶対に約束を果たしてみせるよ」

「任せた」


 雄二が頷くと同時に両足が完全に消滅し、体が大きく傾くので俺は慌てて手を差し伸べて支える。


「……ヘヘッ、悪いな」

「いや、気にするな」


 俺は雄二の体をしっかりと支えながら、喋りやすいように顔を上に向けてやる。

 救えないのなら、せめて雄二の最後の言葉にしっかりと耳を傾けようと思った。


「まだ、何か言い残したことがあるか?」

「そう……だな」


 そう言いながら雄二は、監獄の二階層目でユウキに対して最大限の警戒を払っている泰三を見やる。


「あいつに……泰三に一言謝りたかったな」

「今からでも呼ぶぞ?」

「いや、いい……」


 俺の提案に、雄二はゆっくりとかぶりを振る。


「もう…………時間がない」


 そう呟く雄二の体は胸から下までが完全に消滅していた。


「だから、浩一……お前からあいつに謝っておいてくれ」

「……わかった」

「悪いな……」


 雄二は静かに頷くと、大きく息を吐く。


「それじゃあ浩一、そろそろお別れだ」

「……ああ」

「前にも言ったが…………泣いて別れるのはごめんだ…………笑って別れようぜ」

「…………ああ」


 俺が頷くのを見た雄二は、かつて見た幾度となく見た人懐っこい笑みを浮かべる。


「浩一……お前は最高の…………親友だった…………ぜ」


 そう言って雄二が破顔すると同時に、彼の顔がボロボロを崩れ、吹き抜けた風によって一瞬にして散り散りになってしまう。


「ああ…………ああっ…………」


 笑顔で別れようなんて言ったが、そんなことは到底無理だった。


 もっと色々と話したいこと、伝えたいことがあった。

 そして何より、俺と雄二、泰三の三人で高校の時のように集まって、一緒の時間を過ごしたかった


「ああ、雄二……雄二いいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ!!」


 俺は雄二が最後にいた場所に突っ伏すと、今度こそ本当に逝ってしまった親友を想ってむせび泣き続けた。

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