第312話 記憶はなくとも

 泰三の様に華麗な身のこなしで昇ることはできなかったが、どうにか瓦礫の山を登ると、戦況が見えてきた。


 どうやら冒険者ギルドと自警団の面々は協力体制を敷くと決めたのか、今は壇上の向こう側で、全員でキングリザードマンを取り囲むように戦っていた。


「いいか? 一か所を集中的に狙うんだ。線ではなく、点で捉えるんだ!」


 混戦状況の中、ジェイドさんの大きな声に、自警団のメンバー三人が揃ってキングリザードマンの足目掛けて長槍を突き出す。

 だが、放たれた攻撃は、どれもキングリザードマンの装甲を貫くことはなく、その堅い鱗に弾かれてしまう。


「違う! そうじゃない。いいか? 狙うのは間接部位だ。膝を狙うんだよ!」


 指示が上手くいかず、ジェイドさんは髪の毛を掻き毟りながら苛立ちを露わにする。


「クッ……」

「口だけは達者だな」


 ジェイドさんの指示に、自警団の連中も苛立ちを露わにしながらも、キングリザードマンの装甲が薄いと思われる場所を狙って攻撃を仕掛けていくが、どうにも上手くいかない。


 おそらく自警団の連中もジェイドさんに言われなくとも、キングリザードマンへダメージを与える方法はわかっているのだろう。

 だが、動く標的相手に、僅かな弱点部位を狙って複数同時に攻撃を仕掛けるとなると、それはかなりの練度を持つ組織であっても至難の業だろう。


 さらに、


「キシャアアアアアアアアアアアア!」

「ヒイィィ……」

「た、助け……あぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 一度攻撃を弾かれれば、キングリザードマンの当たれば即死の反撃が待っているのだから、最前線に立つ自警団の連中が受けるストレスは相当なものだろう。


「クッ、皆、落ち着くんだ。落ち着いて互いをフォローし合おう」


 早くも相当な犠牲者が出ているのか、泰三が焦ったように声を張り上げるが、果たして、明らかに不協和音が響いている彼等にどれだけ浸透しているかは未知数だ。


 ……やはり、彼等に任せるのは無理があったようだ。


 考えてみれば、俺が地上にいた頃から、冒険者ギルドと自警団の不仲は始まっていた。

 それが、こんな命を削る場になってまでギスギスするとは思っていなかったが、それだけ両者の関係は、ここ数カ月でかなり悪化したようだ。


 頼みの壁役タンクであるリッターも、最前線でキングリザードマンの攻撃を防いではいるのだが、流石に全ての攻撃には対処できないようで、攻撃が彼を通り抜ける度に、自警団の連中に犠牲者が出ていく。


「よし……」


 俺はキングリザードマンとの距離を見て、すぐさま襲われる心配はないことを確認すると、あたふたと指示出しに奔走している泰三へと大声で呼びかける。


「泰三おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!」

「――っ!?」


 突然響いた俺の大声に、泰三だけでなくほぼ全員の視線が俺へと向く。

 特に、俺に名前を呼ばれるとは思っていなかったであろう泰三の驚いた顔に、俺は笑いが込み上げてくるのを自覚しながら、奴に向けて大声で指示を出す。


「俺がバクスタを狙うから、お前は奴をタゲ取りしながら、良ポジでスタンさせるんだ! いいな!」


 そう一方的に宣言して、俺はせっかく登った瓦礫の山から飛び降りて身を隠す。


「……コーイチ、今のは?」


 飛び降りた先で、シドが俺に近寄ってきて質問してくる。


「おそらく作戦を伝えたと思うんだけど、今ので通じるのか?」

「ああ、大丈夫だ」


 心配そうなシドに、俺は笑顔で頷いてみせる。


「他の誰にも通じないかもだけど、泰三にだけはあれで通じるから」

「本当か?」

「本当だって……だから、後は泰三を信じて任せよう」


 俺は肩を竦めてみせると、来るべき時に備えるため、アラウンドサーチを発動させて状況を見守ることにする。




「な、なな……」


 浩一から理不尽な命令を受けた泰三は、我が耳を疑っていた。


「し、信じられない。この状況で、あんな命令をしてきますか?」


 浩一の言葉を要約すると、キングリザードマンを背後から襲撃して倒してみせるから、程よい位置で相手の動きを封じろというのだ。

 それが一体どれほどの高難易度の要求か、まさか知らないはずがないだろうし、正気の沙汰とは思えなかった。


「おい、タイゾー君」


 するとそこへ、ギルドマスターであるジェイドがやって来て、泰三に耳打ちしてくる。


「君はさっきのあの指示の意味がわかったのか?」

「それは……はい」


 悔しいが、否定する材料はないので泰三は渋々ながら頷く。


「でも、あの命令をこなしたからといって、本当にあの敵を倒せるかどうかは……」

「いや、わからないぞ」


 思わず顔をしかめる泰三に、ジェイドは顔に張り付いた前髪をどけながらニヤリと笑う。


「実は彼、一人で既にリザードマンジェネラルを数匹屠っている。それも、どれも一撃で、だ。彼がどんな力を持っているかはわからないが、あながち嘘とは思えない」

「だから、信じてみろと?」

「現状、他に方法はないだろう。言うまでもないが、我々と君たちの組織の関係は最悪だ。これでは、強敵を前に個で戦っているのと変わらん」

「それは……そうですね」


 ジェイドの言葉に反論できず、泰三は力なく肩を落とす。

 それ相応の実力を見せ、自警団内でそれなりの役職についてる泰三であったが、こうして現場に立ってみると、人の上に立つことがいかに難しいかを思い知る。

 特に、今回は仇敵とも言える冒険者ギルドとの協力体制を敷かないといけない中、泰三の求心力では、彼等を上手くまとめることができないでいた。


「何、難しく考える必要はない」


 落ち込む泰三に、ジェイドが肩を叩きながら笑いかける。


「彼に賭けてもしダメだった場合、容赦なく見捨てて他に手を打てばいいさ。ただ、俺としては彼に賭けるのが最適解だと思っている」

「ジェイドさん……」


 ギルドマスターであるジェイドにここまで言わせることに、泰三は少なからず驚きを覚える。

 それに、ここに来るまでに自警団もリザードマンジェネラルと対峙したのだが、その尋常ではない鱗の堅さに、泰三も惜しみなくディメンションスラストを繰り出してようやく倒したほどだ。

 それをたった一人で、しかも一体だけでなく複数のリザードマンジェネラルを一人で倒したのとなると、もしかしたら本当にキングリザードマンを倒すこともできるかもしれなかった。


「どうする? 彼に賭けてみるかい?」

「そう……ですね」


 泰三は顔を上げると、ジェイドの目を見ながら静かに頷く。


「やりましょう。彼の言う作戦の手立ては……僕が考えます」


 そう言うと、泰三は忙しなく周囲に目を走らせながら、脳をフル回転させはじめた。

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