第288話 爬虫類の悪魔

 地下墓所カタコンベの玄室でアラウンドサーチを発動させてすぐ、赤い光点による反応が現れる。


 その数、二、三、四…………索敵範囲が広がるにつれてどんどん反応が現れる。


 二桁を超えてもその勢いは衰えず、数が四十を超えたところで、


「クッ……」


 索敵できる数の限界を超えたのか、俺は頭痛を覚えて堪らずアラウンドサーチを解除する。


「コーイチ、大丈夫か?」


 すると、すぐさまシドが駆け寄ってきて俺の体を支えてくれる。


「それほどまでに数が多いのか?」

「ああ、少なくともこの近辺に五十以上の反応がある……数はリザードマンの方が多いと思う」

「だろうな。奴等の繫殖力は凄まじいものがあると聞いている。もし、奴等の卵を見つけたら、優先的に破壊した方がいい」

「わかった……」


 そうか、リザードマンは卵で繫殖するのか。

 やっぱり見た目同様、リザードマンは爬虫類の仲間に分類されるようだ。


 確か、冒険者ギルドや自警団には、魔物の詳しい生態が書かれた書物があるらしいが、リザードマンについてどのような記述がされているかいつの日か見てみたいものだと思った。




 いつまでも玄室に留まっているわけにもいかないので、いよいよ俺たちは行動を開始することにする。


「それで、これからどうする?」


 ここまで来てノープランであることに若干の気恥ずかしさを感じながら、俺はシドに尋ねる。


「流石にボスの討伐は任せるとして、俺たちは何処に向かうべきだろう?」

「そうだな……」


 シドは鼻をスンスンと動かし、頭の上に三角形の耳をピクピク動かして周囲の状況を探りながら、目を忙しなく動かせる。


「コーイチ、ざっくりと方向だけでいいから、何処にどれぐらいの反応があったか教えてくれ」

「あ、ああ……」


 シドからの要請に、俺は覚えている限りの情報を彼女に伝える。


「そうか……」


 俺からの情報を聞いたシドは、豊かな胸を持ち上げるように腕を組んで思考にふけっていたが、


「とりあえず、反応が少なかった方へと向かおう」


 ゆっくりと顔を上げながら、今後の方針を提案する。


「リザードマンを殲滅するのは、最低限の目標なんだ。だったら既に打ち漏らされた奴等を中心に狩って、死にそうな奴等がいたら助けてやる。そんなところだろう」

「そう……だな」


 冒険者たちの前に姿を晒すのはリスクが高いが、かといって死にそうな目に遭っているのを見捨てるのも忍びない。

 流石に命の恩人となった俺たちに、問答無用で仕掛けてくるような恥知らずな者はいないと思いたいが、これだけは流石にその状況になってみないとわからない。


 だけど、俺たちの目的を考えれば、シドの作戦は最も理にかなっていると思った。


「わかった。それでいこう」


 俺はシドの提案に素直に頷くと、改めてアラウンドサーチを使って左右の扉の内、反応が少なかった方のドアから外へと出ることにした。


 頭痛が起きないように、余り範囲を広げずに索敵を終えた俺は、


「……よし、行こう」


 シドに状況を伝えながら、玄室の左の扉から外へと出ることにする。

 玄室と外を隔てる石の扉は、重厚そうな見た目に反して、思ったより軽い手応えで押し開くことができた。


 俺は勢いよく扉を開けて余計な音がしないように注意しながら、扉の隙間からそっと顔を出す。

 すると、


「うわっ!?」


 扉から外を見た俺は、目の前に俺よりはるかに大きい黒い山がそびえ立つのを見て、思わず声を上げる。


「な、何だ?」


 カンテラを掲げてみると、それは死体の山だった。

 わかるだけで十体以上のリザードマンの死体が、折り重なるようにして積み上げられていた。

 アラウンドサーチは生者の反応しかわからないので、この中に生存者がいる可能性はない。


「ああ……びっくりした」


 それなりに死体漁りスカベンジャーとしての経験が活きたのか、大量の死体を見てもパニックに陥らずに済んだ俺は、呼吸を整えながらゆっくりと死体の山を見る。


 山と積まれた死体の中に、ベアさんたちの死体は……ない。


 そのことに小さく安堵しながらも、


「……あれ?」


 俺は積み上げられたリザードマンの死体の中に、これまでとは違ったリザードマンがいることに気付き、カンテラで照らす。

 これまで見てきたリザードマンは基本的に裸で、たまに人間の冒険者が使っていた防具を流用して武装している者がいたりしたが、そのリザードマンは、何とも言えない不思議な色をした前掛けに、人間の頭骨が三つ付いた首飾りのようなものを身に付けていた。


「……そいつは、リザードマンのメスだな」


 俺がまじまじと毛色の違うリザードマンに注目し、着ている服らしいものの感触を確かめていると、シドが辟易したように顔をしかめる。


「……コーイチ、前にあたしが話したこと、覚えているか?」

「えっ、前に話したって?」

「リザードマンが死んだ人間をどうするかって話だ」

「ああ、あれか……」


 前に死体漁りの仕事の最中、リザードマンが人間の死体を持ち帰ったかもしれないという話題が上がったことがあった。


「……確かリザードマンは死体を持ち帰って、食べるんだっけ?」


 自分で言っておいて、余り想像したくない事案である。

 そして、その話しをしたシドは、さらに何かあるようなことを匂わせたが、それについては言及しなかった。

 そのことについては、聞かない方が身のためだと言っていたが、


「……もしかして、これが?」

「そうだ……」


 シドはゆっくりと頷くと、リザードマンのメスの死体を指差しながら話す。


「リザードマンのメスは、殺した者の皮を剥いで服を作り、骨でアクセサリーを作るのだ」

「えっ!? そ、それじゃあ、これって……」


 俺は自分が触っていた服を慌てて手放すと、手に何かついてしまったかもしれないと、顔を青くさせる。

 試しに手のにおいを嗅いでみると、


「うわっ、クサッ!?」


 鼻が曲がりそうな悪臭がして、俺は顔をしかめる。

 そのまま何処かで手を拭けるところはないかと、キョロキョロしていると、


「もし、その手であたしに触ろうものなら、二度と口きいてやらないからな」


 三白眼のシドが、近付くなとそそくさと距離を取るので、俺はどうしたものかと途方に暮れるしかなかった。

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