第109話 新たな気持ちで
「以上だ。さして面白い話でもなかっただろう?」
「いえ……」
俺は話を聞くために、近くのベンチまで移動して隣に座っているクラベリナさんに深々と頭を下げて礼を言う。
「貴重な話をしていただき、ありがとうございます」
まさかクラベリナさんが、ノルン城で騎士として勤めていたとは思わなかった。
しかも、俺たちがこの世界に来るきっかけとなった召喚装置を司る人物と深い繋がりがあったのだから、俺たちがクラベリナさんと出会ったのも、不思議な縁を感じるものがある。
しかし、今の話の中で一つ気になることがあった。
「あの……」
果たして聞いていいものか少しだけ悩んだが、俺は思い切って質問してみることにする。
「その……レド様や、三人の娘はどうなったのでしょうか?」
「…………君は酷なことを聞くな」
「す、すみません」
「まあ、いいさ。私も話した手前、こんな中途半端なところでお預けをくらったら、気になって夜も眠れなくなりそうだからな」
その言葉に俺が「うんうん」と頷くと、クラベリナさんは苦笑しながらその後の顛末を話してくれる。
「正直なところ、レド様と三人の娘がどうなったのかはわからないんだ」
ノルン城陥落以降、城の中に入ることは叶わず、近くには魔物たちが跋扈しているので、ノルン城の人たちがどうなったかをクラベリナさんが知る由はなかったという。
「コーイチ、むしろ君が私に教えてくれないか? 城の中に生存者はいたのか?」
「それは……」
その問いに、俺はゆっくりとかぶりを振る。
「俺たちが見た限りでは、城内にいたのは主にゴブリンばかりでしたが……ってゴブリンってわかりますか?」
「ああ、わかる。小人のような小汚い魔物だろう?」
「ええ、そうです」
どうやらゴブリンという魔物はこの世界でも共通認識のようだ。
「城の中には、大量のゴブリンがいただけで、後は俺たちのような召喚された者の……死体だけでした」
それに、もし生存者がいたのなら、俺たちに協力してくれたあのまん丸と太ったネズミが教えてくれるはずだ。
「そうか……」
俺からの回答を聞いたクラベリナさんは、目を閉じると「ふぅ……」と大きく息を吐く。
「予感はしていたが、あの娘たちが死んでいるなら、それはそれでよかったのかもな」
「えっ?」
思わぬ一言に俺が思わずクラベリナさんの方を向くと、今まで見たことのない彼女の顔をと目が合う。
何処までも不遜で、怖いものなんてないのではないのでは? と思うクラベリナさんのまるで少女のような可憐な表情に、思わずドキリとしてしまう。
だが、その後に出てきた言葉は全く予想外だった。
「実はな……ノルン城に魔物を手引きしたのは、レド様だと言われているんだ」
「…………えっ?」
その時の俺は、実に間抜けな顔をしていただろう。
それだけクラベリナさんの言葉は衝撃的で、その後の話は殆ど頭に入って来なかった。
「ほら、ここだ」
あの後、クラベリナさんは約束通り、俺を目的地の近くまで道案内してくれた。
両手にリムニ様に送る衣装箱を抱えたクラベリナさんは、顎で道の先にある階段を示す。
「そこの階段を下れば、間もなくコーイチの探していた店が見えてくるはずだよ」
「すみません、ありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこっちの方だよ」
クラベリナさんは一度箱を担ぎ直すと、犬歯を見せていつもの不敵な笑みを浮かべる。
「君のお蔭で色々と踏ん切りがついたよ。これでもうノルン城に固執する必要はなくなったのだからな」
「……そうですか」
それはつまり、クラベリナさんはかつて仕えた主たちの死を受け入れるということだ
何故なら、今のクラベリナさんにはリムニ様という新たな主がいるのだから。
だがそれでも、大事な人の死をそう簡単に受け入れられるのだろうか。
少なくとも俺には、それだけの強さを持てるとは思えなかった。
「クラベリナさんはやっぱりカッコいいですね」
「コーイチ…………」
思わず漏れた呟きに、クラベリナさんは驚いたように目を見開くと、
「フッ……そうだな。それではカッコいい私から別れる前に君に一つアドバイスを送ろう」
優し気な笑みを浮かべながら話し出す。
「これから先、誰でもいいからこの人だけは守りたい。そういう者を見つけておくといい」
「誰でもいいんですか?」
「ああ、誰でも構わない。だけど、この街に住む人々を守りたい。という広い意味ではなく、明確に誰か一人を決めておくんだ。それが土壇場で君を戦場から生き残らせてくれる最後のファクターとなるはずだ」
「…………わかりました」
厳密にはどういうことなのかよくわかっていないが、クラベリナさんが言うからには間違いないのだろう。
「とりあえず俺には雄二と泰三の二人が大事ですから、その二人を守りたいと思います」
「そうだな。それがいい」
クラベリナさんは満足そうに頷くと、
「それではまた会おう。楽しかったよ」
そう言い残して、悠然とした足取りで立ち去っていった。
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