第107話 彼女のために

 クラベリナさんの白くて細い指の先を見ると、ショーウィンドウに並べられたマネキンたちが目に入って来る。

 他の店と同じように豪奢な衣装を身に纏ったマネキンたちだが、他の店とは決定的な違いが合った。


 それは、マネキンのサイズが他の店より明らかに小さいのだ。


 それはつまるところ、


「もしかして、リムニ様の洋服を買いに来たのですか?」

「そうだ。可愛い可愛い領主様の魅力をさらに引き出すため、この私が服を選びに来たんだ……そうだ!」


 名案を思い付いたかのように柏手を打つクラベリナさんを見た俺は、

 …………嫌な予感がする。

 そう察知し、この場から逃げようと後退りしようとするが、


「何処に行こうというのかね? この私から逃げることなどできんよ」


 それより早く、クラベリナさんの手がぬっ、と伸びて来て俺の腕を掴む。


「コーイチ、せっかくだからお前も来い」

「ええっ!? で、でも、雄二と泰三が俺を待っているので……」

「男との約束より、私との甘美な時間の方が魅力的だろう。ほら、行くぞ」


 逡巡する俺に、クラベリナさんは有無を言わさず俺の腕をがっちりホールドする。

 すると必然、クラベリナさんの柔らかいものが俺の肘に当たる。

 うっ、このままだと色々とヤバイことになってしまいそうなので、意識を肘から逃そうとするのだが、どうしても全神経が肘に集中しようとしてしまう。


「フフッ……」


 冷や汗を流しながらも必死に取り繕うとする俺に、クラベリナさんは妖艶な笑みを浮かべると、さらに身を寄せてたわわに実った二つの双丘を押し付けるように密着してくる。


「どうする? 行先だけ口頭で説明してやってもいいが、次に迷わないという保証はないし、私が本当のことを言う保証はないぞ? そうなったら、今度は助けてくれる人はいるのかな?」

「す、少なくともクラベリナさんは、嘘は言わないと信じています」

「ハハハッ、それは時と場合によるぞ。まあ、それにコーイチの答えなど聞くつもりもないがな」


 そう言ったクラベリナさんは、絡めた腕に力を込めて俺を引き摺るようにして歩きはじめる。


「諦めろ。私に出会ったことが幸運だったんだよ」

「そこは運の尽きだとかそういうんじゃ……」

「ハッハッハ、こんな美人を捕まえておいて不幸なんてことはないだろう」


 必死に抵抗を試みてみる俺を嘲笑うように、クラベリナさんはズルズルと引き摺りながら目的の店へと入っていった。




「うう……目がチカチカする」


 俺はパステルカラーの箱を抱えながら、何度も瞬きを繰り返す。

 クラベリナさんに無理矢理連れ込まれた店は、外からなんとなく高級そうな店だな。なんて思っていたが、店内に入るとやはりというかその豪華さに圧倒された。

 まるで城のホールを思わせるような広い空間に、一着、一着の商品が余裕をもって、まるで博物館の展示品のように商品が並べられていた。

 しかし、圧倒されるほどの絢爛豪華な雰囲気以上に、俺的には店内全体がファンシーなパステルカラーで埋め尽くされていたことが辛く、この空間には俺の居場所はどこにもないと終始思っていた。


 そんな中で、俺はクラベリナさんに次から次へと出される服に対して、どれがリムニ様に似合うかを決めなければならなかった。


「原色まみれの空間が、あんなにも目に辛いとは思わなかった」

「それについては同意だな」


 俺の隣に立つクラベリナさんも、俺と同じように瞬きを繰り返しながら大きく嘆息する。


「だが、お蔭で領主様に最高の一着を買うことができた。コーイチ、感謝するぞ」

「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ」


 結局、俺が選んだ一着をクラベリナさんがあっさりと購入して買い物自体はあっさりと終了した。



 果たして、その選択が正しかったのかどうかわからないが、


「コーイチが選んだ者だと聞けば、領主様は間違いなく喜んでくれるよ」


 とのことなので、クラベリナさんの言葉を信じる以外になかった。


 しかし、


「クラベリナさんって本当にリムニ様を大事にしているんですね」

「何だ。藪から棒に?」

「いや、他の人に任せてもいいのに、わざわざ自分でリムニ様の服を買いに来るなんて、それだけリムニ様を大事にしているんですよね?」

「当然だ……」


 何気なく言った一言に、クラベリナさんは真剣な表情になる。


「私は領主様を……リムニ様を、命を賭けて守る騎士だからな」

「ク、クラベリナさん?」


 いきなりシリアスな表情になったクラベリナさんに、俺は戸惑いを覚える。


「フッ……柄にもなく真面目になってしまったな」


 戸惑い、狼狽える俺を見て、クラベリナさんは盛大に肩を竦める。


「悪かったな。今の私はいつもの美しくて凛々しいお姉さんではなかったな」

「そんなことないです。さっきのクラベリナさんも素敵でしたよ」

「……フフッ、そこでそんな言葉がすんなり出てくるとは、コーイチは案外たらしなのだな」


 俺の言葉にクラベリナさんは微苦笑を浮かべるが、すぐさま表情を引き締めると、絞る出すように話し始める。


「私が領主様を命を賭けて守ると決めたのは、ある理由からなんだ」

「ある理由……ですか?」

「ああ、実を言うとな。私はかつて別の場所で騎士として勤めていたんだ」

「別の……場所?」

「ああ、ノルン城。そう言えば君はわかるんじゃないのか?」

「それって……」

「そうだ。君たちがこの世界に来たあの城だよ」


 驚き、言葉を失う俺に、クラベリナさんは、


「……そうだな。この話は君にも多少関係ある話でもあるから少し話しておこうか」


 そう言って、かつてノルン城で経験した話を始める。

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