第二章 4.通知

「マジで……全身いてぇ……」

 

 かなりひどい筋肉痛におびやかされている敬介は、顔をしかめながらも剣の稽古に一人励んでいた。

 素振りをする度に、全身に痛みが響く。二の腕と背中が特に酷い。


 その時、背後から誰かに激しく叩かれた。


「いってーー!!」


 振り向くと、そこにはケラケラと笑っているリラがいた。

 今日は、薄手のさらさらとした軽い素材で出来ている薄紫のロングドレスを着ている。

 いつもは男性程重装備はしていないものの、防具を身にまとっている日頃の彼女と比べたら、この格好はとても新鮮だ。

 はっきり言ってもよければ、そう、彼女はとても綺麗だった。


「あーやっぱり痛かった?」

 

「痛いに決まってるだろ! マジであのエダー厳しすぎるっての!」

 

「エダーも最初はあなたと同じように痩せてたのよ。でも入隊してからは、それは食べるわ、寝るわ、剣術の鍛錬だって量が凄いのなんのって。あなたも同じこと続ければエダーみたいになれるってことね!」


 想像した。あそこまでムキムキにならなくてもいい、そう思う。


 そんな風ににこやかな表情で喋っているリラは、一つの丸い鉢を大事そうに抱えている。

 そこには色とりどりの美しい花がたくさん咲いていた。

 

「それ綺麗じゃん」


「綺麗でしょ? この花は小さな小さな種から私が育てたのよ。ねぇ、不思議と思わない? こーんな小さな種から、こんなに大きくなるのよ! 土と水、風、そして火のお日様で!」


 柔らかな顔の前で親指と人差し指を重ねて、無邪気に目を細めている。

 どんなに小さな種だったのかをとても強調したいようだ。


「あぁ、確かに不思議と言えば、不思議だな。その質量的に」


 今まで考えもしなかった。

 こんな一ミリも満たない小さな種から芽が出て、葉が生え、茎が伸び、数十センチ、数メートルにもなるのだ。

 種からの質量的にはあり得ない話だ。


「この理由はね、その四つの精霊がこの植物一つ一つに宿っているからだと言われていの。何かひとつでも欠けたらうまく育たない。四つの精霊のバランスで成り立っているのよ」


「精霊が植物を育てるってことか……」


「そうなの。植物だけでなく、全ての生命がそう! 私達もよ。その精霊達の支えがあって聖なる人ホリスト族がお仕えしている白神ベロボーグ様もいるのよ」

 

「へ~どんな姿なんだろうな」


「今度見てみる? とってもとっても大きいんだから!」


 そう彼女が笑って話をしている姿を見て、なんだかとても懐かしい気分になる。


「あぁ、今度見せてくれよ、そのみんなに支えられてる神様っての」



「……おい、何二人でしゃべってんだ? こっちへ来いリラ。お前はリラと二人でしゃべんじゃねぇ」


 そこで現れたのはこの切れ気味のエダー。と言ってもいつもこうだ。

 どうもリラと仲良くはさせたくないようだ。


「はいはーい。じゃ、頑張ってね!」

 

 リラはちょっと不機嫌そうな顔をして、そそくさとその場から立ち去った。

 面倒にあまり巻き込まれたくないようだった。

 

「おまえ、調子に乗ってんじゃねーぞ。リラはみんなにああなんだからな」


「何も調子になんか乗ってねーよ! だいたい会話してたぐらいでなんなんだよ、いつも。もしかして付き合ってる? 二人って」


「ち、ちげーよ! 何言ってんだ!? 俺達はただの……」

 

 耳まで赤くなっているエダーがほんの少し可愛く見えたのは気のせいだとしておこう。


「ただの……?」


「いや、なんでもない……さぁ、始めるぞ」


 急に口ごもってまたいつもの真顔、というかしかめっ面のエダーに戻った。

 これ以上聞いたってどうせ教えるわけもないだろう。

 敬介は全身に電撃が走るような筋肉痛に耐えながら、残酷すぎるこのエダーからの鍛錬に集中するのだった。


 その時、紫のドレスをなびかせながら、リラが慌てて走り戻ってきた。


「……エダー! 早馬が今到着して……ケレット砦がゴル軍に攻撃を受けてるわ……!」


「また来たか……準備して行くぞ。お前も急いで用意しろ。初陣だ。永遠の大草原オロクプレリーでな」


「……あぁ」


 ついにこの時が来てしまった。

 自分に果たして務まるのだろうか。

 何よりずっと気になっていたことがあった。

 

 ――敵軍にも同じ人間がいるということを。


 その人間を打たなければいけない。これは明らかに殺人行為だ。

 だがいつの時代も、どの場所でも戦争はこうだ。

 別世界でもこの点は地球と同じだった。

 これが現実だ。自分が死ぬか、相手が死ぬか。

 ティスタの人生で学んだように、それがこの戦争なのだ。

 

 敬介は初陣の準備を始めた。

 革素材で出来た服を着て、重い金属で出来た防具を付け、打たれれば一環な終わりであろう致命箇所を隠す。この防具がどこまで役立つのか。

 ティスタのように切られれば、刺されれば、それは壮絶な痛みだろう。

 体が震えているのに気が付いた。

 これが武者ぶるいであればどんなにいいだろう。

  

 城の外まで出ると、多くの馬車がずらりと控えていた。

 今から出陣する第一部隊は、五百人以上はいそうだ。

 

 茶色の幕が掛かっている馬車の荷台へ乗り込むと、エダーが既に馬車の壁に背中を預け座っていた。

 彼は敬介を冷ややかな目でちらっと見て、また目を戻す。

 そしてその隣にはなんとリラもいたのだ。


「リラも行くのか!?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 しっかりと防具を身に付け、細めの剣も腰に付けている。

 前からこのような格好を目にはしていたが、まさか戦場にまでおもむくとは、想像さえもしていなかった。


「王女なのに、いいのか……!?」

 

「王女だからよ。私は聖なる人ホリスト族。怪我人の手当ても出来るし、剣術だって幼いころから習って、使えるわ。心配してくれてるの?」


 少し笑ってはいたが、真剣なまなざしに秘めたその言葉は、当たり前のことだと言わんばかりだ。


「リラはお前より修行を積んでいる。それに、何かあったら俺が守る」


「そうか……」


 エダーのそのぶっきら棒で数少ない言葉の中に、彼の決意が込められているようだった。


 そんな第一部隊の兵達を乗せて、馬車は足早に永遠の大草原オロクプレリーへ向かい始めたのだった。

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