最終章 14.希望
もう太陽は沈みかけ辺りは薄暗く、空には分厚い雲がかかり始めた。そんな中、今度は波打ち際での戦いが始まろうとしていた。
こちらはもう兵力はかなり少なく、相手の魔物は無数にいる。それに先程の戦いで兵士達は疲弊しきっていてかなり不利な状況だった。
「かかれ……!」
ヒードのその一声で、無数の黒い狼達がこちらに鋭い牙を向け、飛び出してきた。
海のさざ波の音と共に、その四本脚が駆ける水音が段々とこちらへ向かってくる。
ヒビが入ってでもその白く光り続けるホリスト鋼の剣で、次々に襲い掛かる黒魔狼を海水を巻き上げながら勢いよく切り裂くと、その魔物達は虚しく響く奇声を上げながらたちまち輝くチリとなりゆっくりと暗雲の空へ旅立っていく。
だがその空から次々に黒魔鳥達が猛烈な勢いで襲い掛かってきた。
兵士達の断末魔のような叫び声が各所から聞こえる。
鍵爪で捕まえられ空高くから落とされる者、食い破られる者、この現実に目を塞ぎたくなる。
だが、これが今の現実だ。
どこまで進んでもこの世界は残酷だ。
「このやろうが!」
エダーが太い剣を振り回し、陸から空からと襲い掛かる魔物へその刃物を何度も与えている。
リラもその細い剣とその素早い身のこなしで、立ち向かい敵を切り刻む。
グダンや、数少ないリンガー王国の兵士も険しい表情で必死に剣を握りしめ、この飽くなき戦いを終わらせようともがいている。
陸側から飛び掛かってきた一頭の黒魔狼に剣を勢いよく振った。
切った瞬間、真っ二つになりながら赤いものを撒き散らす魔物の向こう側に見えたもの、それに心臓が打ち鳴らされた。
――あの洞窟だった。
上空から水滴が数粒落ち、頬に当たるとその雫は流れた。
空を見上げると、小雨が降り注ぐ曇り夜空だ。
そう、あの時見た夜空と一緒だった。
「……セーレがあそこにいる」
不思議とそう感じると、たまらなく儚く悲しい思いと微かな希望が込み上げてくる。
『ティスタ』は生まれ変わってでもまたここへやって来たのだ。
するとその洞窟の上にある岩壁から揺れ動くほのかな明かりと共に大勢の何かが姿を現した。
それはあの空と同じように灰色の鎧で身を包むゴル軍の兵士達だった。
「まだいるのかよ……」
多勢に無勢とはこのことだ。
次々とこちらへ松明の明かりと共に武装した兵士達が駆け足で上から押し寄せてくる。
無数の魔物やゴル軍の兵士に段々と攻められ、追いやられると、ついに自分達は砂浜の上で敵に取り囲まれてしまった。
虚しくも海から押し寄せるさざ波の音が何度もこの夜に響く。
お互いの背中を合わせながら剣を持ち、立っている仲間達の姿は皆ボロボロで、肩で息をし、見るからに疲労困憊しているのが分かった。
するとヒードが黒魔鳥からゆっくりと近くへ舞い降り、柔らかな砂浜へその黒い足を下ろした。
薄笑いを浮かべ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「やはりな。分かりきっていたことだ、弱い奴はこうなると……もうおしまいだ、ははっ」
リンガー軍は明らかに窮地へ陥っていた。
どこを見渡しても敵しか視界に入って来ず、その絶望的な光景に目が回るようだった。
「ケイスケ……俺達が囮になる。お前はリラを連れてどうにかここを抜けろ……!」
エダーが敵から目を離さずに、自分の耳元でささやいた。
「何言ってる……! 置いていけるわけな……」
「じゃあ、この状況でどうすりゃいいっていうんだよ! お前はリラを守るって約束したはずだ……! その約束を必ず守ってくれ……」
一瞬自分を見つめたエダーの目は真剣そのものだった。
他の兵士達も自分を見て、皆剣を構えながらゆっくりとうなずき、グダンはなぜか「ひいじーちゃん」と一言ぼそっと言い、熱のこもった顔を持ちながらも少し笑っているかのように見えた。
彼らは間違いなくここで自分とリラのためにその儚き命を燃やし尽くすつもりだ。
目の前の白い砂浜に立ち、唸り続けている黒魔狼達が、今にも牙を向き、襲い掛かろうとしている。
そしてその奥には睨みをきかせ、切れ味の良さそうな剣をこちらに向けるゴル軍の兵士達、上空からは鋭い爪をぎらつかせ、今にも目玉をえぐろうと羽ばたく黒魔鳥達が浮遊している。
――エダー達を犠牲にしてまでここを突破出来るのだろうか。
すぐ隣で、肩で大きく息をしながら立っているリラをちらっと見た。こんなにふらふらな彼女を守りながらここを突破出来るのだろうか。
でも、やるしかないのか、一か八かなのか。
エダー達の命をまるで賭博のようにかけて突破するしかないというのか。
「ケイスケ……行くぞ……合図をする。三秒後に走れ。分かったか」
窮地な状況な上に時間がないと訴えかけるかのようなエダーの言葉に、もう頷くしかなかった。
いつの時代も、犠牲無くして何かを守る事は出来ないというのか。
「一、二……」
リラの手を掴もうとしたその時だった。
目の前の黒魔狼の頭蓋骨に一本の矢が刺さったのだ。
「誰だ!?」
ヒードが怒り驚き、矢が飛んできた方向へ目を向けると、次々にまたその矢がゴル軍目掛けて飛び始めた。
その鋭い攻撃が多くの黒魔狼達に刺さりもだえ、矢に当てられた上空の黒魔鳥さえも落下を始めたのだ。
「この矢は……!?」
その矢を見たリラは、驚きの声を発した。
その矢羽は透き通るように白く、まるで今自分が握っているこのホリスト鋼の剣のような色だった。
矢が飛んできた岩壁の上には、黒い影がいくつも見えるが、既に辺りは薄暗く、よくは見えなかった。
だが、その集団の中心で一つの松明がゆっくりと掲げられた時、その白き者達の姿があらわになったのだ。
「遅くなった……第一部隊よ、詫びを申す」
「お母様……!!」
リラがまるでこの闇を照らす太陽を見たかのようだった。
彼女だけではない。
憔悴しきった第一部隊、皆がその希望を見つめていた。
鉄の鎧を身に付け、武装しているキリア女王と、その周囲に堂々と出で立つ数多くの弓兵や剣士がその風格を表している。その
「なぜリンガー王国の女王と
ヒードの合図によって、こちらへ突進するかのように向かってくる魔物や兵士達。だがその時、地響きのような音が雨の夜空に響いた。
「これは……大砲の音だ……!」
エダーの声と同時に上空の黒魔鳥へそれが命中すると、途端に鼓膜が破れそうなほどの爆発音を立て、雨の中に赤い閃光と黒煙が一気に広がる。
「あれは……第一部隊の……! 最後の一隻だった船だ……!」
すぐにそうと分かった。なぜなら同じく帆柱が大きく折れていたからだ。
まるで最後の力を振り絞るかのように、その船から次々に打ち放たれる大砲とキリア女王の近衛部隊によって、この残酷で険しい道が次第に切り開かれていく。
「ケイスケ、もうすぐよ……」
魔物へ剣を掲げるリラのその一言に、あの洞窟がもう目前だということに気が付いた。
空からの雨が次第に強くなっていき、鉄をまとう体へ音を立てながら打ち付け、顔にもその雨が伝うと、あの頃の記憶がどんどんと鮮明に蘇ってくる。
魔物やゴル兵士に大きくこの剣を振り上げ、躊躇なく鋼を入れる。
それはまるでティスタに戻ったかのようだった。
するとヒードが黒いローブをなびかせ、あの洞窟へ足早に入っていくのが見えた。
「第一部隊よ、ここは任せて後を追うがよい」
岩壁の上にたたずむ、松明の明かりに照らされたキリア女王からの言葉を盾に、エダーやリラ、グダン達と共にヒードの後を足早に追う。
悲惨な過去を持つあの場所へ向かって――
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