第三章 3.盲目の女性
「着いたわよ。この場所で大丈夫? えっと、ここは町の中心かしら」
人目につかないためか、リラは小花柄の上品な刺繍が入った髪飾りのような布で、白く透き通る横髪を隠していた。
「はい、そうですよ! この噴水がある場所が町の中心です! 僕ここへ何度か来たことあるんで!」
レンガ作りの建物に囲まれた開けた場所の中心地には円形の噴水があり、様々な花の彫刻が至る場所に施してあり、芸術性を伺わせる。
そこから夕日の光をたくさん浴び反射してきらめく水が勢いよく飛び出し、とても綺麗だった。
「はい、ここで大丈夫です。本当にありがとうございます……!」
喜ぶサラリアが馬車から降りる際、彼女に手を貸した。
その手はなぜかとても冷たくひんやりとしていた。
「早く食べさせてやらないとな、その薬草」
「……はい! あの、送っていただいたお礼を是非させていただけませんか? 私、この近くの店で働いているのです。そこで皆さまにご馳走させていただきたく……」
確かにもうそんな時間だ。
「このまま行くと、到着する頃には深夜になっちゃうわね。今日はここで泊まってまた明日行きましょ。ね、みんな!」
「そうだな……だがグダン、お前は戻れ。リラが帰らないと大騒ぎになるからな」
グダンに説得するようにエダーが言う。
「ええ! 僕も皆さんと一緒にご飯食べた……」
「グダン……!」
エダーの重圧がすごい。
「は、はい、戻って報告しまーっす……そして、また朝戻りまーーっす……」
(なんてパワハラだ……)
どの世界でも一緒だ。
でも仕方ない、誰かが城へ報告しないと戻らないリラ達を心配するだろう。
ましてやこんなご時世だ。
「また今度みんなで食事しましょ!」
リラになだめられながら、グダンに食料を渡すと、渋々城へ戻っていった。
ちょっと、というかだいぶ申し訳ない気がする。
「皆さま、この先の突き合たりにある『キャプダ』という店へいらしてください。また後程お会いしましょう」
そう言うと、サラリアは行ってしまった。
この町はそこまで大きな町ではないようだが、ここは中心だけあって様々な店が並んでいる。
武器屋もあれば、フルーツや食べ物が売られている店、洋服屋などもあるようだ。
どの店も同じオレンジ色のレンガで似たような構造で道沿いに作られており、ずらっと整うように並ぶその光景はこの町のこだわりが感じられる。
だがそんな美しい佇まいの店はもう閉店時間のようだった。
「綺麗な町だな」
「ほんとね」
リラと一緒にこの町並みに見惚れていると、全く興味なさそうな男が見向きもせず動き出した。
「おい、行くぞ」
エダーはよほど腹が減ったのだろうか。
はやくキャプダという店へ行きたいようだ。
一人でずんずんと前へ進んでいる。
彼に追いつくようにリラと足早に足を運んだ。
――
「いらっしゃいませ」
広くはないキャプダというこの店は、薄暗くなった外を灯すように、キャンドルが至るところでゆらゆらと燃えており、室内はそこまで明るくはない。
だがその薄暗い空間はとても品があり、居心地の良さそうな空間だった。
そんな店内は、年期の入った丸い木のテーブルがいくつも並び、正面にはカウンター、左側には小さめのステージがある。
ステージの頭上には大きく華やかなシャンデリアがあり、脇には楽しげな曲を奏でる演奏者もいた。
そんなステージの目の前にあるテーブルに案内され、3人で丸椅子に腰かけた。
既に料理がどんどんと運びこまれている。
肉料理や魚料理、スープ、パンなどとにかくおいしそうなものがいっぱいだった。
「すごいご馳走だな……」
「ほんと美味しそう……! サラリアはどこにいるのかしら? ちょっとエダーもう食べてるの?」
「別に待たなくたっていいだろ」
エダーは当たり前かのように、食らい付くかのように食べ始めている。
やはり空腹だったのか。
しかし、エダーの気持ちも少しは分かる。
久々にこんな料理を目の当たりにした。
城の料理ももちろんおいしいが、ここまでの御馳走はこの世界に来て初めてだ。
「サラリアのお客様と伺っております。どうぞお召し上がり下さい」
既にがっついているエダーの隣で、紳士な中年の男性がそう言うと、先程までとは違う音楽が流れ始めた。
体が揺れてしまいそうなもっと軽やかな曲だった。
すると、ステージ上に女性達が数人現れた。
上半身の露出が高い衣装で登場した女性達の胸元には、大ぶりな宝石がついた首飾りが輝き、下半身はストンとした長めのスカートを履いてはいるが、その深く入ったスリットからは踊る度に綺麗な足が垣間見える。
そんな女性達の顔には透明な布が被さり、より一層艶やかだった。
そしてそんな彼女達がゆっくりと妖艶に踊る姿に、どこを見ていいのか分からない程だった。
「サラリアだわ……綺麗ね……」
その中にサラリアの姿があった。
リラがうっとりするように彼女の踊る姿を見つめている。
確かに魅力溢れる姿だった。
健康的な肌色に美しい曲線を描いた身体。
その体全体を使い、まるで指先にまで優雅な魂が宿っているようで、ここにいる全員を虜にさせる程の神秘さがあった。
「あぁ、綺麗だな。サラリアはこの店の踊り子だったんだな」
先程まで彼女達に見向きもせず、目の前の料理を食べ続けていたエダーでさえもサラリアに魅了されたのかぼーっと見つめている。
軽やかな曲が終わると、演奏者達は次にバラード調の音楽を奏で始めた。
とても悲しい曲だ。
そんな気がした。
そしてサラリアがステージの中央で一人ゆっくりと踊り出て、その一声を上げた。
一声一声に感情がしっかりと込められているような聞き惚れる歌声だった。
心に染みていくようだ。
彼女の声には何か儚い力があるように感じた。
この店に来ていた客、先程の店員までもがサラリアの姿、声に目が離せないでいるようだった。
「素敵な声……」
リラが呟くように言った。
サラリアの歌声を聞いていると、なんだか昔を思い出す。
遠い昔。
そう、まだティスタだった頃だ。
セーレを助け出せなかった事実が胸に突き刺さるようだ。
段々と悲しみが込み上げてくる。
信じられないことに、涙まで出てきてしまった。
歌で泣いたことなんて今まで一度もない。
だが、今体験している。
辺りを見渡すと、同じように皆泣いていた。
大声で泣いている者もいれば、しくしくと泣く者、声を凝らして泣く者。
その中にエダーやリラもいた。
異様な光景だ。
何かとんでもないものに取り巻かれているようなこの空間に、自分もどこか深い深い場所へ落ちて行ってしまいそうだった。
あの時、セーレを助けられなかった自分がそう、憎い、とても憎かった。
そんな中、歌い続けるサラリアへ目を向ける。
なぜか不気味な笑みを浮かべこちらを見つめている。
「何が可笑しいんだ……」
(セーレを助けられなかった自分がそんなに可笑しいのか……? そうなのか……?)
サラリアの歌声が強く脳内へ響いてくる。
(……あぁ、そうか、セーレを助けられなかったティスタが悪いんだ。そうだ、ティスタが悪い……あいつが全て悪いんだ……なにもかも……)
サラリアの目は、こんな自分をまるであざ笑うかのようにこちらをずっと見つめていた。
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