まほうがとけるまで/18:18

18時18分 3B


◆ひいろ地区/セルフランドリー「ぶくぶく」/ナレーション:ドロシー


「よっ。久しぶり」

「うおー! バオ生きてた!」

「なによ、大げさだなあ蛮ちゃん」

「お帰りー。俺らほっぽって何してたんだよ」

「息抜きよ。ま、お子さまのリーダーには? ちょっと難しいかなあ」

「あァん? なんだ、やんのか?」

「やらないよ」

 ブリッツ【未登録市民の為詳細不明/男性】、蛮斎【14歳/男性/学生】、バオ【未登録市民の為詳細不明/男性】の人呼んで3B。三人組が揃うのは数日ぶりのことでした。バオはたびたび姿を消す少年でしたが、連絡もつかないのは珍しいことで、ブリッツと蛮斎はだいぶ心配だったようでした。

 しばらく再会を祝してじゃれあった後、3Bは腹ごしらえしようと蛮斎の家に向かうべくマネキ街に繰り出したのですが……

「……変じゃない? 俺いない間に何かあった?」

「いーや、特に何も」

「でも、確かにちょっと静かだよね」

 そろそろ大人たちが街を賑やかにする時間のはずなのに、おかしいですね。

「蛮ちゃん! 丁度いいとこいた!」

 近くに住む煙草屋のおばあちゃんが、蛮斎に大きく手を振ります。

「富さんこんばんは」

「ノンキしてる場合かい! あんた、店が大変だなんだよ!」

「何? ケンカ?」

 蛮斎がのんびり尋ねます。酔った人のケンカぐらいなら、おかみさんが料理してしまうんです。

「違うよ。ツァイんとこが店先に出してた人形! あれが急に動いて、店へ突っ込んじまったのさ」

 3Bは顔を見合わせます。

「ツァイって、リサイクル屋の親父だよな。蛮斎んちの並びの」

「とにかく、行ってみようリーダー。蛮ちゃんも」

「おう。富さんありがとな」

 富おばあちゃんにお礼を言って、三人はすぐお店に向かいます。マネキ街は狭小物件が密集している構造上、サンドリヨンのような中型の人形は導入しにくく、リサイクルショップでも売れ残ってしまっていたんでしょうね。分解すれば売れると思うんですけど、知識がないと難しいですもんね。

「かーちゃん!」

 お店の外にいたおかみさんに、蛮斎が駆け寄ります。

「蛮! アンタたちも来たのかい」

「親父は? いないの?」

「医者行かせたよ」

 蛮斎の眉が下がります。

「人形が調理場まで入ってきてさ。なんとか押し出したけど、あの人鍋にぶつかって、火傷したんだわ」

「火傷、酷い?」

「心配してくれんの? いい子だね」

 おかみさんがバオの背中を強く叩きました。

「先生んとこで診てもらえば大丈夫だよ。それより、あの黄色いチビ止めとくれ。あいつに店が潰されっちまう」

 おかみさんの視線の先。黄色いチビこと脱色金髪のブリッツが、ちょうど店内を走りまわるサンドリヨンに飛び蹴りを入れていました。

「……蛮ちゃん、あいつどこ壊せば止まるかな」

「……どっち?」

「黄色いチビじゃないほう」

「顔のカメラ壊せば大丈夫だったと思う」

 サンドリヨンは、画像認識機能を搭載しています。これは乳児や小動物の巻き込みを回避するためで、そこが故障した場合はスリープ、または強制終了する仕様です。

「でも、故障なら止まるか分かんないぞ」

 その蛮斎の応えを聞くか聞かないか、バオは割れた食器をよけながら厨房へ走ります。

「リーダー! もうちょい頑張って」

「なるはやな! こいつ面倒!」

 腕や足があれば、そこから相手を倒すことはブリッツには茹で蟹の足をもぐ【非常に簡単なこと】ようなこと。ところが、サンドリヨンはアームレスで下半身がスカートです。しかも、走るより早く不規則に動きます。

だったら、と、ブリッツは足元に転がる長椅子を蹴り上げて、手に取りました。

「こないだといい、何なんだよ……蛮斎!」

 こないだ、というのは、龍(ロン)の日のお祭り。あの時は、大きな工事用の搭乗型義体との喧嘩でした。今度はサンドリヨンと力比べです。

 呼ばれた蛮斎、見ていた携帯端末をおかみさんに投げ渡すとブリッツを助けに入ります。

「そっち」

「! 分かった!」

 長椅子の両端をそれぞれ持って、「行くぞ!」「おう」二人がかりで椅子の脚をサンドリヨンに向け、壁へ押し込みます。

「リーダー!」

 バオの声です。

 振り返ったブリッツに飛び込んだのは、右目を細めたバオが、自分達とサンドリヨンに向かって肉切り包丁を振りかぶる姿。

「わっバカ!」

 ブリッツ、慌てて椅子を放り出し、低い姿勢で蛮斎に体当たり。そのまま床を転がります。バオの投げた包丁は勢いよく回転しながら、サンドリヨンの顔に深々突き刺さりました。

「何しやがる!」

 飛び起きるや頭ひとつ背の高いバオに掴みかかるブリッツ。

「なるはやって言ったじゃん」

「危ねえだろ!」

「二人とも!」

 割って入ったのは蛮斎。

「電源切った。これで大丈夫」

 胸部コンソールにあるカバーを外し、強制的にシャットダウンさせたようです。

「こいつ、オズじゅうで故障してるみたい」

 そう言いながら、蛮斎は手早くバッテリー電池も外してしまいました。

「故障? 全部?」バオが食い気味に蛮斎に尋ねます。

「全部じゃないみたいだけど、原因が分かんねえ。詳しい人に聞けば分かるのかな……」

「そっか」

 それきりバオも蛮斎も黙り込んでしまいました。

「ありがとねアンタたち!」

 おかみさんが手をパンと叩きます。

「それじゃ、片づけちまおう。手伝っとくれ」

「あいよ。バオ、お前も」

「えっいや俺は、ちょっと心配な人がいるっていうか」

 店を出ようとするバオの襟首をブリッツが掴みます。

「逃げんな」

「ちぇっ。分かったよ」

 腕組みでじっとサンドリヨンを見ていた蛮斎が顔を上げました。

「ごめんけど、俺やることある。これだけ、このままにしといて」

 それだけ言って居住スペースへ戻っていく蛮斎に、おかみさんが怒鳴ります。「ちょっと蛮!」

「まあまあおばさん、リーダーが蛮ちゃんの分も頑張ってくれるから」

「お前もだお前も。おら、やっぞ! 俺らこっちやっとくから、おばちゃん厨房やってよ」

 ブリッツがバオに手伝うよう視線で促します。渋々お店のモップを二本手にしたバオ、片方をブリッツに投げます。

「俺、蛮ちゃんのあんなマジな顔初めて見た」

 ブリッツは受け取ったモップでてきぱき動き始めます。暮らしている施設で罰当番のお掃除をやり慣れているからか、手際が良いですね。

「人形のことでなんか思いついたんだろ。あいつ、こういうのつえーし、頭いいからな」

「俺たちと違って?」

 バオが茶化しますが、ブリッツは神妙な表情。

「そうだよ。だから、あんま下手なマネすんな」

 ブリッツはガラスの破片を蹴飛ばします。

「お前、たまーに頭のネジ飛ばすからヒヤヒヤすんだよ。さっきのだって」

 モップの柄に顎を乗せて話を聞いていたバオの背筋が伸びました。

「蛮斎になんかあったらどうすんだよ。あいつには全部あるんだぞ。違うんだ。わかるな」

 全部とは何か、違うとは何か、バオは尋ねませんでした。その代わり、「そうね。気を付ける」と眉を下げながら笑って答えました。

「でもリーダーだって大概だと思うよ、俺は。さっきのアレ、蛮ちゃんも呆れてたんだから」

「俺がなんだって?」

 両手に大きなデスクトップ端末とケーブルの束を抱えた蛮斎が戻ってきました。

「何でもないよ蛮ちゃん。それ何するの?」

 バオが、サンドリヨン周辺の食器やテーブルだった物をモップでどかしました。

「そいつの中身を、こっちに移す。で、詳しいやつに見てもらう」

 電源をつなぎ、デスクトップを立ち上げます。モップを両肩でかついだブリッツが隣にしゃがんで、面白そうに蛮斎の接続作業を眺めます。

「なんとかなるの?」

 蛮斎は分厚い緑の眼鏡VRゴーグルを首に引っ掛け、その場に胡坐で座りました。

「大丈夫。森に流せば誰かが絶対見る。前のマシンだからアレだけど。もってくれよな……」

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