46 意識の違い


 機械的に話すクロードに、ロックは反射的に声を上げていた。

「父さん!! どういうことだ!? 質問の答えになってない! それに……まさか、不倫していたってことか!?」

 大声を上げるロックを宥めるように、レイルが肩に手を置いた。その光景を見て、ルークが一瞬探るような目でロックを見てきた。

「妻とは、一緒に住んでいるというのに、長年別居のような状態が続いていた。最初はお互いの研究の為だったが、とうの昔に愛情は無くなっていた」

 目を伏せてそう話すクロード。

「君の奥さんは美しかった。“下等人種”にしておくのは勿体なかった」

「まるで自分が神のような言い分やな」

「……少なくとも、先程まではそう思っていたさ。金と権力で彼女を手に入れた私は、“血の贄”が必要だとわかった瞬間、ある考えに憑り付かれた」

 顔を上げた彼の表情からは、感情を感じられない。ただ虚ろな目で、自らの罪を語っていく。冷たい汗が、ロックの背中を伝った。

「……まさか」

 予想以上に、押し殺した声が漏れた。震える手を握り締めながら、ロックは父親を静かに見る。友人達も、ロックと同じ想像によって恐怖を感じているようだ。

「安心しろ。いくら愛情がないと言っても、私があいつを殺す訳がない。だいたい、人数が足りない」

「息子のためなら、何でも出来るのが親心じゃないのか?」

 クロードの慰めにはとても聞こえない言葉に、レイルが苛立ちを隠さずに言う。その言葉など聞こえなかったように、クロードは続けた。

「“血の贄”なら、私は既に得ていた。下等人種にしておくには勿体ない美女は、私には必要ない下等人種を、旦那には内緒で産み出していた」

 ペタペタと裸足のような足音を立てながら、その生物達が台座の裏から出てくる。

 薄汚れた金髪と茶髪の頭が二つ。どうやら二卵性の双子らしい幼い男女が、ダボダボのシャツを一枚着た状態でクロードの前に立つ。

 台座とほとんど変わらない身長と痩せこけた肌は、栄養不足の可能性が高い。言葉ともつかない声を出しているのは、しっかりとした教育――親子のコミュニケーションすらもなされていないせいだろうか。

 二人が後ろに倒れるようにして床に座ったのを確認し、クロードは二人をしっかりと抱き締めた。双子は抵抗しない――歓喜もない。まるで人形のような大きなエメラルドグリーンの瞳で、抱き締める彼をじっと見詰めるだけだ。

「例え異母兄弟でも、血は繋がっている」

「同じ茶髪だ。やっぱり、二人いたのか……」

 信じたくない、と言いたいようにレイルが呟く。

「もしかしたら、エイトの子供かも……っ! いいえ!! 本当の旦那なんだから自分の子供だって言いなさいよ!!」

 ジョインが、弾かれたようにエイトに駆け寄り泣き崩れる。すでに脅されていることなど頭にない彼女に、凶器を向けられる人間はいなかった。抵抗する気など、とうに失せている。

「俺の子や、って……言ってやりたいに決まってるやろ!? でもなぁ、無理やねん……その茶髪がなぁ」

 涙を堪えるようにして、エイトは静かにバンダナを外していく。短く切り揃えられた黒髪が露わになる。

「エイトって名前、珍しいやろ? 俺にはな、違う国の血が混じってるねん……だから、産まれた時から真っ黒の髪やねん」

 後悔でもするかのような、悲痛な声。言葉を失った沈黙の空間。

 その静寂を、ロックは破る者。

「僕の為に……その子達を犠牲にするのか?」

「そのつもりだ」

「なら、何故……すぐに実行しなかった? 計画なら既に、出来上がっていたんだろ?」

 慌てず騒がず――握り締めていた拳を解しながら、ロックは言った。頭はもう、冷えている。心と共に、冷えている。

「さすがは私の息子だ……計画の最終段階に入って、私は一つの大きな問題にぶつかった。文献によると願いの大きさによっては、子供の“血”では足りないことがあるらしい。ましてや異母兄弟となれば、その血自体が薄過ぎる。そこで私は、学校でロックの子を身篭った馬鹿な女がいないか探すことにした。もし産まれていれば、裁判でも起こして奪い取れば良い」

「その為に講師として来たのかよ?」

「講師の誘いは前からあった。今回は断らなかっただけだ」

「裁判なら母親側が有利だと思うけど?」

「私には財力がある。これで問題は全て解決する」

 レイルとルークの言葉にも、余裕でクロードは答えきる。そして、ロックを冷たく見据えながら言った。

「ロック……お前はやはり、誰からも信用されていないんだな」

 力無く笑うクロードに、レイルとルークは、それでも強い視線で彼を睨みつけた。二人にはいつも、助けられている。

「父さんも、僕のこと信用してないから、そんなことしたんだよな?」

「私の息子だからな。権力者とは、常に弱者に力を見せつけなければならない」

 哀れみにも似たロックの心境とは異なり、クロードは冷徹な表情を崩さない。

「弱者とは、常に怯えて生きている。ただ私が、息子の“遊び相手”を探すだけでは無理がある。なにせ交遊関係が広すぎるからな。そこで私は、弱者の――いや、人間の特性を利用することにした」

 少しおかしげな表情になったクロードに、次はジョインが険しい顔をする。彼女からしたら、“弱者”という言葉は――つまり自分が馬鹿にされたと思っても仕方がない。

「そこのジョインさんに、最初の被害者を演じてもらった。人間というのは、一人が名乗り出れば、そこからはすぐに増えていく」

「待ちなさい!! この作戦を決めたのは私達よ!?」

「そう君達だ。だからこそ、女に手柄を取られたくないという輩が出てくる」

 クロードの言葉に、ジョインとエイトが狼狽する。まさか自分達の地域内に、裏切り者がいたとは思わなかったようだ。

「金を渡すと、そいつは嬉しそうに計画を話してくれた……」

「誰なんやそいつは!?」

 話を続けようとするクロードの胸倉を、エイトが強引に掴み上げる。双子から身体が離れ、ぶら下がるような体勢になったクロードの喉に、拳銃を突き付ける。それでもクロードの表情は変わらない。

「もう死んでるんじゃないか? 向こうの広間にいた奴だ」

 つまらなそうにそう言うと、クロードは「降ろしてくれ」と、力無く咳をしながら続けた。

「……そいつが話した通り、ジョインさんは騒ぎを起こしてくれた。だが、他の被害者は誰一人いなかった。少し考えれば、そこまで我が息子が浅はかではないことなどわかるはずなのに。私は頭に血が上っていた自分を恥じ、すぐに元の計画に戻った」

 まだむせているようで、苦しそうにゆっくり話すクロードを、ロックはじっと見詰める。

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