エピローグ
私達のクリスマスデート
空には濃い灰色の雲がかかり、今にも雪が降りだしそう。木々の葉は枯れ、景色がすっかり冬の色に染まる中、田んぼや畑の広がる田舎道を、ガタガタと揺れながらバスは走っていく。
やがて停留所に到着してドアが開くと、私は一目散に外に出た。
「あ、暑かったー」
この時期にしてはかなり薄手のシャツの胸元をぱたぱたとはためかせていると、続けてコートを着た男の子が、バスを降りてくる。岡留くんだ。
「明らかに暖房がききすぎだったな。溶けていないか? 保冷剤、いる?」
「持ってきてたんですか? 冬なのに?」
「こんな事もあるかもって思って。綾瀬、俺より暑いの苦手だから、一応な」
「流石に溶けるほど暑くはなかったですけど……いただきます。助かりました」
しかし受け取ろうと手を伸ばしたけど、保冷剤に触れる寸前。岡留くんはひょいとそれを引っ込めて、私の手は空を切った。
「……敬語」
「あ、そうでした。……じゃない、そうだった。ごめん、直そうとはしてるんだけど」
「頼むぞ。木嶋や犬童とは、普通に話せているんだから。……俺だけいつまでも敬語じゃ、寂しい」
声のトーンを落として、微かに目を反らされる。だけど私はごめんと謝りながらも、その拗ねた様子をつい、可愛いって思ってしまった。
(油断するとつい敬語になっちゃうけど、気をつけないとね。……私はもう、彼女なんだから)
曜日の関係上、例年より少しだけ早い冬休みに入ってすぐの、12月24日。
今日は彼氏と一緒に、お出掛けしています。
私達が付き合い出したのは、文化祭が終わってすぐのこと。
そういえば前に、狐の占い師のおコンさんに、文化祭では良くない物が見えるけど、やり方次第では吉兆に変えることができるって言われていたっけ。今思えば、その占いは大当たりだった。
一度は杉本さん達のせいで大変な事になったけど、ネットで騒がれた噂は文化祭が終わった後は、嘘のように消えていった。
元々雪女なんて、普通の人なら信じ難い話だったし、胡散臭い噂は大盛況だった文化祭の印象が、かき消してくれたのだ。
そして何より、杉本さん達が大人しくなったのが大きい。白塚先輩が釘を刺してくれたおかげで、あれからは絡まれる事も、噂を広められる事もなく、穏やかな毎日を過ごしている。
そして文化祭の余韻も薄れてきた頃、岡留くんと付き合い出した事を、みんなに告げた。
里紅ちゃんや楓花ちゃんは驚いていたけど、おめでとうって祝福してくれて。白塚先輩からは「将来可愛い義妹ができそうで嬉しい」なんて言われたっけ。あの時は、恥ずかしかったなあ。
ただ付き合い出したは良いものの、特別何かが変わったわけじゃなくて。実は今日のお出掛けが、初デートだったりする。
もっとも、クリスマスイブだって言うのに、やって来たのはお洒落なデートスポットやイルミネーションが綺麗な所ではなく、隣の県にある神社なんだけどね。
バスから降りた私達が向かったのは、蛇神様の伝説が残ると言われている、山を少し入った所にある神社。
木々に囲まれた緑豊かなその場所に、ポツンと佇む社をデジカメで撮っていると、岡留くんがふと尋ねてくる。
「……なあ。今更だけど、本当に来るの、ここで良かったのか?」
「はい……じゃなかった、うん。三学期に作る壁新聞の資料も、集めなきゃいけないから。丁度いいじゃない」
「まあ俺はいいんだけどさ。綾瀬はつまらなくないか?」
岡留くんが言わんとしていることはわかる。今日のお出掛けはデートであると同時に、郷土研のための資料集め。
一応白塚先輩が気を使って二人で行かせてくれたけど、普通はクリスマスデートで来るようなところじゃない。でもね。
「そんなこと無いよ。私も神社とか仏閣とか、風情があっていいと思うし。それに岡留くんが楽しそうなら、私も楽しいもの」
好きな人と一緒に行くなら、どこだって楽しい。月並みな言葉だけど、今ならそれは本当なんだって、とってもよく分かるよ。
「ねえ、この神社にまつわる伝説って、どんなものなの?」
「ああ、この神社は人間の女と恋に落ちた白蛇を祭ったのが、始まりとされている。人間と妖との、異種婚姻譚だな」
「異種婚姻譚……」
それって、雪女のおばあちゃんと人間のおじいちゃんが、結婚したのと同じ。
と言うことはおばあちゃんも、もしかしたら神社に祭られてもおかしくなかったかもしれないって事なのかも。
それにしても、伝承について語る岡留くんの目は、キラキラと輝いている。
彼は興味のあることに関しては、意外と感情的になる事が多々あるのだ。表情にはあまり出ないから、少し分かりにくいけど。最近はそんな細かな変化にも、気づけるようになってきた。
「白蛇は元々、この辺りの山を根城にしていた妖だったんだけど、ある日山で道に迷った村の娘を助けて、二人は恋に落ちたんだ。娘の親は最初は、妖に我が子をとられたなんて言って騒いで、人手を集めて白蛇を退治しようとするんだけど、この時娘が……綾瀬?」
楽しそうに話す岡留くんを見てつい笑っていると、彼は不思議に思ったのか、話すのを止める。
「ごめん、あんまり楽しそうだったから、つい。そういえば、どうしてそんなに妖が好きなの? 何か興味を持ったきっかけでもあるの?」
前に聞いた話だと、岡留くんが興味を持ちはじめて、それから白塚先輩も色々調べるようになっていったんだよね。
白塚先輩じゃなく、岡留くんから始まったというのが何だか意外で、実はずっと気になっていたんだけど、つい聞きそびれてしまっていた。
すると岡留くんはじっと。本当にじーっと、穴が空くんじゃないかってくらい、私を見つめた。
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