派手なグループからのお誘い

 週の始まりの月曜日。先週よりも少し早く家を出て教室に来た私は、後からやって来た木嶋さん、それに犬童さんに、手を合わせて頭を下げていた。


「この前はごめんなさい!」

「え、どうしたのいきなり?」


 いきなり謝られて、二人とも目を丸くしている。

 順を追って説明するね。謝罪の理由は先週、二人から誘われた写真部ではなく、郷土研に入ったこと。

 後で思い返したら二人に悪いような気がして。夕べはお風呂に入ってる時も、夜布団で横になっている時も、どうやって謝ろうかってずっと考えていたの。

 だけど椅子に腰掛けながらその事を話をすると、二人はそろって吹き出した。


「なんだ、そんな事だったの? 別に気にしなくて良いのに」

「そうそう。郷土研に入ったのは、ちょっと意外だったけどね。あの部、主に何をしているか、ちゃんと知ってる?」

「はい。妖怪研究会みたいなものだって言われました」


 この様子だと、二人ともその事は知っていたみたい。そういえば最初、白塚先輩に連れて行かれた時、ビックリするだろうって言ってたっけ。


「あ、ちゃんと説明はあったんだ。と言うことは、綾瀬さんも妖に興味あったりするの?」

「そういうわけじゃないですけど、話しててそう言うのも、案外悪くないかもって思って。白塚先輩も、あと岡留くんもいい人でしたし」

「岡留くんって、3組の? アタシ、あんまり話したことないんだけど、意地悪されてない?」

「まさか、優しい人ですよ。……とても」


 恥ずかしいから黙っておいたけど、前にバスで助けられた時の事を思い出して、思わず顔が熱くなる。

 あの時の岡留くんは優しかったし、荷物も持ってくれて。紳士的で格好良かったなあ。

 すると何を思ったのか、木嶋さんと犬童さんは顔を見合わせる。


「ねえ、ひょっとして、岡留君のこと気に入っちゃった?」

「えっ? ええと、気に入ったというか、優しくて良い人だなあって思って」

「良い人、ねえ。ふーん、そっかー」


 ニマニマと笑いながら、納得するように頷き合う二人。なんだかよく分からないけど、とりあえず怒ってないみたいで安心する。

 けどそんな話をしていたら。教室の入り口から女子が数人、中へと入ってくるのが見えた。


「ん、あれって?」

「杉本さん達だよね。何でうちの教室に?」


 木嶋さんと犬童さんが顔を見合わせる。

 まだクラスの人の顔を全部覚えたわけじゃないけど、入ってきた女子達は、たぶんうちのクラスの子達じゃない。


 女子の一団は教室内を見回していて。私も何となくそっちを見ていたけど、先頭の子と目があった瞬間、彼女達はまっすぐこっちに向かって歩いてきた。


「アナタが綾瀬千冬さん? 東京から転校してきたっていう?」

「そ、そうですけど」


 目の前に来るなり聞いてきたのは、先頭にいたウェーブのかかった茶色い髪をした女の子。スカートが短くて、派手な印象を受ける。

 気の強そうな美人さんで、まるで品定めでもするかのように、つり目でじろじろ見られて。つい身をすくめてしまう。


 私、この人達に何かした?

 もしかして目があったから絡まれるっていう、そんな展開なの!?


 身をよじって縮こまっていたけど、彼女は納得したみたいに、ふうっと息をついた。


「私は三組の、杉本すぎもと照美てるみって言うんだけど。綾瀬さん、よかったら私達のグループに入らない?」

「えっ?」

「ここって、何もない田舎だからねえ。東京の話とか、色々聞かせてほしいのよ」


 それってつまり、友達になろうって事かな? だったらもちろん、断る理由なんてない。

 良かった、怒らせたわけじゃなかったんだ。

 と、思ったのも束の間。


「綾瀬さんだって、こんな子達と一緒にいても楽しくないでしょ」

「えっ?」


 耳を疑った。

 木嶋さんと犬童さんを一瞥して吐いた、見下すような言葉。私は杉本さんの言った事が理解できずに、ポカンと口を開ける。


 当然、「こんな子」なんて言われた二人はいい気分なんてしなくて。特に木嶋さんは眉をつり上げると、勢いよく椅子から立ち上がった。


「ちょっと、失礼じゃない。アタシ達に何か、文句でもあるの?」

「ごめんね、けど本当の事でしょ。放課後になると、いっつもつまらない写真を撮ってるような人達だもの。そんな地味でダサいことに巻き込んだら、綾瀬さんがかわいそうじゃない」


 バカにするようにクスリと笑って、冷たい目を向ける杉本さん。それを見て、木嶋さんはますます腹を立てる。


「アタシらは別に、無理に写真部に入れたりしないよ。そりゃあ誘いはしたけどさ」

「あのねえ、入っていなくても、一緒にいたら仲間だって思われちゃうでしょ。そうならないよう、私は親切心で言ってるの」


 そんな、これが親切だなんて。

 杉本さんの言っている事は一ミリも理解できなかったけど、なんでこんな事を言うのかは、何となくわかってしまう。


「やっぱり写真部の人達って、オタクっぽくてキモいよね」

「アタシだったら絶対、仲良くしたくないなー。仲間だって思われたら、最悪だもん」


 杉本さんだけでなく、彼女の周りにいた他の女子達も、木嶋さんや犬童さんの事を罵り、蔑むように見る。ああ、こんな冷たい目を持つ人は、前の学校にもいたっけ。

 自分の価値観が全てだと思っていて、意にそぐわない物は全部、おかしい、ダサい、間違っているって見下すような、そんな人。


 そしてそういう人に限って、遠慮や気遣いなんてものを知らないらしく、今みたいに神経を逆撫でするような事を、平気で言うのだ。

 まるでバカにされるのが当たり前だと、言わんばかりの態度で。


 睨み合ったまま、一触即発という雰囲気の、杉本さんと木嶋さん。

 だけどそんな均衡を壊すように、私は立ち上がった。


「二人とも、落ち着いてください。杉本さん、でしたよね。さっきの話ですけど……」

「どう、来る気になった?」

「いいえ、お気持ちは嬉しいですけど、遠慮します。友達は、自分で選べますから」


 大きな声じゃないけど、ハッキリと口にする。

 すると杉本さん、断られるとは思っていなかったみたいで、「え?」と困惑の声を漏らした。


「ねえ、今の話聞いてた? 私達と一緒にいた方が楽しいから、入れてあげるって言ってるの」

「はい、分かっているつもりです。でも、私は今のままでも十分楽しいですから。放課後に写真を撮って過ごすのも、素敵だと思いますよ」


 杉本さんはバカにしていたけど、私はそうは思わない。

 何より、人の好きなものを否定するような人と仲良くなれるとは、どうしても思えなかった。


「杉本さんもきっと、私に構わない方が楽しいですよ。……だからどうか、お引き取りください」

「——っ! どうやらそうみたいね。人がせっかく親切に誘ってあげてるのに、バカじゃないの。もういい、行こう」


 杉本さんは踵を返して歩いて行き、一緒にいた女子達も慌てたようにそれに続く。

 そして彼女達が教室を出て行くのを見送った後、ようやく息をつくことができた。


 ふう、怖かったー。

 本当はあんな風に断って、何かされないか心配だった。幸い、大人しく去って行ってくれたけど、今ごろになって震えがくるよ。


 それに、話を聞いてて嫌な気持ちになっちゃったから、思わず冷気を放出するところだった。

 人目の多い教室の真ん中でそんな事をしたら、大変なことになるのにね。


「……綾瀬さん」

「は、はい!」


 名前を呼んできた犬童さんに慌てて向き直ると、二人ともさっきの不機嫌な様子から一転。穏やかな表情を見せていた。


「ありがとうね、言い返してくれて」

「いやー、断られた時の杉本さんの顔と言ったらなかったね。スッとしたわー」


 ニコニコと笑う二人を見て、私もホッと胸を撫で下ろす。

 それにしても。


「だけどあの人、どうしてわざわざ私を誘いに来たんだろう。クラスも違うのに」

「あー、それはきっと……」

「気を悪くしないで聞いてね。たぶん杉本さんは、綾瀬さんの東京から来たって肩書きが、欲しかったんじゃないかなあ」


 え、どういう事?


「こう言うのもなんだけど、杉本さんって周りに目立つ人や、有名な人を置いておきたがるから」

「ピンと来ないかもしれないけどさ、こんな田舎だと、東京からの転校生っていうのは、それだけでステータスになるんだよね。そんな人がグループに入れば、自分の株が上がるみたいに、思ってるんじゃないの」


 東京からの転校生ってだけでステータスに? 今時そんな。もう時代は令和だよ!?

 えーと、つまり杉本さん達は私を、装飾品みたいに扱うつもりだったって事かな?

 もちろんそんなのは願い下げ。断ってよかったって、改めて思う。


 すると何を思ったのか、木嶋さんがニッと笑みを浮かべて、グイと顔を近づけてきた。


「と、こ、ろ、でー。さっきアタシ達のことを、友達って言ったよねー」

「は、はい。すみません、つい勢いで」

「謝らなくて良いよ。それよりさ、友達って思ってくれてるなら、そろそろ敬語は止めにしない?」

「そうだね。綾瀬さんだって、普段から敬語ばっかり使ってる訳じゃないんでしょ」


 犬童さんも言ってきたけど、それは正解。

 前の学校では同級生相手に敬語は使わなかったし、おばあちゃんと話す時もそう。

 ただ転校してきて、初めて会う人達と喋る緊張のせいで、ついつい敬語になってしまっているだけだ。


「友達なんだから、敬語は無しでいいよ。名前も、里紅りく楓花ふうかって呼んで。その代わり私達も、千冬って呼んで良いかな?」

「うんうん。同級生なんだし、変に畏まらなくてもいいよ」


 何かを期待するような、だけど暖かい目を向けてくる二人。分かりました……ううん、分かった。

 まだちょっと緊張するし、気恥ずかしさもあるけど、気兼ね無しに話せるようになりたいとは私も思うもの。


「そ、それじゃ。改めてよろしくお願いしま……お願いするね。里紅ちゃん、楓花ちゃん」


 やっぱり少し恥ずかしかったけど。

「よろしく千冬」って笑ってくれる二人を見て、溶けそうなくらい胸が暖かくなった。

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