第79話
「できれば、気付かれずに終わらせたかったのですが、そうもいかないようですね」
レミィの声は、残念そうな感情が読み取れたものの、それは、何事もなくスムーズに仕事ができなかったことに対する、嘆きのように聞こえましたわ。
少なくとも、主を手にかけることに対する、後悔のようなものは感じませんでした。
「どうして? レミィ」
私は、レミィに襲われるようなことをした覚えなんてありませんでした。
何か怒らせたことがあったのでしょうか。
何か気に触ることでもあったのでしょうか。
もしくは、何か傷つけることをしてしまったのでしょうか。
色々と考えましたが、答えはでませんでした。
しかし、その答えはあっさりと、レミィが教えてくれました。
「先ほども言いました。ただの仕事です」
「しご、と」
これが仕事、ということは、レミィは暗殺者なのでしょう。
そして、私を亡き者にしたい人物がいる。
正直、ああ、そうなのか、と納得した部分もありますわ。
ヴィンバッハの人間であれば、こういうことがあるのも、覚悟の上でした。
権力を持つ者として、いつか命を狙われるかもしれない、というのは、想定していたことでしたから。
ただ、まさかそれが、こんなに早く、そして、自分のメイドに狙われるなんて、思ってもみませんでしたわ。
いえ、それくらい、想像できたはずなんですわ。本当は。
ですが、そんなこと、考えたくはなかった。
レミィが、私を殺すために、近付いてきた、だなんて。
「く、うぅ」
「へぇ」
私はガンガン痛む頭を振り払って、力任せに立ち上がりました。
頭の打ち所が悪かったようで、視界は朧気で、まだうまく働いていませんでしたけど。
「てっきり、絶望に染まるかと思いましたが、案外、普通なのですね」
レミィは、無表情で私を見ていました。
何を考えてるのかはわかりません。
ですが、声音は冷たく、私に向けられた殺気は強くなったような気がしましたわ。
そして、フッ笑ったかと思うと、たった1歩で、私の目の前まで詰めてきたのです。
「もしかして、私がこういうことをすると、予見していたのですか?」
「くっ!」
身体能力を上げる魔法でも使ったのでしょう。
人間とは思えないような速度で、レミィは私の顔を目掛けて殴りかかってきました。
私も動体視力を上げる魔法を使っていましたので、間一髪の所で、攻撃を避けることができましたわ。
その避けた先で、レミィに蹴り飛ばされましたけれど。
「あぐっ」
初めからわかっていましたが、レミィと私では、実力差がありすぎました。
まともに戦って、私が勝てる可能性は、万に一つもないでしょう。
それでも、私は立ち上がりましたわ。
もはや、痛みすら感じられなくなってましたが、気力と魔法でなんとか。
「立ち上がりますか。まあ、誰しも死にたくはありませんよね。ですが、苦しみが続くだけですよ?」
「私は、生きることを諦めたりなんてしませんわ」
「流石は、リリルハ様。その心根は感服に値します。まあ、無意味な心根だと思いますが」
レミィの手から、魔法の衝撃波が放たれました。
なんとか、防御することができましたが、威力が凄まじく、またしても吹き飛ばされてしまいます。
「きゃあぁぁぁ!」
もはや、なぶられるためだけに立ち上がっているようなものでした。
それをわかっていても、私は何度も立ち上がったのです。
決して、諦めたくなどありませんでしたから。
「うっ。くっ。……あ、きゃあぁ。うぐっ。がはっ! あ、おえ」
レミィは私に止めを差さず、中途半端な攻撃を続けました。
それは、私が苦しんでいるのを楽しんでいるのか、否か。
真意はわかりませんでした。考えられる程の余裕もありませんでしたし。
ただ、レミィの表情は、私をなぶって楽しんでいる。
ようには決して見えませんでした。
「何故、まだ立ち上がるのですか?」
そんな私に、レミィは不思議そうにそう尋ねてきました。
「あなたでは、私には勝てません。もはや、逃げるのも不可能でしょう。私があなたを見逃すこともありません。なのに、何故?」
心底不思議そうに尋ねてくる彼女は、私を見逃さないと言っている割に、私に致命傷は与えていませんでした。
それは、明らかに矛盾した言葉ですわ。
「ふふ」
私は笑ってしまいました。
多分、痛みやなんやらで、いろんな感覚が麻痺していたのもあるんでしょうけど。
でも、言っていることとやっていることが違うという光景は、案外笑ってしまうものです。
まあ、当然、レミィの表情は怪訝に変わり、さらに、冷ややかなものに変わりましたが。
「頭を打ち過ぎておかしくなりましたか? もはやまともな会話はできないと」
「確かに、はぁはぁ、頭の中が、ガンガンして、いて、よくわかりませんわ」
でも、まだ、頭がおかしくなった訳ではありませんでしたわ。
まだ、立ち上がる、理由を忘れてなどはいませんでしたから。
「ですが、私が立ち上がる理由は、ちゃんとありますわ」
「へぇ。それは?」
レミィは、興味なさげに言う。
おそらく、もはや、私の言葉は妄言でしかないと、思っていたのでしょう。
「私は、あなたが、私を見逃して、くれる、と、期待しているの、ですわ」
「何を、馬鹿な」
呆れた。そんな言葉が、レミィの顔に書かれているような、そんな表情でしたわ。
もちろん、私だって、この場でこんなことを言うのは、明らかに楽観的すぎるし、やっぱり頭がおかしくなったと思われても仕方がないかもとは思いました。
ですが、私はその言葉に、嘘偽りは全くありませんでした。
そんな私の思いが伝わったのか、レミィは呆れていた表情から、真剣な表情へ変わりました。
「リリルハ様。あなたは自分が今、どういう状況なのか、わかっているのですか?」
「ええ、もちろん、ですわ」
「なら、どうしてそんな話がでてくるのですか?」
その答えは決まっていますわ。
「レミィは、私を殺さないと思っているからですわ」
レミィは沈黙していました。
表情には出さずとも、困惑しているのは気配でわかりましたわ。
私はレミィの口が開く前に、話を続けます。
「誰がレミィを雇ったのかは、わかりませんが」
わからない。というのは、詭弁ですわ。
状況を考えて、犯人なんて1人しかいませんから。決めつけることはできないというだけで。
ただ、そこはもう、どうでもいいことでした。
「私は、レミィを信じると決めているのですわ。ただ、それだけのことです」
「私を信じる? 何を言っているのですか?」
さっきまでは隠されていた困惑の表情が、微かに外に漏れました。
それが妙に人間染みていて、少しだけホッとしました。
「レミィは、私のメイドで、私の相棒ですわ。だから、私を殺したりしないと、そう信じているのです」
「私が雇い主を裏切ると?」
「そう、ですわ」
根拠なんてありません。
ただ、もう盲目的に信じているだけ。
ですが、自らの従者を信じられずに、何が主でしょうか。
私は、自分の目を疑ったりしません。レミィは信じられる。曇りのない眼で、見た結果でした。
「私は、今までレミィと過ごしてきて、レミィは信頼の置ける人間だと、確信していますわ。それを、この程度のことで、変えられる訳がありませんわ」
「この程度って。今まさにあなたは、殺されかけているのですよ?」
「ええ、ですが、その程度です。現に私はまだ生きています。私の信じた通りでしょう?」
殺すつもりなら、いくらでも殺す機会はありました。今もなお、こうして話しているのは、何の意味もないことなのですから。
レミィは、呆気に取られた顔をしていながらも、その中には困惑と怒りが滲んでいました。
「とんだ甘ちゃんですね。思考がお子さまと言うか」
「あら? 私はまだ成人になっていませんのよ。別に侮辱でもなんでもありませんわ。それに、私は甘ちゃんではありません。ただの事実ですわ」
レミィはその一言で、完全に切れたのでしょう。
ゆっくりと私に近付き、私の首を絞め上げました。
「あ、かはっ」
「そうですか。なら、すぐにでも、その命、頂きますね」
首に食い込む指は、本気も本気。
一瞬で意識が飛びそうでしたわ。ですが、何とか耐えた私は、レミィを睨み付けます。
「か、は」
言いたいことはありましたが、首を絞められたままでは、何も言えませんでした。
それでも私はレミィから、目をそらさなかった。決して。
しかし、徐々に強くなっていく力に、流石に限界を向かえた私は、重くなる目蓋をなんとか持ち上げようとしましたが、抗いようもなく、最後には視界が真っ暗になりました。
「どうして、あなたは」
意識が消えかける直前、レミィの困惑した声が、耳に響いた気もしましたが、その時の私には、もうわかりませんでした。
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