第67話

 私とドラゴンさんと姫さんとキョウヘイさんの旅が始まった。


 旅、といっても、そんなに長旅という訳ではなくて、数日で終わっちゃうような旅なんだけれど。


 それでも旅というのはやっぱり楽しいな。

 なんだか、懐かしい気持ちになるし。


 旅をした記憶なんてないし、どうしてそんな気持ちになるのかはわからないけど、もしかしたら、私の失くした記憶に関係してるのかもしれない。


 今はまだ、なんとも言えないけど。


 ただ、今はそれよりも、少し気になることがあるの。



「アリス様。お加減は問題ありませんか?」

「う、うん。大丈夫」


 旅の途中、姫さんは私にものすごく気を遣ってくれる。それはもう、これでもかという程に気を遣ってくれる。


 キョウヘイさんが呆れるくらいに。


「姫様。流石に心配しすぎじゃないっすか?」

「何を言ってるんですか? このくらい、当たり前です」


 何度か同じような会話になってるけど、姫さんは頑なに譲ろうとしない。

 私が言っても、それは同じ。


 うーん。

 もっと打ち解けたいんだけどな。


 ずっと心の距離が離れたままな気がする。

 どうにかできないかな。


「あの、姫様さん?」

「はい、なんでしょうか?」


 こんな簡単な会話1つ取っても、こんなに堅苦しい。


 何とかしたいという一心で、雑談をしてみる。

 雑談なんて、どういう話をすればいいのかわからないけど。


 とりあえず。


「えっと、元気?」

「はい。この身が朽ちようと邁進する覚悟です!」


 真剣な顔で言う姫さんは、本心からそう言ってるんだと思うけど、そういうことを聞きたいんじゃなかったんだけどな。


 思わず苦笑いが漏れてしまった。

 これには、キョウヘイさんも、同じく苦笑いするしかなかったようだった。



 そんなこんなで、結局、解決策も出ないまま、私たちは旅を続けるしかなかった。。


 ◇◇◇◇◇


「このお方が、竜の巫女様の妹様、ですか?」

「ええ」


 私たちの訪れた町の代表の人は、微かに怪訝な顔をする。


 これも、もう3回目の光景。

 必死で隠そうとしてるけど、明らかに信じられないと言った様子の顔だ。


「大変失礼ではありますが、証明はできますか? 例え、姫様のご紹介とあっても、この目で見なければ、信じることができませんので」


 これも同じ。


 この国の人たちにとって、竜の巫女様というのは、姫さんよりも、尊い存在みたいで、いくら姫さんが言った所で、信じられないものは信じられないみたい。


 それだけ、竜の巫女様は絶対的な存在ということらしい。


「確かにその少女は、竜様をお従えしているように見えますが、それだけでは、証明になりませんよ」


 代表の人の顔つきは、怪しいものを見るようなものだ。多分、表面上よりももっと、私のことを信じていないんだと思う。


 だけど、姫さんは、確信を持った顔で、その代表の人に答えた。


「もちろんです。アリス様。お願いします」

「うん、わかった」


 これも同じ。3回目。

 もう慣れてきちゃった。


 やることは簡単。いつも同じ。


 口元に指で丸を作り、そこに息を吹き込む。

 そこから、私の息は白く変わり、吹けば吹く程、それがどんどん増えていく。


 そして、その白い息で、ドラゴンさんの形を作り、ありったけの魔力を込めた。


 私が作った魔力を帯びたドラゴンさんは、いつも一緒にいるドラゴンさんと色以外は全く違いがない。


 それをさらに2つ3つと作ってみせて、唖然とした顔の代表の人に、作ったドラゴンさんで、ポンと頭に手を乗せる。


「ひっ!」


 いきなりのことで、驚いた様子の代表の人だけど、その顔はすぐに焦った顔に変わっていく。


「し、失礼しました!」


 本物のドラゴンさんと遜色ないドラゴンさんを作る。

 それは、普通の人にはできないことらしい。


 この国にいる人たちの中には、普通の人が持ってる魔力とドラゴンさんの魔力を感じ分けることできる人がいるらしい。


 この代表の人も、そうみたいだけど、その人が見ても、私の作ったドラゴンさんは、本物のドラゴンさんの魔力と同じに見えるらしい。


 だから、これを見せると、みんな私を竜の巫女様の一族だって信じてくれるようになる。


 私自身に流れている魔力は、あくまで人のそれと同じみたいだけど。


 とにかく、こうすれば私が竜の巫女様の妹だとわかってもらえるので、話しやすくなる。


「それでは、竜の巫女様のお言葉を届けます。場所を用意してもらえますか?」

「はい、すぐに」


 ちなみに、話については、姫さんが話してくれる。だこら、私は隣にいるだけでいい。

 どういう話をしているのかは、私には関係ないとお姉ちゃんから言われている。


 話に交われる訳でもないので、暇な時間はドラゴンさんの鱗を眺めるくらいしかなかった。


 キョウヘイさんとお話でもできればと思ったんだけど、キョウヘイさんは、護衛ということで、辺りに注意を向けていて、話しかけられる雰囲気じゃない。


 結局、私は姫さんの話が終わるまで、暇を持て余すしかないのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「これで3ヶ所目ですね。残り6ヶ所になります」

「6ヶ所」


 まだこれが続くのかと思うと、自然と肩が落ちてしまった。


「アリス様。お疲れでしょうか?」


 そんな私に、姫さんは心配そうな顔を向ける。


「あ、ううん。大丈夫だよ」


 危ない危ない。こんなことで、姫さんに心配かけちゃ駄目だよね。


 姫さんだって、疲れてるはずなんだから。


 私は必死に笑顔を作るけど、姫さんの表情は心配そうなままだった。


「今日はこのくらいにして、この町に泊まりましょう。村長に1番良い宿を探させますから」

「そ、そんなことしなくていいよ!」


 ただでさえ、いきなり来て驚かせてるのに、その上、宿まで紹介しろなんて、失礼すぎるよ。


「大丈夫です。アリス様のためとなれば、皆、喜んで提供してくれますから」


 姫さんの満面の笑みは、その言葉を疑わない、自信満々なものだった。


「で、でも」


 確かに、姫さんの言う通りなんだろう。

 この町に限らず、私が竜の巫女様の妹だとわかると、みんな、優しく接してくれた。


 ううん。それどころじゃない。

 まるで、ドラゴンさんに向けるような尊敬の眼差しを向けてくれた。


 それもみんながみんな、私に会えただけで嬉しいと思っているような、そんな眼差しだった。


 多分、私が何かを言えば、何でも従ってくれるんだろう。

 例えば、宿を貸してと言えば、二つ返事で答えてくれるんだろう。


 私が竜の巫女様の妹だから。従わなければいけないんだろう。


 だけど、そうだとしても、私は。


「アリス様、大丈夫っすよ。むしろ、この町の人たちも、アリス様がここに泊まってくれると聞いたら、大喜びすると思うっす」

「え?」


 どうすれば良いか悩んでいると、キョウヘイさんが不意にそんなことを言ってきた。


「迷惑とかじゃないし、むしろ泊まっていってくれって、多分お願いさせるくらいっすよ」

「そう、なの?」

「ええ、そうですよ。アリス様と一夜を共にできるなんて、これ程名誉なことはありません」


 キョウヘイさんの言葉に賛同するように、姫さんも加わった。


 ただ、キョウヘイさんは、姫さんの発言に少しだけ苦笑い。


「まあ、姫様の言い方は語弊があるっすけど。まあ、そういうことっす」


 竜の巫女様だから、言うことに従わなくちゃいけない。

 そういう訳じゃなくて。


 私がこの町に泊まることを、町の人たちが歓迎してくれると言うのなら、そう言うのであれば、迷惑ではないのかな。


「うん。わかった」


 まだ少し不安は残るけど、姫さんやキョウヘイさんの顔には、そんな不安は一切ないようだった。



 そうして、町長さんに今日、泊めてほしいという話をすると。


「それはそれは。もちろん、歓迎いたします。皆も喜ぶでしょう」


 そう言って、快く宿を貸してくれた。


 しかも、夜には豪華な宴会も用意してくれて、たくさんの人たちが私に会いに来てくれた。


 その人たちは、私を邪魔者扱いすることはなく、心の底から嬉しそうに話しかけてくれる。

 もちろん、姫さんみたいに距離を置いた、よそよそしい話し方ではあったけど。


「アリス様」

「アリス様」


 みんなが私を慕ってくれる。

 それがすごく嬉しくて。


 お姉ちゃんが、何の目的で、私をこの旅に行かせたのかは、まだわからないけど。


 だけど、この旅で出会えた人たちは、すごく良い人たちばかりで、優しい人たちばかりで。


 お姉ちゃんのこととは別に、私はこの人たちのことが大切だと思えるようになっていた。


 いつの間にか、この国の人たちを、守らなければ、そういう気持ちが芽生えていた。


 これが、竜の巫女としての、私の使命なのかもしれない。

 お姉ちゃんは、そんなことは言ってなかったけど、私はそんな風に思っていた。

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