第28話

 あれから数日が経った。

 今日は、遂にリリルハさんとシュンバルツさんの話し合いの日。


「では、リリルハ様。こちらへ」

「ええ」


 リリルハさんが部屋に入っていく。

 その後ろについて、私も部屋に入っていく。


 今日はリリルハさんと私だけ。

 他のみんなは、シュルフさんと一緒にいる。


 入ったのはすごく広い部屋で、真っ正面にシュンバルツさんがいた。


 シュンバルツさんは顔に包帯を巻いていて、すごく痛そうにしている。


 その横には、シュンバルツさんと同じような年代の人が座っていた。


 その人たちを前に、リリルハさんがお辞儀をしてから、用意されていた椅子に座る。


 私もそれを真似して椅子に座った。


 それを見計らって、シュンバルツさんの横に座っている人が口を開いた。


「この度はお時間をいただき、ありがとうございます。今回の内容はご存じですかな?」

「ええ、大まかには」


 リリルハさんは毅然として言う。


 リリルハさんは目の前の人たちよりも、相当年下だと思うんだけど、その態度はどっしりとしていた。


 その光景が気に食わないみたいで、シュンバルツさんがずっとこちらを睨んでいる。


「それでは、早速本題に入りましょう。トマル領主リリルハ。あなたには、この街に反逆を働いた容疑がかかっています」

「え?」


 反逆という言葉の意味は、よくわからないけど。

 でも、多分、悪いことをしようとしたと思われているってことだよね。


 そんなことしてないのに。


 言い返そうとしたら、リリルハさんが私を制止する。


 リリルハさんを見ると、口パクで、大丈夫って言っていた。


「容疑の詳細を求めますわ」

「見苦しいぞ! お前がそこのガキを使って、ドラゴンでこの街を襲わせようとしたんだろ!」


 冷静に問いかけたリリルハさんに、シュンバルツさんが大声を出した。


 でも、リリルハさんは全く気にしていない。


「それは全く根拠のない話ですわ。この子、アリスはそんなこと、絶対にする訳ありませんわ」

「だが、実際、多くの警備隊が被害を受けている。怪我人も出ている。それをどう説明するんだ?」


 シュンバルツさんの隣の人が言う。

 それに、シュンバルツさんも、その通りだって、賛同した。


 でも、リリルハさんは揺るがない。


「それは、正当防衛ですわ。実際、ドラゴンさんは、必要以上には警備隊の方に攻撃はしていないはずです。最低限、再起不能にしているくらいですわ」


 グッとシュンバルツさんは言い淀んだ。

 リリルハさんの言うことに間違いがないと思ったのかもしれない。


「そもそも、ドラゴンは、地面を壊して我々を襲ってきた。それはどう説明する?」


 そんな中、静かな口調でシュンバルツさんの隣の人が言った。


 その発言に、またしてもシュンバルツさんが、そうだそうだと賛同した。


「では、その前に、何故、ドラゴンさんは地面から出てきたのか、ご説明いただけますか?」


 質問に質問で返され、シュンバルツさんは目付きをきつくする。


 でも、シュンバルツさんは質問に答えてくれた。


「そのドラゴンは、盗人のガキたちと共にいた。不審な行動をするガキ共と一緒に拘束するのは当然の処置だろう」

「ガキ、ね」


 リリルハさんは冷たい声を出した。

 空間まで冷たくなったような気すらする。


 それに気付いたのか、シュンバルツさんたちは、少しだけ怯えているようだった。


 それでも、シュンバルツさんは口を開く。


「未来ある子供たちを、そんな風に言うのはやめていただけます?」

「犯罪者に慈悲をかける必要はない」


 犯罪者。

 その言葉がすごく嫌だった。


 みんな、確かに悪いことをしちゃったのかもしれないけど。でも。


 思わず言い返そうとしたら、それよりも前にリリルハさんが立ち上がった。


「あの子たちは、犯罪者ではありませんわ」

「何を言っている? 窃盗は重大な罪だ」

「ええ、そうですわね。ですが、そういう話ではありませんわ」


 リリルハさんは、シュンバルツさんたちの前に立った。凛々しく、立った。


 そして、机を叩きつける。


「あの子たちは両親を亡くした子供たちと聞きましたわ。この認識、あなた方も持っているのではなくて?」

「そんなことは知っている」


 シュンバルツさんは無感情に答える。


「まさか、リリルハ様は、親がいなければ犯罪を犯しても許されると言っているのか?」


 馬鹿にするようにシュンバルツさんが言って、隣の人もそれに笑った。馬鹿にするみたいに。


 すごく、悔しい。

 リリルハさんが馬鹿にされるのは、すごく悔しかった。


 でも、リリルハさんは。


 リリルハさんも、本当はすごく怒っているはずなのに、それを表には出さず話を続ける。


「そんな次元のお話しかできませんのね」

「何?」


「犯罪を犯すことは何者であっても許されませんわ。それは秩序を守る上で絶対に破ってはいけないこと。ですが、それを教えるのは大人の義務ですわ。あなた方はその義務を全うしたんですの?」


 リリルハの指摘に、シュンバルツさんは何も答えない。


「ご両親を亡くされたあの子たちの心中は想像しかできませんわ。それでも、あの子たちは懸命に生きていた。自分が、いいえ、みんなで生きていくために必要なことをしていた。確かにそれは間違った行動だったのかもしれませんわ。ですが、それを教えるのは大人の責任。それを放棄していたあなたたちに、あの子たちを裁く資格なんてありません!」


 すごく強い力でリリルハさんが机を叩いた。

 壊れそうなくらい、すごい力で。


「犯罪を犯したのなら、何故、そうしなければならなかったのか、あなたは聞いたことがあるんですの? そうまでしなければならない状況であったと、あなたは知らなかったんですの? そうであるならば、あなたはとんでもない無能ですわよ」

「なんだと!」


 シュンバルツさんが怒って立ち上がったけど、リリルハさんはそのシュンバルツさんの胸ぐらを掴んだ。


「民とは、この街にいるすべての人、1人たりとも例外はありませんわ。その民を守るのはヴィンバッハ家の責務。あなたは、そんなことも知りませんの?」

「口を慎めよ。小娘が!」

「年齢など関係ありませんわ。この無能!」


 どんどんとヒートアップしていくリリルハさんとシュンバルツさん。


 グギギッと歯を食い縛って睨み合う2人は、今にも殴り合いそうな雰囲気だった。


「け、けんかはだめだよ?」


 2人の雰囲気が少し恐かったけど、私は勇気を出して言った。

 喧嘩なんてしてほしくなかったから。


「う。熱くなりすぎましたわ。アリス、ありがとうですわ」


 シュンバルツさんの胸ぐらから手を離して、リリルハさんは1歩後ろに下がった。


 そして、一度目を閉じて、深く深呼吸をして、また静かに目を開く。


「単刀直入に言いますわ、無能」

「貴様っ!」


 目を開けてすぐの暴言。

 シュンバルツさんはまた食って掛かる。


 けど、その前に、リリルハさんがシュンバルツさんの前に紙を突き出した。

 そして、声を大きくして言う。


「あなたには、領主としての、資格がありません。よって、ここであなたの領主としての爵位を剥奪します」

「はぁ?」


 シュンバルツさんは驚愕して、リリルハさんの持っている紙を手に取り、その目はさらに驚愕に染まる。


「アドルフ・ジ・ヴィンバッハの名のもとに、シュンバルツ・ド・ヴィンバッハを領主の任から解く、だと?」


 小刻みに震えるシュンバルツさんは、呆然としたあと、またギラッとリリルハさんを睨む。


「こ、こんなものは捏造だ。そんな訳がない。私は領主としての仕事を全うしている。この街の繁栄を見れば、それは明らかだろう。お前のような寂れた町とは訳が違うんだ」

「その発言、私が許すとお思いですの? 今ここで、断罪してもよろしいのですわよ?」

「ぐ、う、うぅ」


 リリルハさんの周りの空気が、また冷たくなる。さっきとは違う。


 本当に冷たい。

 これは、魔法かな。


 リリルハさん。魔法も使えるんだ。


 シュンバルツさんはそれに怯んだようで、それを見逃さず、リリルハさんがさらに詰め寄る。


「見てくれだけを良くして、自分に都合の悪いものは処分する。金のない者は排除し、自分は私利私欲に、贅沢をして、責任も果たさない。それが、すべてばれたのです。もう、あなたに言い逃れなんてできませんわ。ええ、もちろん、あなたも同じですわ」


 リリルハさんは、シュンバルツさんの隣の人に向かって言う。


 その人たちは、まさか自分たちに話が来るとは思ってなかったみたいで、目を泳がせていた。


「ふ、ふざけるな、昨日今日来たお前に何がわかる! こんなものは無効だ! 誰の許可を持ってここに来た!」


 シュンバルツさんは紙をぐちゃぐちゃにして投げ捨てた。


 シュンバルツさんは、すごい汗をかいていて、目はすごく泳いでいる。

 それでも、リリルハさんを睨む目は力強くて、まだ勢いは弱まってなかった。


 のに。


「誰の許可、ですか。正直、あまり言いたくはないのですけれど」


 リリルハさんは少し疲れたように肩を落とす。

 どうしたんだろう。


「私をここに派遣したのは、エリザベート・デ・ヴィンバッハ、ですわ」

「……は?」


 シュンバルツさんがポカンとしたあと、そのまま自分の椅子にダランと落ちるように座った。

 まるで、体の力がすべて抜けてしまったかのように。


 目から光がなくなって、焦点もあってない。

 驚きすぎて、意識が何処かに行っちゃったみたい。


「それは、本当なのか?」


 辛うじて。そんな感じで出した声は、今にも消えてしまいそうなものだった。


 でも、静かなこの空間でははっきり聞こえて、リリルハさんは頷く。


「この名前を出して、嘘です。なんて、言えると思いまして?」


 その言葉が決定的だったみたいで、シュンバルツさんは頭を抱えて、そして。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」


 まるで子供のように喚き、叫んだ。

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