第5話:見知らぬ客

「な、なんとか逃げ切れたか……。さすが魔王軍参謀……。その辺にいる魔族とは強さの桁が違うな」




 勇者エリクは満身創痍になりながら、近くの森に逃げ隠れていた。




「はぁ……はぁ……、に、逃げ切れただけでも幸運だ。それに聖女がいそうな場所はいくつか目処が付いた。これもコロのおかげだな」




 ユーグも息を荒げながらエリク同様に腰をついていた。

 普段、冷静に余裕を持って話しかけてくる彼からしたら珍しい格好だった。




「――そういえばコロは?」




 ようやく落ち着いた後、この場にコロがいないことに気づくエリク。

 命からがら逃げてきたのだ、自分以外の者のことまで気が回らなくて仕方がなかった。




「……いないな」


「ま、まさか、まだ魔王城に!? くっ……」




 エリクは立ち上がり、再び魔王城に向かおうとする。

 しかし、それをユーグが止めてくる。




「今お前が行ってどうするんだ! お前まで命を落とす気か!」


「しかし――」


「聖剣も破壊されたんだろ!? 今のお前はただの人だ! 勇者でもない! そんなやつが魔族を倒せると思うのか!?」


「ぐっ……。しかし、このまま放っておくのは――」


「――もう助からないだろう。俺たちにできることはコロの分まで戦って魔王を倒す。違うか?」


「……そうだな。確かに今はそれしかないだろう」


「それに聖女を生かしている魔王だ。もしかするとコロも捕虜として捕まえるかもしれない。あとはいかに早く、俺たちが魔王を倒せるだけの武装を整えられるか……。それ次第だ」


「よし、それならこうはしていられない。ユーグ、町に戻る! コロが生きている僅かな可能性を信じて――」


「待て! だからお前一人で行くな!!」




 エリクたちは大急ぎで森を抜け、町へと戻っていった。




◇◆◇




 リリアは聖剣しょうめいを部屋まで運ぼうと持ちあげたときに、布団の中で先程襲ってきた一人を発見する。


 それは三人組の中で唯一の女性。


 少女自身は満身創痍で、すでに命を落としてるのかとさえ思えたが、よく見ると少女の体は小さく動いており、眠っているだけだとわかる。

 更に彼女の側にはぽっきりと折れてしまった木の棒が転がっている。



――ど、どうしよう……。このまま放っておくわけにもいかない……よね? でも、怖い人だし、どうすれば……。



 その場であたふたとする。

 でも、そこで自分の職業を思い出していた。



 聖女。

 聖なる力を扱うことに長ける者。人を助けることを生業とする者。



――こんな時こそ私の出番だよね。でも、私にできることって何かあるのかな?



 聖女らしいこと……。何かできるかなって考えてみる。


 回復魔法とかは使えない。

 聖なる力も良くわからない。


 腕を組んで真剣に考える。


 そして、少女の前に立つと両手を合わせて目を閉じる。




「安らかにお眠りください……」


「ま、まだ死んでないですよ!?」




 ゆっくり休んでねって意味合いで言ったつもりのリリア。

 しかし、その意味合いが全く変わり、思わず少女が飛び起きていた。




「えっ!? あっ……、そ、そうだよね。おはようございます?」


「お、おはようございます……?」




 お互い首を傾げながら挨拶をする。




「あ、あれっ? ここって、魔王城……ですよね? どうして人が?」




 少女がリリアの姿を見て困惑している。




「……人?」




 今の自分はボロ布団を被っているので、ゴーストにしか見えないはず。



 リリアはまず自分が本当に布団を被っているかの確かめた後、周りを見回していた。

 しかし、リリアの他に人はいなかった。




「えっと……、私の事……?」


「はい。もちろんです」


「わ、私はゴーストさんだよ? ほらっ、ボロ布団を被ってるしそのその……」


「足、見えてますよ?」


「えっ? あ、足見えたらダメなの?」


「はい……、ゴーストには足はないですよ? それにゴーストは自分のことをゴーストさんって言いませんよね?」


「……」




 誰も言わなかったので全く気づいていなかったけど、どうやらゴーストには足はないらしい。


 むしろ、なんで誰もツッコまなかったのだろうか? とリリアは不思議に思ってしまう。

 ただ、魔物たちの態度を考えると気づいていないだけなのだろう。


 気づかれているなら……、とリリアは布団から顔を出す。




「えとえと……体は大丈夫?」


「あっ、はい。大丈夫です。やっぱり体は少し痛いですけど、動けます」


「よかった……。では、私はこれで――」




 話してみた限りだと普通に見えるけど、さっきまで暴れ回っていた一人。

 いつ襲われるかわからないので、リリアとしてはあまり長居をする気はなかった。


 しかし、少女側がそうさせてくれなかった。




「ま、待って下さい。一人にしないでください……」




◇◇◇




 結局服を掴まれたまま離れてくれないので、仕方なく部屋まで連れて行くことになった。

 もちろん、折れた聖剣や木の棒はしっかり回収していた。唯一使えそうだった比較的綺麗なボロ布団に包ませて――。




「ま、まず自己紹介しますね。私はコロ・メルターと言います。その……、勇者様と一緒に魔王を討伐に来ました」




――勇者様が来てたの!? そんな人見なかったけど?




 リリアは少し驚きの表情を浮かべていた。




「もしかして、はぐれてしまったの?」




 リリアの問いかけにコロは頷いていた。



――やっぱりそうだったんだ。それで襲いかかってきたあの赤髪の人と戦ってたんだ。……あれっ、戦ってた?



 少し違う気がしたものの、リリアが見たのは一瞬ですぐに逃げ出していたので細かい状況までは覚えていなかった。

 ただ、抜き身の剣を持っていた赤髪(勇者)のことが敵にしか思えなかった。


 だから彼女はそれと戦う勇者の味方……ということになっていた。




「そうなんだ……。あっ、私はリリア。よろしくね」


「よろしくお願いします。それよりどうしてゴーストのフリなんてしてたのですか?」


「えと……、ここは魔王城だからだよ。私みたいに人が歩いているとなにされるかわからないでしょ?」




 元々囚われの身なのだ。

 自由に城の中を闊歩していると知れ渡ってしまうと殺されても文句を言えない。




「……大変だったんですね」


「それはコロさんも同じだよね? こんなところに一人はぐれてしまって――」


「いえ、むしろ生きていたことに驚きです。それに私しかいなかったってことは勇者様は逃げられたので役目は果たせました――」




 コロは悲しそうに遠い目を見せてくる。

 だからこそ、リリアは彼女を励まさずにはいられなかった。




「コロさんにできることはそれだけじゃないよ。まだまだ勇者様を助けるんだよね?」


「で、でも、魔法を制御する杖も壊れましたし、私にできることはもう――」




――あの転がっていた棒のことかな?




「えっと、これのこと?」


「あっ、はい。そうです」


「確かに折れてたら不便だよね」


「いえ、長さは関係ないんですよ。元々木の部分は先端の宝玉を支えたり、いざという時に打撃武器になるようになってるだけで、大事なのは宝玉の方なんですよ。でも、先の戦いで砕けてしまって……」




――宝玉ってこの湯たんぽに使ってるやつだよね? 確か後一個余ってたはずだけど……。




 湯たんぽ代わりに使っていた宝玉を一つ、ベッドから取り出すとそれをコロの前に差し出す。




「これ使えるかな?」


「えっ?」




 コロは目を見開いていた。




「こ、これはかなりの力が込められた宝玉です。ど、どこでこれを?」


「え、えと……、拾ったものだけど……」




 さすがに邪龍像から取ってきた……とは言えずに曖昧に誤魔化す。




「あ、あの、なにもお返しできずに申し訳ないのですが、この宝玉をいただくことはできないでしょうか? 私にできることでしたら何でもしますので」




 コロが頭を下げてくる。




「えっと、本当になんでもしてくれるの?」


「あっ、はい。私にできることでしたら……」




 そう言いながらリリアはコロの体を見ていた。

 すると、コロは恥ずかしそうに頬を染めて俯いていた。


 自分より数歳年上の少女。

 小柄な背丈とはいえ、リリアよりは大きく高いところにも手が届く。

 それに肩車をしてもらえばこの部屋の壁もある程度拭けそうだ。


 更に彼女は勇者パーティーの一因になれるほど有能な魔法使い。

 杖がないと魔法が使えないという欠点があるようだが、それでもリリアよりはるかに戦える。

 リリアの身を守ってもらうのにこれほど適した人材はいるだろうか?


 ただ、それよりもこの人質生活で一番欲しいものがある。

 普通だったら絶対に考えられないもの。

 孤独である人質生活からの解消。


 それが湯たんぽたった一つで得ることができる。


 だからリリアは全く迷う理由がなかった。




「それならいいよ。はいっ!」




 これで更にこの部屋に住むのが快適になる。

 それを考えたら思わず笑みがこぼれるリリアだった。


 そして、赤の宝玉をコロに手渡すと、彼女はそれを杖に付けていた。




「ありがとうございます。本当に助かります」


「うん、それじゃあ私のお願いだけど――」


「はい、覚悟できてます。一緒に寝たら良いですか? それともお風呂とかですか? えとえと、は、初めてなのでその、できれば優しく――」


「私と友達になってくれる?」


「……えっ?」




 リリアが望んだのは友達だった。

 牢獄の中、一人で暮らしていた彼女にとっては何よりも得がたい宝のようなもの。

 話し相手になってくれるだけでも十分ありがたいし、一緒に遊んでくれるのならこの人質生活も楽しいものに変わる

だろう。


 ただ、それを聞いたコロは時が止まったように固まっていた。

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