11の27 連休の過ごし方(前編)



 この王国では年に二回の連休がある。うるう年みたいな感じで、太陽の位置をひたすら観測している天文学の人がいて、暦合わせというのを六月と七月の間に数日、それと十二月と一月の間にも数日行っているそうだ。一般の民にとっては、その数日間は待ちに待った連休になっている。


 その連休を利用して、リザちゃんとリアちゃん、ゆぱゆぱちゃんと私の四人組は、ユニコーンさんに分乗してナプレ市へやってきた。さっそく温泉でキャッキャウフフしてからピステロ様にリザちゃんを診てもらいに来ると、なぜかアイシャ姫が興味津々で寄ってきた。


「ナナセさん、その赤い瞳の娘、他人とは思えません」


「悪魔化の危険性があるってことですかね」


「わかりません」


 アイシャ姫は超感覚なところがある人なので、言葉では上手く説明できないような何かを感じ取っているようだ。一方のリザちゃんは、アイシャ姫の美しさに圧倒されたせいか、いつものような横柄さは潜んでしまい、リアちゃんみたいに私の斜め後ろに隠れて袖をクイクイ引っ張った。


「(コソコソ)ちょっと子供先生、ちゃんと紹介しなさいよ」


「(コソコソ)リザちゃん、この人は死刑囚なの。元大商人の家政婦で、元第二王子の護衛侍女で、殺人事件起こしたり悪魔化して私を襲ってきたりした後に逃亡して無人島に一人で隠れてたとこを私が発見して連れ戻したの。あ、あとベルシァ帝国皇帝の継承権がある一人娘でアデレちゃんの実のお母さんでアンドレさんより強い王国随一の剣士なんだよね」


「(コソコソ)はぁ?説明が雑すぎて理解できないんだけど?」


 確かに、だいぶ設定過剰だ。


「(コソコソ)とにかく今は死刑執行猶予期間中で、ナプレ市の護衛と、ナプレ市長の侍女をやってもらってるんだ」


 私はリザちゃんの腕をぐいっと引っ張ってアイシャ姫の前にぽいっと放り出した。


「ねえアイシャ姫、この赤い子は皇国から来たリザちゃん。こないだ一緒にユニコーンさん探しに行ったリアちゃんと同じ年なんですよ」


「自己紹介が遅れました、私はアイシャールと申します。現在はナプレ市護衛の任務に就いておりますが、本来はナナセさんの専属護衛侍女です。ナナセさんの」


 アイシャ姫が騎士風の胸に手を当てたポーズで軽く会釈すると、リザちゃんは貴族のお嬢様がしそうなスカートをつまんで軽くひざを折り頭を少し傾けるという、なんとも可愛らしいご挨拶を行った。大金持ちの娘って情報は本当だったんだね。


「皇国スカーレット州より、本年度から王都の学園でお世話になっております、あたくしリザと申します。アイシャール様はとても素敵な方ですので、言葉を失い見とれてしまったこと、どうかお許し下さいませ」


「ちょっとちょっとリザちゃん!きちんとしたごあいさつもできるんじゃん!なんで普段からそうしないの!?」


「うるさいわよ子供先生!」


「あはは、戻っちゃった。まあ、そんな堅苦しくしないで、仲良くしてよ」


 そうこうしながら市長の執務室へやってくると、ブルネリオさんと文官が難しい顔をしながらお仕事をしていた。なんか忙しそうだったのでリザちゃんとリアちゃんを軽く紹介してから、ピステロ様がどこにいるか聞いてみると、タル=クリスとマス=クリスを連れてさっそく例の廃墟へ行っていると教えってもらった。


「ユニコーンさんなら海も走れるから、私たち二人で行ってみよっか。ねえアイシャ姫、ゆぱゆぱちゃんとリアちゃんお願いしていいですか?」


「ご命令なのですね!この命に変えてでも!」


「二人とも戦えるから命がけにならなくても大丈夫ですよ」


 なんだか大げさなアイシャ姫に二人を託し、私は白い方のユニコーンであるビアンキにリザちゃんと二人乗りして廃墟の城へと向かうことにした。手土産として、そのへんの街路で売ってたフライドチキンと葡萄酒を持参する。


「ねえねえ子供先生、銀髪の貴公子様って怖い人じゃないの?リアはとても優しい素敵な方だったって説明してたけど、アタシが知ってる昔話だと、アイラ州で悪事の限りを尽くしていた魔女が悪魔化してベルサイアに攻め込んだときに、銀髪の貴公子様にボッコボコに撃退されて命からがら帰ってきた、といった感じの話だったのよね」


「へえー、やっぱイグラシアン皇国の各州で伝わってる感じが違うんだねぇ。リアちゃんの話の感じだと、スカーレット州の魔女が悪魔を引き連れて王国を乗っ取ろうとしたけど、ピステロ様がことごとく悪魔を蹴散らして、なおかつスカーレット州の魔女を籠絡した、みたいな感じだったよ。まあ、ピステロ様は話し方とか威圧感あるし見た目も少し怖いけど、優しい人ってのは本当だよ。仲間思いな感じ」


「それ聞いて安心したわ!吸血されたらどうしようって思ってたのよ」


「あはは、なんか吸血衝動は我慢できるみたいだから大丈夫だよ」


 海面を滑るようにして廃墟のお城へ到着した私たちは、一階にある大型船用の大きな入り口から中へ入っていく。壊れて動けなくなっていた海賊船みたいなのがすでに取り壊されていて、船着き場はずいぶんスッキリと片付いていた。さらに、地下の水没通路へ続く例の穴が二か所とも開放され、タル=クリスがそこに貯まっている海水をひたすら桶で汲み上げるようなお仕事をしていた。


「あっ、タルさん、ご苦労さまです。まずはその通路を通れるようにするんですかね」


「ナナセ様か。ピストゥレッロ様より、この通路の先にある小部屋こそ念入りに調べねばならぬと言われてな、まずは我々が通れるよう、腰のあたりまででも良いから水抜きをしろとの指示を頂いている」


「確かに、全部抜かなくても頭さえ出てれば通れますね・・・あ、そうだ、それなら私がちょっと手伝いますよ。今すぐは無理ですけど、明日にでも道具買って持ってきます、ホースで高低差付ければ簡単にジャバジャバ抜けると思いますよ」


「そうなのか、それは助かる。しかし、このような立派な城が百年単位で放置されていたとは、皇国では考えられないことだな」


「もったいないですよねー。だから、このお城のお手入れってことで建築の高い技術を持ってる獣人族を何名か送るように手配しましたから、お掃除が終わったら次は増築改築のお仕事が待ってると思います」


「気の遠くなる作業だな。獣人族であれば、らやらやと名乗る身体の大きな者がすでに一度様子を見に来たぞ。なんでも特殊な建材や道具が必要とかで、ナゼルの町やアブル村で準備すると言っていた」


「おお、もう動き出してくれてたんだ。協力してあげて下さいね」


「承知した」


 ひたすら水汲みしているタル=クリスとのお話を切り上げ、二階と三階の清掃をしているというピステロ様とマス=クリスを探しに階段を登る。すると侍女みたいな白黒の服を着たマス=クリスが二階の廊下をデッキブラシみたいなものでこすりながら走り回っていた。


「マスさんは床のお掃除を担当しているんですね。でもなんで侍女服なんですか?すぐ汚れちゃいそうじゃないですか」


「ナナセ様っ!ようこそおいでくださいましたっ!はーはー。私はっ!女王陛下のようになりたいっ!ぜーぜー」


「ああ、それ王城の護衛侍女コスプレなんですね。とにかく頑張って下さい」


 やる気満々のマス=クリスの邪魔しないようにして三階まで来たけどピステロ様はいなかった。そのまま四階に位置する屋上まで探しにくると、そこで焚き火をしていた。どうやらバラした海賊船をここまで持ってきて少しづつ燃やしているようだ。


「ピステロ様ぁー!お忙しそうなところ、すみませーん!」


「ナナセであるか。三階の奥に、いくらか手入れした部屋がある。そこでしばし待て。」


「はい」


 私とリザちゃんはピステロ様の言いつけを守って三階の一番奥の部屋へやってきた。そこにはすでにソファーやテーブルが持ち込まれていて、最低限の生活ができそうな感じになっていた。まずは休憩できる場所から仕上げたのかな。私はリュックから手土産のフライドチキンと葡萄酒を取り出してテーブルに並べると、電気コンロ一式でお茶を作ってからリザちゃんと一緒にソファーへ座る。


「アタシ、銀髪の貴公子様のこと想像していた通りだったわ。素敵な殿方というよりも、ミステリアスな感じが女性の本能をくすぐるのね」


「そうそう、私もそんな感じ。リザちゃんは犬一筋だもんね。いきなり素敵なおじさまとか言っちゃって、一目惚れだったんでしょ?」


「なによ!あんな駄目犬と銀髪の貴公子様を一緒にしたら失礼よ!」


 しばらく待っているとピステロ様が作業を一区切りして部屋へやってきた。するとリザちゃんは私よりも先にスッとソファーから立ち上がり、てくてくとピステロ様に近づくと、アイシャ姫にしたような貴族のお嬢様チックな可愛らしいご挨拶をした。遅れを取った私はのこのこ立ち上がって葡萄酒をコップに注いでからお惣菜フライドチキンを愛用ダッチオーブンで温める。


 ピステロ様はいつものように顎に手をやると、リザちゃんをジーっと見据え、しばらくすると何かに気付いたように自身を軽い重力結界で包み込んだ。ちなみにリザちゃんはビビって固まっている。


「ナナセ、これはまた面白い小娘を連れてきたの。」


「なんかリアちゃんと一緒で、リザちゃんも魔人族の末裔みたいですよ。見た目は十歳なんですけど、長寿なんで本当は百歳です」


「だが魔女の末裔・リアとはずいぶん違うな・・・」


「リアちゃんは生まれつき光魔法が使えたみたいで、リザちゃんは無意識で重力魔法を使っちゃってるみたいです。その辺の違いなんじゃないですかね」


「ふむ・・・」


 きちんとしたごあいさつをしたにもかかわらず、重力結界をまとったピステロ様に上から下までずっーとジロジロ見られているリザちゃんの目に涙が滲んでいる。なんか可哀想だけどみんな通った道なので放っておこう。


「この娘は魔人族よりも悪魔族に近しい。」


「えー、やっぱ重力魔法の使いすぎで悪魔化しちゃうんですか?なんとか止められませんかね」


「そうでは無い。人族の悪魔化のように妬み嫉み恨み嫌み憎みなどから発生したものでは無い。我やルナロッサが重力魔法を使用していても悪魔化などせぬのと同じである。おそらくであるが・・・」


「おそらく・・・(ごくり)」

「(ごくり)」


「これは・・・そう、『魅了』であるな。」


「えっ?」


 なんか心当たりが・・・

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