10の30 記憶の欠片(其の八)
「お姉様に何でも聞きなさーい!」
私はリベルデおばさんに、チェル君王子様が頻繁に部屋を抜け出し、貧民街と呼ばれている場所の子供たちに食料を提供していることを説明した。ついでに排水路の清掃なんて王城の役人が順番でやればいいじゃないと提案しておいた。
「あそこはねー、成人して孤児院を追い出された孤児なんかの引取場所にもなっちゃってるんだよねー・・・」
清掃を別の人が手分けしてやるのは問題ないけど、それで居場所を失った貧民街の人を雇うような店は一件もないだろうと言われてしまった。これは汚いから雇いたくないとかではなく、他の平民たちの仕事を奪うことになってしまい後々必ず問題が起こるから、働き手が足りていない商店主なんかも、雇いたくても雇うわけにはいかないんだって。
「なんで王国がお仕事を作ってあげないの?」
「それこそが下水道の処理なんだよ。もっと昔はさ、荷運びとかお城の補修なんかの手伝いをさせてたんだけどね、平民と一緒に仕事させるとさ、いじめとか多くてさ。あそこの子たちもきちんとした教育を受けてないから、仕事の手を抜いたり喧嘩ばっかりしていて、結局問題起こしてあそこに戻っちゃうんだよねー・・・」
そんなトラブルの歴史を何度も繰り返してきたから、これ以上は王国としても手の出しようがないって言ってた。
「なんかわかった。でもさ、チェル君王子様が私にバレないようにお部屋を抜け出すのは困っちゃうんだよね。なんであの王宮から排水路への隠し通路なんて作ったの?」
「それはね、まだ身を守ることができない子供の皇太子が、もし戦争や反乱が起こった時に脱出できるよう作ったものなんだよ。だからあの部屋は皇太子専用なの。この城を建てた何代も前の国王がね、自分の命を囮にして王子だけでも逃がせば、最悪、王族の血は存続されるって考えの人だったんだよねー」
「へええ、あの部屋ってけっこう警備優先で厳重に作られてたんだね。でも、その通路を護衛侍女の私が知らないんじゃ意味ないよ」
「今知ったからいいでしょ、あっははー」
「先に教えてよ!」
「隠し通路の入り口はゼノアちゃんの部屋のクローゼットの床だからさ、今度そこ通って排水路まで行ってみなよー」
結局、隠し通路からチェル君王子様が脱走しないよう、私の部屋には私にしか開けられない魔法の鍵を付けてもらうことになった。
・
翌日、チェル君王子様をつかまえて鐘一つ分くらいお説教をした。
「チェル君、コソコソ隠れてやってるってことは、悪いことしてるって自覚あるんだよね?」
「ごめんなさい」
「何が悪いかわかってんの?ごめんなさいじゃわかんないでしょ!」
「ごめんなさいいぃー・・・ぐすっ」
なんか私が小さな男の子をいじめているみたいで気持ち悪い。こういうときは、怒らずきちんとお話しなきゃいけないんだよね。
「あのね、私もミミルさんとお話したり、パンを持っていってあげたから気持ちはわかるんだけどさ、チェル君があのお腹をすかせた子供たちにご飯を食べさせてあげたりするのはダメなの、王族っていうのは誰かを贔屓とかしちゃダメなんだよ」
「ひーき?」
「そうだよ。もしチェル君がああやってご飯を食べさせてあげたいなら、他の王国の民全員にもご飯を食べさせてあげなきゃいけないの」
「そんなの無理だよぉ。ぼく王族になんて生まれなければ良かった」
「うーん・・・」
良いこと言ったつもりだったけど、その続きが思い浮かばない。私に教育係なんて向いてないよ。困ったね。
・
さらに翌日、私はリベルデおばさんに教わった隠し通路の探検に向かった。押入れの奥の床がけっこう厚い板になっていて、そこの下には階段が続いていた。
「けっこう狭いねぇ・・・あー、だからあの日のチェル君は荷物が大きすぎてここから脱走できなかったんだ。こりゃ途中からは這って進まないと無理かな」
降りる階段は大人でも通れる広さだったけど、そこから先は子供一人がギリギリ通れるような狭いもので、意図的に曲がりくねった通路になっていた。まあ私は大人だけどちびっこいから通れる。なんか悔しい。
「なるほどー、こういう逃げ道を作ってあるから皇太子様専用の部屋なんだ。これなら防具を着込んだ大人の敵兵が追ってきても、子供の王子様だったら簡単に逃げ切れるねぇ。曲がりくねってるから投擲武器とか弓矢で狙うこともできないだろうし」
色々と感心しながらズルズルと前に這って進むと、その先は丈夫そうな木製の螺旋階段が地下から屋上まで続いているようで、採光用の狭い穴から外を覗いてみたところ、ここはどうやら王城の四隅にある丸い塔のうちの、学園側の南東に建ってるものだった。
「なるほどなるほど・・・緊急時は屋上か地下までここから逃げられるんだ、さすが、お城ってうまくできてるんだねぇ」
てくてくと螺旋階段を降りていくと、例の排水路と思われる場所に出た。上からゴミが落ちてくると嫌だったので、今度は屋上に向かって探検を続ける。
「私たちの部屋の通路以外に出入り口なんてなかったねぇ。ってことは、チェル君専用の脱走路だったんだ。どうりで他の護衛とか侍女にバレないわけだよ」
屋上まではけっこう高かった。ぶつぶつと独り言をしながら登って行くと、ようやく一番上までたどり着いた。しかしそこに出入り口はなく、行き止まりになっている。少し調べてみると、どうやら天井が木の蓋になっていて、外側から隠してる感じみたいだね。
「ちょっと持ち上げてみよっか、うりゃ!うりゃっ!・・・重っ!無理っ!」
頑張って持ち上げようとしてみたけど、指も入らないくらいのすき間を作るくらいしか動かせなかった。どうやらこれは壊さないと外には出られない扉、というか蓋のようだ。
よし、やっちまうか、相棒。
「マイちゃぁん、お仕事のお時間ですよぉー(シャキーン)」
「【ご主人に呼ばれてじゃじゃじゃーん!】」
「ねえねえマイちゃん、この蓋ぶっ壊せるかな?壊せるよねっ!?」
「【了解なのだ!任せておくのだ!】」
── ドッカーン!・・・ドスーン パラパラパラ・・・ ──
この後、大きな破壊音とともに重そうな天井を見事に打ち抜き、私は破壊したすき間から無事に塔の外へ這い出ることができた。
「ななな、なにものだー!!!」
その衝撃に驚いた屋上の護衛がすっ飛んでくると、私はそのまま国王陛下の元へ連行され、建築隊の偉い人、文官の偉い人、護衛の偉い人、使用人長、侍女長に囲まれ、言い訳なんてこれっぽっちも聞いてもらえることもなく、延々とこっぴどく叱られた。
普段の素行が悪いから叱られるのはしょうがないとは思うけどさ、ブランカイオ国王陛下とリベルデおばさんは叱られてる私を見ながらニヤニヤしていて、なんだか感じが悪かったよ。
・
チェル君王子様が排水路の人たちに食事を提供するのは、私と一緒に行くことを条件に許すことにした。ただ、それ用に厨房から食べ物をもらってくるわけではなく、なぜか自分の食事を我慢してその分を持っていくことにこだわっていた。私の言い方が悪かったのかな・・・
「ゼノア、ぼくの分をあの子たちにあげるならいいでしょ?」
「なんか良いような悪いような・・・ねえチェル君、この子たちに一生ご飯を持ってきてあげるの?いつかは辞めちゃうんじゃないの?」
「ぼく、一生できる方法を考える。それならいいでしょ?」
「うーん・・・」
こういうときはあの人に相談するのがいいよね。明日にでも聞きに行こう。
・
「あれ?チェル君も来てたんだ」
「うん、リベルディア様に色々と相談してたんだ」
リベルデおばさんは宮廷魔道士だ。なんかすごい治癒魔法を使えるけど、私は怪我なんてほとんどしたことないからよくわからない。この王国では宮廷魔道士の人も護衛の詰め所に滞在しているので、排水路の人たちとチェル君王子様のことについて相談に来てみたら、その張本人に先を越されていた。チェル君王子様は私の監視をかいくぐるのが上手すぎる。
「(第一王子様・・・美少年・・・ぬふふ)」
「リベルデお姉様!悪いおばさんの顔になってるよ!」
「おばさんって言っちゃいけませーん!」
「ゼノア、ぼくお話終わったから先に部屋に戻ってるね」
「あらら、そうなんだ。じゃ私も戻ろっかな」
私がチェル君王子様と一緒に護衛の詰め所から出ていこうとしたら、リベルデおばさんに引き止められた。
「ちょっとそこの衛兵、チェルバリオ王子様をお部屋まで送ってあげてよ。それでゼノアちゃんは何しにきたの?」
「排水路の人たちのことで相談しようと思って。でもチェル君も同じようなこと相談したんでしょ?」
「好きなようにさせてあげなよー」
「いいのかな?」
「見守るのも教育係の立派なお仕事だよー」
「うーん・・・」
今のところ偉い人たちにもバレてないみたいだし、もしバレちゃったら私も一緒に叱られればいっか。
ヘンなあとがき
近況ノートに書きましたが、カクヨムマラソンは3月中に10話ほど更新しないと抽選権すら得られないという、長編書いてる人にとってはなんとも過酷なイベントだったので、投げやりにKACを数話ほど投稿して無理やり帳尻を合わせました。ぬいぐるみのやつは、まあそれなりにお話として成り立ってるとは思うのですが、本の精霊のやつとかイミフすぎて今すぐにでも削除したいくらいです。
ということで、以下の作品はKACとして投稿するよりも、ここまで読んで下さっている大切な読者様じゃないと楽しんでもらえないような内容に仕上がってしまったので、少し手直しをして本日のあとがきで公開することにしました。短めなのでどうぞお付き合い下さい。
第三回KAC20233のお題『ぐちゃぐちゃ』の小話です。
◆
【異世界ヒロインが作ったものは】
私は七瀬。とある異世界のメインヒロインだ。
「ねえナナセ、今日はホワイトデーらしいわ、ねえねえ」
私は女神様に肩をゆさゆさされている。
「もしかして……私になんか要求してます?」
「わたくしだってこのくらい知っているのよ。ホワイトデーは仕返しするのが礼儀なのよね?」
「なんか間違ってますよ! お返しです!」
「あらそうなの。血のバレンタインと呼ばれる凄惨な事件の報復をする日なのかと思っていたわ」
「んもぅ、私たち復讐ざまぁしちゃ駄目な設定なんですから」
「民の魂に深く刻み込まれるような恐怖のホワイトデーではないのね、安心したらお腹がすいてきたのよ、ナナセ」
「なんですかその説明臭い無理のあるセリフは……」
この異世界には筆者のご都合で麻婆豆腐が無かった。私は何度何度も失敗を繰り返し、ついに甜麺醤のようなものと豆板醤のようなもを完成させた。さっそく一緒に住んでる金髪碧眼超絶美女である女神様に麻婆豆腐を作ってあげる。ホワイトデーのお返しにふさわしいお料理だ。
「ナナセ、麻婆豆腐とは以前作ってくれたものよね、覚えているわ」
「前回のやつはゼラチンで強引に固めた、なんちゃって麻婆豆腐だったんです。今回は調味料を気合い入れて作ったし、海水で作る本物の豆腐も手に入ったから、地球の味付けにずいぶん近づけられると思いますよ」
「楽しみだわ、でも食べすぎて太ってしまいそう」
「豆腐はわりとヘルシーだから大丈夫ですよ、たぶん」
今日は豆腐を3丁用意した。まずは包丁で美しくサイコロにカットした一般的なスタイルのものから食べてもらおう。
「辛さが程よいわ、エールが進んでしまいます(ごくごく)」
「こういうのは少し長めに煮込んだ方が豆腐に味がしみて美味しいんですよね」
「ナナセ、早く次のを作ってちょうだい! 楽しみよ!」
「もぅ、そんな慌てないで下さいよ、のんびり行きましょう」
次は豆腐をカットせず、熱々に熱した石鍋の中央に置いてからソースをどばーとかけたものを用意した。お客様、ソースが跳ねますのでご注意下さい。
「これは豆腐の味が残るのね! カットしたものとは違った味わいだわ!」
「石鍋がジュージュー言ってるのも美味しそうで良いですよね、これ」
「ステーキのように食べればいいのね! これも気に入ったわナナセ!」
さて、最後は私が一番好きなタイプだ。
「わたくし、もうお腹いっぱいになってきたわ。まだあるの?」
「これが最後ですよ、豆腐を手で潰しちゃうんです」
「あまり見た目がよくないわね」
「まあまあ、そう言わず食べてみて下さいよ」
お腹いっぱいなんて嘘だって知ってる。女神様はお上品にレンゲですくいながら最後の逸品を高速でもぐもぐ食べている。なんか可愛い。
「(もぐもぐもぐもぐ)前の2種類とは風味が違うわ! 不思議ね!」
「はい、手でぐちゃぐちゃにして形が不揃いだと、豆腐の味がしっかり残るやつと、細かくなってソースの味が染み込むやつの両方が楽しめるんです。私もいただきますね(もぐもぐ)おいちー!」
「わたくし、ぐちゃぐちゃの麻婆豆腐が一番気に入ったわ!」
「あはは、ありがとうございます。ご飯食べすぎて太らないように気をつけて下さいね」
「どうしましょう、この辛さを程よく中和してくれるご飯が止まりません! それに、この辛さを洗い流してくれるエールのおかわりも止まらないわ!(もぐもぐもぐもぐ)」
私は七瀬。
今日も順調に女神様を太らせている。
◆
さて、春休み連続更新ということで、本日から4月1日まで中2日で行こうと思います。読者様、いっぱい増えるといいなぁ……
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