10の20 断末魔の叫び
「私たち危害は加えないからー!とりあえず降りてきてよー!」
「シクシク、怖いからイヤだよ、シクシク」
「ええぇー、怖がってるのこっちだよぉー!」
ハルコのホバリング飛行とよく似た感じで浮かび上がっている幽霊さんが私たちのことを怖がって降りてきてくれない。むしろ私たちが脅してるみたいで気まずい。とりあえずアデレちゃんは剣を背中に収め、私はクロスボウを投げ捨てて敵意ないよアピールをする。っていうか鳥なのにしゃべるんだ。まあオウムとかインコもしゃべるし、不思議なことではないのかな。
「大丈夫だよー!ほらほら、美味しいおにぎりもあるしー!」
「鳥さんー!ナナセお姉さまは優しいから大丈夫ですのー!」
「シクシク」
幽霊さんは逃げることもなく、だからと言って降りてきてくれることもなく、その場にとどまって泣いていた。どうしようかと悩んでいたら、かなり高度な上空まで飛び上がったハルコが羽根をたたんで一気に滑降してきた。そのままガッシリと幽霊さんの身体を凶暴な爪で掴むと、私たちがおいでおいでしている廃墟の屋上に叩きつけた。
── べちゃーっ!バサ!バサバサバサバサっ! ──
「いやああああああーーー!」
「おまえ、わるいとり、かくご、して」
巨大な鳥と巨大な鳥の争いはすさまじいものだった。すごい勢いで屋上を転がりながら羽根をバサバサと動かしてもがいている。空中に舞い上がったお互いの羽根が何本も抜けてヒラヒラと舞い上がる。月明かりに照らされてすごく綺麗だ。
「ちょっとハルコー!手加減してあげてー!」
それでも、ハルコが掴んだ肩のあたりの爪は力を緩めることなく、幽霊さんの動きがだんだ鈍ってくると完全にマウントを取る体勢になった。ようやく諦めたのかな?これはさすがに勝負あったね。
「ナナセ、はやく、ひも、しばる」
「わ、わかったぁ!」
私はロープなんて持ってきていない。急いでリュックをガサゴソと漁ると、なにかに使おうと思って丸めておいた針金があったのでそれで幽霊さんが羽根を広げられなくなるようにぐるぐる巻きにした。なんだかちょっと可哀想。
「シクシク、食べないで、シクシク」
「たべないよぉー」
羽根が動かせなくなったことで完全に大人しくなった幽霊さんを、いつものように暖かい光で包んであげる。
「私は敵じゃないからね、これで少しは落ち着いてくれるかな・・・」
すると幽霊さんが断末魔の叫び声を上げた。
「ぐぎぐぁjか4いゅえあ%ぎゃかy$ああ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙・・・ぁ・・・がくっ」
「わああああ!なんかイケナイことしちゃったぁあああ!」
「さすがはお姉さまですの!」
「ナナセ、かんたんに、やっつけた、すごい」
「これすごくないからぁ!どうしようどうしようどうしよう」
幽霊さんに光は毒だったようだ。予想していたことなのにすっかり忘れてたよ。アデレちゃんに褒められたけどこんなさすおねは許されない。とりあえずあたふたしながらよくわかんないなりに重力結界で包んであげたら呼吸だけは取り戻してくれたみたいだ。危ない危ない。
そんなこんなで気絶した幽霊さんの頭を膝枕したまま、軽めの重力結界で包み続けた。ついでにジロジロと観察してみると、その鋭利に尖った嘴は先端が伸びすぎて交差するほど長く、これで噛みつかれたら人族の身体なんて簡単に貫通してしまいそうだ。すべすべした体毛はスズメと違ってけっこう綺麗な赤い色で、羽根の部分は緑を基調とした極彩色と言った感じの見惚れてしまうような美しいものだった。
「たぶんだけど、夜しか活動してなかったのはお日さまが苦手な生態だからなんだろうね。このまま夜明けになったらまた断末魔の悲鳴になっちゃうかもしれないし、とりあえず屋上じゃなくて屋根のある三階まで移動させよっか」
「わかりましたの」
アデレちゃんが散らばったお夜食を片付けてからリュックを運んでくれた。ベルおばあちゃんはいつの間にかいなくなったと思ったらションボリと頭を垂れるイナリちゃんの首根っこを掴んで連れ戻してくれた。なんか面白い。
ハルコは石畳の上をゴロゴロと転がりながらの激しい戦闘をしたので、肩とか膝とか腰のあたりを擦りむいて血が出ていた。脱走の罰としてイナリちゃんにきっちり治癒してもらった。
「ときに姫、この鳥には触れられる肉体があるのじゃから、わらわたちが考えておったおばけとは違うと思うのじゃ」
「言われてみればそうだよね。ただの超絶進化した普通の鳥かも」
「それはすでに普通とは言わないのじゃ。普通の鳥は人族の言語など理解できないのじゃ。目を覚ましたら詳しく聞いてみるのじゃ」
「イナリちゃんはたぶん毒になるから近づかないようにね、ピステロ様との距離感でお話するんだよ」
「わかっておるのじゃ」
「そんじゃさ、明るくなったらさ、私とベルおばあちゃんで地下室の探検に向かうからさ、そしたら残りのみんなでこの幽霊さんの面倒を見てあげてよ。私が暖かい光で昇天させかけちゃったことはくれぐれも内緒ね」
「わかりましたの」「「のじゃ」」
「あと、ハルコはピステロ様呼んできてよ。光が毒っていう生態が似てるみたいだから何かわかるかもしれない」
「すぐ、いってくる」
私とアデレちゃんは眠くなってきたので、幽霊さんの傍らで仮眠をとることにした。ベルおばあちゃんに首根っこを掴まれてるイナリちゃんは逃走の心配はなさそうなので、一応見張りをお願いしておいた。
・
「おい小娘ども、起きろ。」
「むにゃ、あるてさまぁ?・・・ほぇっ!」
「アレクおじいさまぁ、まだ暗いですのぉ・・・ふぁっ!」
「我を呼び出しておいて寝ておるとはいい度胸であるの。」
「おはようございますっ!すみませんでしたぁー!」
「おはようございますのっ!すみませんですのー!」
私とアデレちゃんは飛び起きて直立不動から深々と頭を下げ、丁重な朝のご挨拶をする。そんな無礼な小娘たちにはさほど興味がないようで、難しい顔をしてあごに手をやったピステロ様がさっそく気絶したままの幽霊さんを探るように見据えていた。
「ふむ・・・まるで人格が二つあるようであるの。ベル殿はどう鑑別しておられるか。」
「わしにもようわからんのじゃよ。ピステロ殿が言うとおり、どうということのない魔物の中に何か別の人格が入り込んでおるようじゃな」
「おぉーい!イナリ殿はどう思われるかー!」
「わらわにはただの巨大化した鳥型にしか見えないのじゃー!飛んでおる時は何か魔法を使っておるように感じたのじゃーー!」
ここに集まったのはリベルディアが創造したと思われる各種魔法の紡ぎ手が三人だ。心強いにもほどがある。っていうか私、いらなくない?
「なるほどぉ、「体返して」とか言ってたから、なんか恨みを持った人族の魂が鳥に憑依しちゃったのかなぁ」
しばらくみんなでうーんと唸りながら色々と考えてみたけど、目を覚まして話を聞かなきゃ何もわからないってことで諦めた。私は電気コンロでお味噌汁をもう一度温め直し、幽霊さん用に一つだけおにぎりを残し、みんなで少し早めの朝ご飯を食べた。一息ついていると、次第に廃墟のお城の中が明るくなってきた。
「じゃあベルおばあちゃん、そろそろ地下室探しに行こっか」
「我も同行する。」
「それは助かります、なんか入り口が見つからなかったんですよ」
「この場はアデレードに任せる。」
「わかりましたの」
「イナリ殿はー!アデレードにもしものことなどないようー!監視を怠らぬようにー!」
「任せておくのじゃぁー!」
ピステロ様が来てくれたおかげで急に探索隊が引き締まった。やっぱ私に隊長とか向いてない。いつだかの聖戦で元帥をロベルタさんにすぐパスしちゃったこと思い出して情けなくなる。
一階に到着すると、ピステロ様が難しい顔で何かを念じながら、いつも手に持っているステッキでコンコンと床を叩き始めた。
「その杖でなんかわかるんですか?」
「ナナセやベル殿の探知とは違い、我はコウモリが放つ超音波のようなものが使える。そうは言っても微弱なものであるが故、この廃墟の構造を多少なりとも探ることができれば良いのであるがな・・・ふむ・・・」
なんとなく静かにしてなきゃ駄目な感じだったので、ベルおばあちゃんと私は無言でピステロ様を見守っていた。
── コンコン、コンコン、カツン ──
「ここであるな。ふんっ!」
── ズゴゴゴゴっ!ぶわっ・・・ズッシーン! ──
てくてくと歩き回りながら反響の違いのようなものを探っていたピステロ様は、ついに地下室への入り口を探り当て、大きな石畳を重力魔法で持ち上げるとその辺にぽいっと放り投げた。
「す、すごい!こんな大きな石でフタしてたんだ!?」
ピステロ様が重力魔法で持ち上げた石畳は二メートルくらいの正方形で、石の部分はとても薄く、下の方の大半は木材でできていた。たぶん開けたり閉めたりすることを前提に作られた隠し扉なのだろう。
私はさっそくそこにできた穴から下を覗き込むと、水没した地下へと続いていく階段が姿を現していた。
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