9の14 獣人の里



「もうしゅぐ!にゃにょ!」


 ゆぱゆぱちゃんの元気な先導で道なき山道をひたすら進むと、水が弾ける爽やかな音が聞こえてきた。これは間違いなく滝の音だ。


「領主ナナセ様はこの辺りでしばらくお待ち下さい、自分とイナリ殿で集落の様子を見て参ります」


「あそっか、人族は嫌われてるかもしれないんだよね」


 私はゴブレットと二人で少し手前で待つことになった。暇つぶしにゴブレットのクロスボウを借りて、素早く装填してから片手で撃つ練習をしてみた。これはティオペコさんがチヨコに乗ったまま片手でバンバン撃っていたのがあまりにもかっちょよかったので、私もペリコに乗って同じことをやってみたいのだ。


── サッ!びよーん サッ!びよーん・・・ ──


「なかなか難しいねぇ、やっぱ装填に手こずっちゃうよ。それに飛んでる時にペリコの首輪から手を離しちゃうの怖いかなぁ」


「きー」


 ちょっと貸してみろと言われたようなのでクロスボウを渡してみると、人族より一本少ない指と指の間に矢を何本か挟んで準備し、弦を引いて矢を装填して撃って、弦を引いて矢を装填して撃ってを、やたら素早く繰り返しているところを見せてくれた。


「ゴブレットすっごーい器用だねぇ!やっぱ何事も練習かぁ。ベルおばあちゃん背負った飛び方なら両手が開くから、それなら空から撃ったりできるかな?」


 また魔物化したキモい虫が出たら私も安全マージンを保ったまま殺傷力の高い攻撃ができるように準備しておかなければならない。空から見てるだけだとナゼル兵たちが不満を漏らしてうるさいからね。



「ただいまなのじゃ」


「イナリちゃんおかえりー、ノイドさんは?」


「ノイドは歓迎されて里の長とやらとゆっくり話しておるのじゃ。わらわは話がつまらなかったから迎えに来たのじゃ」


「そっか、良かった。私が行っても大丈夫そう?」


「あまり良い顔はされないかもしれぬのじゃ」


「そっかぁ・・・まあ町長として野菜ドロボーを見逃すわけにもいかないし、一言文句だけ言ったらすぐ帰った方がいいかもねー」


「姫が怒って暴れないようにアルテミスの真似して暖かい光で包む準備をしておくのじゃ・・・」


「なんか気を使ってもらってすみません・・・」


 私とイナリちゃんとゴブレットで滝のふもとまで最後の丘をのんびりと登る。雑木林を抜けると広く景色が開け、岩の断崖絶壁から勢いよく水が流れ落ちていた。滝壺から跳ねる水が煙のように舞っていて、なんだか秘境って感じで心が踊る。


「里なんて言っても、どこにもおうち無いじゃん」


「獣人族はあっちの壁の穴の中が住居なのじゃ」


「へえ、なんか原始的だねぇ」


 私は目が悪いのでどれどれと岩の断崖絶壁の方へ近づいてみると、横から崖をくり抜いたような感じでいくつかの穴が確認できた。これは横穴式住居ってやつだね。


 住居の穴はけっこう高い位置にあり、階段やはしごのようなものは無く、蔦を使って作った丈夫そうなロープが上から何本か垂れ下がっていて、そのラインには足を突っ込んで登っていくためっぽい小さめの穴がいくつも開けられていた。なるほど、こんな風になっていたのなら空を飛びながら見ても、ここに誰か住んでるとは気づけないね、なんか忍者が修行する隠れ里みたいでワクワクする。


「あの一番上にみんなおるのじゃ」


「じゃあ登りますか。イナリちゃんおんぶしてあげるよ」


「助かるのじゃ。さっきはノイドに運んでもらったのじゃ。わらわは獣化しておれば壁も走って登れるから、こういう場所を人族の姿で登る訓練などしておらぬのじゃ」


 ゴブレットが我先にと足を入れる穴など使わずに蔦だけつかみながらぴょこぴょこと登っていった。私はイナリちゃんを背負ってよいしょよいしょとのんびり登る。ここは滝のすぐ横だし、岩が若干湿っていて滑りそうな感じなので、しっかりと踏みしめて滑らないことを確認しながら、ゆっくりと慎重に登る。変なところに力が入っちゃってけっこうしんどいけど、これは良いトレーニングになりそうだ。


「ついたぁー、ぜーはー。ロッククライミングって手と足だけかと思ってたけど全身の筋肉が鍛えられるんだねぇ」


 一番上の穴に到着すると、そこから少し奥が扉になっていた。その扉は木材と金属で作られたとても重厚感のある立派なもので、原始的どころか王城の謁見の間の扉みたいな感じだった。


 その立派な扉の重圧に若干緊張しながら中に入る。


「(コンコン)失礼しまぁーす・・・」

「のじゃ」

「きーきー」


「にゃにゃせおねいにゃーん!むにゅ」

「わーホントに人族だぁー!」

「ねもねも、はじめてみたー!」

「みぷみぷも初めてし!」

「ぼくだって!」


 扉の中はユートピアだった。


 私はゆぱゆぱちゃんと同じくらいの年頃の獣人の子供たちにわいわいと集られてしまった。正面から抱きついているゆぱゆぱちゃんを筆頭に、なんか小さめの狸っぽい少年が肩車の位置に飛び乗り、犬っぽいねもねもちゃんという少女が腰にしがみつき、鹿系の立派な角を生やしたみぷみぷちゃんという少女が恥ずかしそうに私の手をもにゅっと掴んだ。ヤバい、この子たち可愛い。


「姫は美女と子供と虫に弱いのじゃ」


「だってぇ・・・(ぐにゃぐにゃ)」


 子供獣人たちの可愛さに骨抜きにされてしまった私はしばらくその場で立ちすくんでいると、その奥の大きなテーブルの所にいたノイドさんが声をかけてくれて我に返った。


「領主ナナセ様、こちらにお席を用意して頂きました」


「はひ」


 そこには、ガタイの良い小難しい顔をしたクマさん獣人がテーブル奥の中央に着席したまま私を睨みつけていて、背後にはヒョロっと背の高い馬っぽい獣人や犬系か狼系の獣人が数名、棍棒のような武器を片手に持ったまま立っていた。きっとあれが里の長とその護衛みたいな感じの人なのだろう。


「おっおっ、おおお」


「どしたにょ、にゃにゃせおねいにゃん、むにゅり」


「お姉ちゃんから離れなさぁーいっ!」


 私はまとわりついていた子供獣人たちを泣く泣く振り払ってから用意されていた席につく。いきなり野菜泥棒の件で文句を言ったら護衛に棍棒で殴られそうなので、ちょっと丁寧に行かないとまずそうだ。


「ナゼル町長ナナセと申します、人族に対して忌避感をお持ちと聞いておりますが、このように面会の機会をお作り頂き感謝しております」


 そう言ってから、ノイドさんが運んできてくれた木箱をゴソゴソとあさり、手土産代わりの骨付きイノシシ生ハムやボンレスハム的なもの、それとまだカットしていないかたまりのままのナゼル産高級ローストビーフをどかどかとテーブルの上に置いた。獣人といえばお肉が大好きに違いない。


「ちょっとした手土産でございます、どうぞ皆さまでお召し上がり下さい・・・」


「な、なな、ななな・・・」


「あれ?ハムはお嫌いですか?」


「我々に獣の肉を喰らえと言うのかっ!!」


「え?」


 あれれ、なんか怒っちゃったよ?


「ふざけるな!無礼にもほどがあるぞ小娘っ!」


「ええーっ?」


 私はひとまず大量のお肉を木箱にしまおうとすると、怒り心頭といった感じの護衛っぽい獣人数名が棍棒で殴りかかってきた。


「ご先祖様のかたきっ!」

「これだから野蛮な人族など里に迎えるべきではなかったんだ!」

「こんな弱そうな人族やっちまえ!おらおらー!」


 この戦闘の結果は散々なものだった。





長いあとがき

本日7月7日は、ナナセさんの誕生日です!

去年は王族の名前の元ネタになったワインについて紹介しました。

あれから1年、早いものです。


せっかくなのでちょっとしたサイドストーリーでも書いてみようと思います。8の8や8の11で書いていて、あまりにも面白くて10万字くらい続きが書ける勢いでしたが、本編から大きく脱線しそうだったので我慢した幼馴染ネタです。

主人公不在のナレーション視点で書いてみたので、本編とは違った雰囲気のお話になりました。いつも読んで頂いている読者様に、ほんの少しでもクスッと笑ってもらえればいいなと思います。




【マセッタ様は告らせたい】


 王国新暦20χ年、王都ヴァチカーナ。


 強固な城壁で囲まれたこの城下町、武装した護衛が立ち並ぶ東西南北の門をくぐり中央へ向かい足を進めると、この王国の繁栄を誇らしげに主張する王城がそびえ立っている。


 工業や商業だけでなく、教育の分野においても他国の追随を全く許さぬほど発展している王国の都。その南東エリアの一角には、神殿、劇場、そして図書館や学園など……王国の文化的な豊かさを象徴するかのような施設が建ち並んでいる。


「ちょっとアンタ、いつまで王都にいるつもりなのよ」

「マセッタこそ学園になんか来てる暇あるの?」


 ここは王国が世界に誇る教育機関である学園の学長室。新生ヴァチカーナ王国の新女王であるマセッタと、前国王であるブルネリオ。歳を重ねたとはいえ、誰もが認める美男美女である幼馴染の二人が、とてもとても平和な日常を送っていた。


「アンタがあたしを呼び出したんじゃない。ついでに新学期に向けた準備が色々と必要だから別にいいけど。アンタみたいにメルセスに全て押し付けてほったらかしになんてしないわよ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。ぼくには子供に勉強を教えてあげられるような才能なんてないんだもん」

「だもん、じゃないわよ! アンタがそんなんだからあたしがオルネライオの教育させられたんでしょ」

「でも嬉しそうだったし楽しそうだったじゃないか」

「嬉し……わかんないわよ、バカ!」


 オルネライオ王子の教育係として任命された当時のマセッタは、初恋の相手であるブルネリオの子を育てることに喜びを感じていたのは紛れもない事実である。


(コンコンがちゃ)


 ここで一人の宮廷魔道士がノックの返事を待つことなく侵入してきた。ヴァチカーナ王国の魔道士は要人警護を務めることもあり、この爽やかな魔道士は若いながらも王国護衛兵の責任者として多くの民や役人から期待を背負っている将来有望な好青年だ。しかし、女王陛下の御前であろうとも緊張感がなく、思ったことをすぐに口に出してしまい、若干空気が読めないところがある。


「失礼しまーす! ブルネリオ元学長お待たせしまし……あれ、マセッタ学長もいらしてたんですか。オレ、お邪魔でした?」

「一言多いですよ、アルメオ」


 この学園は国王が学長を兼任することになっている。前述のとおり、ブルネリオが学長であった時代はメルセスという有能で生真面目な教師に、ほぼ全ての業務を押し付けていた。彼が学園に足繁く通ったのは、とある田舎の小娘による食堂改革が行われた際だけであり、教育機関の長としての務めは何も果たしていない。


 その責任を感じているのであろうか、先ほどまでのマセッタとの夫婦喧嘩のような腑抜けた態度が一変し、かつての国王陛下らしい威厳や表情を取り戻し、アルメオを着席させてから落ち着いた口調で命を告げた。


「それでは、さっそく王国歴史書と犯罪判例書の追記を始めます。先に伝えていた通り、アルメオ書記は原本複製の準備を担当して下さい。私が王にならざるを得なかった重大な事件の顛末ですから、マセッタ学長にすべてを任せてしまうわけにはいかないのです」

「そういうことなら先に言いなさいよ」

「先に伝えると「私がやるわ」ということになりそうだったので、マセッタ学長には立会だけしてもらえば良いと思ったのですよ」

「なんでよ」

「歴史を湾曲しそうではないですか」

「あたしがそんなことするわけないじゃない」


 ここでアルメオ書記が身を乗り出した。


「オレも歴史の改ざんしてしまいそうです! ことごとくナナセお姉ちゃんの手柄に書き換えたくなってしまいますね!」

「そうですね、私もナナセお姉ちゃんの素晴らしい演説を克明に書き刻み、それが決め手の証拠であるかのように扱っていまいそうです」

「なんなのよアンタたち。二人で揃ってナナセ様のいないところになるとお姉ちゃんとか呼んで。気持ち悪い。」


「気持ちいいですね」

「オレも気持ちいいです!」

「どう気持ちいいのよ」

「女性にはわからないことなのですよ」

「マセッタ学長は最初からお姉ちゃん感ありますから、きっとお姉ちゃん欲しいなんて思わないんですよ」

「やはりアンタたちは気持ち悪いわね。確かに、私も含め誰かが一人で担当したら大げさな記述をしてしまう可能性があるわ。三人で監視し合うことには賛成します」


 こうして、王国歴史書と犯罪判例書は無事“一般的”な追記が行われ、各領主への連絡準備も滞りなく終了した。


「さて、これで国王であった私の仕事はすべて終わりました。肩の荷が降りた気分と寂しい気分が共存しており、少々複雑な心境です」

「このような作業をしてつくづく思ったわ、私たちは歴史的な場面に立ち会ってしまったのね」

「はい、マセッタ学長やブルネリオ元学長やナナセお姉ちゃんの名は王国の歴史にしっかりと刻まれましたよ」


「アルメオ書記は大げさですね」

「アルメオ書記は大げさだわ」


 息がピタリと合った声が独特のハーモニーを奏でる。この二人にとっては日常的なことだ。


「お二人は本当に仲が良いですよね、ナナセお姉ちゃんも「夫婦みたい」って言ってましたよ。もちろんオレにもそう見えます」


「ブルネリオと夫婦だなんて片腹痛いわ」

「マセッタに常時監視される恐怖はお断りですね」

「護衛侍女なんだから観察して当然じゃない」

「観察なんて生易しいものではないですよ、監視です」

「アンタさっきからなんなのよ、学園でズルばっかりしてたからあたしがしっかりアンタのこと見張らなきゃと思ってこうなったんでしょ!」

「それをすべて羊皮紙に記録しておいて何十年も後のここぞと言う場面でちらつかせるのはどうかと思いますよ」


「ははは、ブルネリオ元学長が羨ましいです。先日もマセッタ学長は「ブルネリオが心配だから私がナプレ市へ護衛として着いていこうかしら」とか言ってましたよね」


 マセッタの常に冷静な表情が崩れ、頬が少々赤らむ。一方ブルネリオは若干嬉しそうにしていた。


「そんなことを言った記憶は無いわね」

「ナプレ市の一件だけではなく、いつもいつも心配そうにしているじゃないですか。オルネライオ様については全く心配しないのに」

「オルネライオは私とアンドレッティ様がしっかりと剣の稽古をしたから問題ないわ」

「ブルネリオ元学長は弱いから守ってあげたいんでしたっけ!?」

「そ、そのようなことは言っていません!」

「いいえ、マセッタ学長が嬉しそうな顔で話してくれましたよ。子供の頃に「ぼくのこと、ちゃんと守ってよ!」って言われたからずっと約束守ってるんだって」

「なんなのよ!そんな記憶無いわよ!」


 ヴァチカーナ王国広しといえど、天下無敵のマセッタに対してこのようなツッコミを入れられるのは、この好青年の他にいるとすれば、とある田舎の小娘だけであろう。その慌てるマセッタの様子を嬉しそうに見ていたブルネリオは、思わず余計なことを口走ってしまった。


「ポーの町のサンジョルジォ様にご挨拶に伺った時の話ですね、懐かしいです。私の初恋はあの旅行で進展するどころか、跡形もなく崩れ去ってしまいました」

「な。、はつ?」


 マセッタの頬はますます赤くなり、普段、鋭い眼光を放っている目から光が抜け、右へ左へせわしなく泳いでいる。ぐるぐる目とはこのことであろう。


「ははは、マセッタ学長もそんな表情するんですね、安心しました!」


「ちょちょ、ちょっとブルネリオ! 初恋って何の話よ! アンタ、ナナセ様が初恋だったんじゃないの!?」

「はっはっは、そんな風に本気で思っているのはマセッタだけですよ」

「あ、あ、アルメオも知っていたのかしら!?」

「もちろんオレも知ってましたし、身近な人なら誰でも勘づいているようなことだと思いますけど……あ、もちろんブルネリオ様だけでなく、マセッタ様にとっても初恋だったんですよね!」

「おぼおぼ覚えてないわよ!」

「おや、それはおかしな話です。授業を一度聞いただけで全て覚えてしまうような、王国でも一、二を争うほど記憶力の良いマセッタが忘れるとは思えませんね。鮮明に覚えていたからアルメオにあの旅行の話をしたのではないのですか? 初恋の話」

「アンタ第一夫人と別れたからって調子に乗るんじゃないわよ!」

「いいえ、こんな状態のマセッタと話せるのは一生に一度かもしれませんから、全力で調子に乗らせてもらいますよ」


 ブルネリオは死を覚悟……よりも恐ろしいお尻ペンペンを覚悟してマセッタを責め立てる。幼少から40年以上もの月日を共に王城で過ごしてきたマセッタと離れ、数日後には領主としてナプレ市に引っ越しすることが決まっているからこそ、お調子にお乗りになられているのであろう。


「だったらっ! なんであの時、こ、こっ、こここ……」

「こ、なんですか? 告白ですか?」

「そっ、そうよ! 告白よ! あたしアンタに告白されるの待ってたかもしれないじゃない!バカっ!」


 マセッタの顔は真っ赤である。普段の冷静な口調など吹っ飛んでいる。一方、ブルネリオの顔はニヤけっぱなしだ。あの頃とは形勢逆転した二人の心境は、すっかり少年少女に戻ってしまっているようだ。


「いやいや、確か「アンタのお嫁さんになってあげる」とか、とんでもない上から目線で怒鳴られた記憶ならあるけど、あれはマセッタなりに告白を待ってたの? マセッタはぼくからの告白を悠長に待っていられるような性格では無いよね」

「アンタがはっきりしないからじゃない!」

「14歳の純情な少年にそこまで要求するのは酷なことだよ。それに、あの頃のぼくの様子を見てれば普通はわかるでしょ?」

「何も言われてないんだからわかるわけないでしょ!」

「言われる、って?」

「す、すっ、すすす……」

「好き、とか、そういう風に言葉でハッキリ言わなきゃ駄目なの? ナナセが言っていた“鈍感ひろいん”という意味を心底理解したよ」

「光栄ね!」

「いや、それ光栄なことじゃないと思うよ」

「ナナセ様が以前住んでいた国ならきっとモテモテよ! あたしナナセ様が以前住んでいた国のこと詳しいんだから!アンタなんて何も知らないわよ!」


 支離滅裂である。


 確かに地球の日本の深夜アニメの鈍感ヒロインはモテる。マセッタの場合はツンデレと天才と暴力というアビリティの獲得にも成功しているのでモテモテ間違いなしであろう。しかし、非常に残念なことに鈍感ヒロインという生き物は自分がモテていることに気づけないのだ。


 マセッタ少女とブルネリオ少年の様子を生暖かい目で見守っていたアルメオは、気を利かせて学園長室をそっと退出した。部屋の外では平和な一日の終わりを告げる神殿の鐘が鳴り響き、王都の街全体が静かに眠りについた。



── チュンチュン・ピーチク ──


 幼馴染、密室、七時間。


 ここは王国が世界に誇る教育機関である立派な学園。


 その一角に備え付けられた神聖なる学長室。


 いい歳した幼馴染の男女二人が朝チュンである。


 そんな危うい密室へ一人の好青年が侵入してきた。


(コンコンがちゃ)


「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね?」


「ずっと喧嘩していたわ」

「ずっと喧嘩していました」


 アルメオ書記は二人の疲弊した様子を見て思った。


【本日の勝敗・引き分け】



 

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