9の10 役場の事務員さん



 今日は朝から真面目に町役場へ出勤し、ミケロさんをつかまえていつもの野営地の開発計画について説明している。ナゼルの町に移住してしまった元王都直属建築隊の部下たちも呼んできて、一緒に話を聞いてもらった。


「それで、これが空から見て書いた図面です」


「なるほど、ナナセ様は測量せずとも概略設計図が作成できるのですね、これは計画の進行が大幅に短縮されます」


 この人たちは相変わらず設計図が大好きだ。突然真剣な職人の眼差しに変わり、私が書いた図面に指を這わせながらブツブツ言っている。その様子を少し離れた場所からバルバレスカが覗き込むようにしている。


「あの野営の場所に商店を作りますの?」


「はい、川を中心とした小さな集落にしようと思ってます」


 私の開発計画はこうだ。東西に流れる川を挟んで建物を三軒づつ、計六軒ほど建てる。ナゼルとナプレを南北で結ぶ街道沿いに馬車を止められる小屋と大きめの簡易宿泊施設、川を挟んだ逆側は住人の住居を複数、それと小さな農場とその倉庫、そして何より、念願の街道沿いのおだんご屋さんを作る予定なのだ。


「農場など必要ありませんわね」


「そう思いますか?」


「毎日馬車を通過させている場所でしたら、生活に必要なものなど運ぶのは容易い事だと思いますわ。それよりもアタクシ、この町に絶対に必要なものがあると思いますのよ」


「聞かせて下さい!」


「学園ですわね」


 バルバレスカの話は非常に現実的だった。なんで王都に立派な学園があるのにナゼルの町に学校が必要なのかと聞いてみると、バルバレスカ自身が町役場の仕事を始めてみたり、ナプレ市やナゼルの町を見学して強く実感したそうだ。


「アタクシが学園でお勉強した常識が、この町では全く通用しませんの。学園は有望な子供が通う基礎を学ぶ場所ではありますけれど、実際は時代の進捗に教えている基礎が追いついていませんわね」


「治癒魔法を土にかけちゃってるナゼルの町のやり方はかなり特殊かもしれませんけど、確かに技術は日々進歩するものですよね」


「けれども、それをいちいち学園の書物に反映させるのは難しい事だというのも理解しておりますわ。ですから、この場所に作る学園は、王都の学園で基礎を学び終わった者たちの職業訓練のような場所にするべきだと思いますの。兵士の訓練とさほど変わりませんわね」


「そりゃ実戦での経験は何にも変えられませんよねぇ」


「ナプレ市は工業や水産、そして荷運びの技術までもが発達しておりましたし、ナゼルの町とは違った意味でお勉強になる場所へ変貌を遂げておりましたわね。ですから、その中間地点である野営の場所に学園を新設し、住み込みで若者を集めれば良いかと思いますわ」


「なるほど・・・チラッと通過しただけなのにずいぶん見てくれてたんですねぇ。でも、生徒なんて集まりますかね?」


「どうなのかしら?今のアナタの知名度を利用すれば難しいことではないと思いましてよ。それと、これがとても大切なことなのですけれど、学生が見習いで稼ぎ出した報酬は、そのまま学園の運営費とすれば、より良い住居と食事を与えられると思いますし、今現状、どう考えても人手が足りていないナゼルの町やナプレ市の貴重な働き手にもなり得ますわね。アナタが王都の学園で貧しい学生に稼がせるために始めたアデレード商会と同じことでしてよ」


「最新技術を教えるのと交換で労働力を提供してもらうんですね!それが一番足りなくて困っていたんですよ。どっかから人を買ってくるわけにもいかなくて・・・」


「現場仕事の工業や農業だけではありませんわ、銀行という資産管理や、住人台帳という民の管理の仕組み、それとゼルという通貨の単位だけでなく重量や長さの単位までも、文官を志す若者にとって貴重な知識となる上、アナタの領地経営の考えをしっかり理解させた上で各町村へ持ち帰ってくれることになりますわね」


「なんか、すごい深いところまで考えてくれてるんですねぇ・・・」


「ともかく、若者に限らずアタクシのような歳になってもお勉強できるような環境が欲しいわね」


 バルバレスカの考えている学園は間違いなくナプレ市とナゼルの町、そして王国にとって有益なものとなりそうだ。


「ねえミケロさん、とりあえず学生用の宿舎みたいな感じの建物を優先して作るとしたら、どれくらいの期間が必要になりますか?こないだ林を伐採したから木材はいっぱいありますよね?」


 ミケロさんが設計図を真剣な顔で睨みながら、木の板に何かの計算を始めた。他の書類なんかも取り出して見比べている。


「そうですね・・・あの林で伐採した木材は加工して半年以上は寝かさなければ建材としては使えませんから、そこから作るとなると来年になってしまいますね。しかし、現在進行中の開発事業を中断し、そのために準備した材料と職人を回せば、生徒が数十人住むくらいの宿舎でしたらすぐにでもできると思いますよ。後ほど立派なものに建て替えるつもりであれば、バルバレスカ様がおっしゃる「より良い住居と食事を与えられる」ということも一年後には実現可能でしょう」


「じゃあやりましょう!こういう新しいことは色々と考えるよりも、始めてみてから不具合を変えて行くほうが簡単ですからっ!」


「アナタは話も決断も早くて頼もしいですわね、ヴァルガリオ様やブルネリオは慎重すぎて何も話が進んでいなかったわ」


「それはしょうがないですよ、王様が慎重なのは悪いことではありません。なんかレオナルドさんと話をしていた時にも思ったんですけど、この王国って素早い判断力が必要な商人が経済を支えてきたんだってつくづく思いました。バルバレスカさんもレオナルドさんも即断即決って感じを好んでいそうなので、私もその方がやりやすいです」


「そう。でもね、学園を作ってほしいと思い立った理由は別にありましてよ。アタクシも教えて頂きたいことができましたの」


「そうなんですか?」


「アルテミスが孤児たちに音楽を教えたいから音楽室を作ってほしいとミケロに申しておりましたから、アタクシも子供に混ざって楽器をやりたいと思いましたの」


 そういえば立派なオペラ劇場を作ってアルテ様と一緒にナゼル交響楽団を立ち上げるんだった。すっかり忘れてたよ。


「音楽の町にしようってアルテ様と話してたんですよねぇ。劇場は気合入れて作らなきゃならないから年単位の計画になっちゃうと思いますけど、野営の学園に演奏家を目指している子を参加させるのは悪くないですね。まだ実績がないから最初は孤児だけになっちゃいますけど、将来的には王都の劇場に負けない立派な感じにしたいです」


「そう。アタクシ、いつだかの晩餐会でアナタにしてやられましたから、その仕返しがしたいと思っただけでしてよ」


 どうやら以前の事を根に持つ体質のバルバレスカは、楽器の練習をして私を見返したいようだった。そうは言っても、とても穏やかな笑顔だったので、復讐とかそういうのとは違いそうだ。


「あはは。そうですね、音楽だけじゃなく裕福な大人が通うカルチャースクールみたいな学科があると良いかもしれませんね。なにができるだろ・・・そうだ!ミケロさんやアルテ様に絵とか彫刻を教えてもらったり、あと私やロベルタさんがお料理教室の先生したりとかどうですか!すごい儲かる気がする!」


「王都には暇で裕福な女性がたくさんおりますから、商売として考えると、そういったものは王都で始めた方がいいかもしれませんわね」


「そっかぁ、お客さんがいないんじゃどうしようもないですね。ひとまず音楽や絵画については、超長期件案にしておきましょう」


 だいたいの話が終わり、私とミケロさんで工事の日程表作成や予算の組み直しを行う。ひとまず当初の予定通り馬車を止められる簡易宿泊施設を先に作り、そこに学生を住まわせることになった。街道沿いのおだんご屋さんについてはミケロさんとバルバレスカにすごく嫌な顔をされたけど、町長権限で押し通し優先的に作ってもらうことにした。農地や倉庫を予定していた場所は、将来的に立派な学園を建てる予定地となり、それなりの階数になるので今からゆっくり石材を使って土台作りをするそうだ。


 なんだか異様に字が綺麗なバルバレスカには学生募集のチラシを小さな羊皮紙に手書きでたくさん作ってもらった。これはあとでハルコにでも運んでもらい、まだ王都に滞在しているレオナルドに生徒の勧誘をしてもらう。アデレちゃんやアレクシスさんに頼むと、アデレード商会をお手伝いしている学生に声をかけることになるだろうから、貴重な労働力を奪うことになっちゃうからね。


 私、久々に町長らしい仕事してるね、バルバレスカのおかげで。



「こんにちわぁーー!」


「あれ、ナナセ様お珍しい」


 私はレオナルドと輸出用の強い酒を作る約束をしたので、ひとまず米酒のお店にやってきた。ここの店主は定期的にみりんを作って私に売ってくれているので仲良しなのだ。


 ウィスキーやブランデーみたいな、いわゆる蒸留酒を作るのは金属をたくさん使った装置が高価なものになってしまうらしく、今は町のみんなでたまに飲むくらいの量を台所でチマチマ作ってる程度らしい。


「私がナプレ市で巨大な蒸留酒製造タンクを発注してきますから、海外に売れるくらいたくさんのお酒を作り置きして欲しいんですよ。完成したものは私が全部買取りますから」


「海の向こうの国ですか、話が壮大ですなぁ。ちょうど今、麦酒屋とも協力して新しい酒ぐらを作ろうって話てたところなんですわ。住人も増えたし、以前みたいに町の住人は朝から晩まで働くこともなくなって、晩飯の時間に料理と酒をゆっくり楽しめるようになりましたから、作る量を増やすことにしてたんです」


「そうなんですね。私はまだお酒を飲めない子供なんで詳しくはわかりませんけど、高品質で長期保存可能なお酒作りってけっこう大変になりますか?」


「蒸留する酒の装置を準備して下さるってなら、あとは容器の問題ですな。木のタルに詰め込むんじゃ目減りが激しいと思いますわ」


「それならガラスの瓶をたくさん作りますよ」


「ガラスじゃあ高価になりすぎませんかね」


「これは先行投資だと思ってますし、ナプレ市に作っちゃった立派なガラス工場が安定して受注できるようなお仕事がなんか欲しいなって思ってたんです。たくさん作れば値も下がりますし、お酒に限らず飲み物はガラス瓶に入ってるのが常識になる時代が必ず来ますよ」


「・・・ナナセ様は常に数年先を見越しているんですなぁ。そこまでお考えでしたら、俺たちの酒店、ナナセ様が買い取って貰えませんかね?ヴァイオんとこの工場もエマんとこの牧場も、ナナセ様が直接指揮をとってから大儲けじゃないですか。俺たち、羨ましいなって思ってたんですわ。海外に売るとなると、俺たちじゃ販売の管理まで手が回らないので、作る方に専念させてもらうと助かります」


 こうしてナゼルの町にナナセ酒造が設立された。製品の管理は私なんかよりレオナルドが完璧にやってくれると思うので安心だ。





あとがき

じわじわと住みやすそうな街になっていく、こういったシムシティ的なお話を書くのが好きなんですけど、なんというかこう……地味になりがちで困っちゃいます。


次話は久々にアルテ様にスポットライトが当たっているお話なのでご期待下さい。

同じ地味なお話でも、アルテ様が絡むとそれなりに面白くなるのはなぜでしょう。

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