8の2 求婚と究極と及第点
「ところでアデレちゃんは学園どうすんの?さすがに卒業してからじゃないと帝国とか神国にかかりっきりになるわけに行かないよねぇ」
「あたくしはお姉さまがナゼルの町に戻られてからの数か月で、ずいぶんたくさんの及第点を頂いておりますわ。このまま卒業してしまっても問題ありませんけれど、もう一年くらいは通ってもいいと思っていますの。アデレード商会の子たちも学園にたくさん残っていますし」
「まじですか・・・」
「まじですの」
どうやら私はアデレちゃんに学園の成績で大きく水を開けられてしまっているようだ。各組で決められている必須科目のほとんどは、すでに及第点をもらっていて、アデレちゃんの場合は剣術や魔法の選択科目のようなものにまで手を出しているそうだ。
「私、試験なんて一度も受けたことないけど、難しいのかな・・・」
「お姉さまでしたら片目をつむっていても及第点を貰えるような、少しお勉強すれば問題のない簡単なものでしたの」
今は厳戒態勢で学園がずっとお休みだったはずなので、他の生徒との差はそれほど開いてはいないと思うけど少し不安になってしまう。どうしよっかなと悩んでいると、ブルネリオさんが嬉しそうに話に入ってきた。なんか子供みたいだ。
「私は十四才で卒業しましたよ、今のナナセと同じ歳だと思います」
「へえ、さすが優秀だったんですねえ」
「皆よりずいぶん早めの八歳で入学しましたし、なによりカンニングばかりしていましたから」
「駄目じゃないですかっ!」
ブルネリオさんは子供の頃から絶対に行商隊に入るつもりでいたので、商学や馬車の操舵、それに海外への長旅で必要な知識になるかもしれない天文学なんかは気合い入れて勉強していたけど、その他の事は全く興味がなかったそうだ。
「そんなでも卒業できちゃうんですか学園って」
「いいえ、先生方の目をごまかして学園は卒業できても、マセッタの目はごまかせませんでしたね・・・」
ブルネリオさんが遠くを見る目をして昔の事を思い出しているようだ。みるみるうちに顔色が悪くなってきたので、女将に言って熱いお茶を出してもらったら少し落ち着いた。お酒飲みすぎですよ。
「そんなに怖かったんですか?マセッタ様」
「私が何を言っても怒っていましたね。最初にカンニングが見つかったときは、お尻ペンペンされてしまいました」
「えー。なんかお母さんみたい」
「それだけで終わればいいのですが、カンニングについて絶対に言わないんですよ、先生方に・・・」
「へえ、でもそれって学園にバレなくてよかったじゃないですか」
「ナナセは何もわかっていませんね。あのマセッタに常に自分の秘密を握られている恐怖がどれほどのものか・・・」
「確かに・・・」
結局、当時の教育係だったアレクシスさんにだけあらゆる悪事をばらされ、カンニングして及第点をもらった教科は卒業までの数日間で地獄のように勉強させられたそうだ。
「なんか想像できるようなできないような。マセッタ様って若い頃からあんな風に冷静沈着な感じの女性だったのですか?」
「とんでもない!あれは劇場の役者の演技みたいなものです!」
「そっ、そうなんですか。なんか前にナゼルの町に遊びに来てたとき、「私は若い頃から友達なんていなかった」みたいなこと言ってましたけど、みんな怖がって近づかなかった感じですかね?」
「近寄れなかったのは事実ですね。けれども、恐れてというのとは少し違いましたよ。最初の数年は高嶺の花すぎて話しかけることすらできないような雰囲気でした」
「すごーい、マセッタ様、美人ですもんねぇ」
どうもマセッタ様が感じていたことと、周りにいた人たちが感じていたことに温度差がありそうだ。なんか面白いのでもう少し聞いてみる。
「そうですね、当時の学園に通っていた生徒の多くが、マセッタに憧れていたり、好きだったりしていたと思います。そんな中でも、一部の男子が勇気を出してからかいに行ったりしていたものです」
「なんか私が以前住んでいた国の子供と大差ないですね、好きな子にちょっかい出して泣かしてる男子がたくさんいました」
「そのとおりです。しかし私の知るちょっか出された少女は即座に大暴れしていました。殴る蹴るは当たり前、手に持っている物は全て武器、足元に転がっているものは全て飛び道具、言葉遣いも乱暴で、ほぼ全ての生徒が返り討ちにあって無茶苦茶に泣かされていました」
「あはは、暴力鈍感ヒロインですね、なんか意外です。私、マセッタ様に投擲武器の扱いを教わっていましたけど、なんかもう色々とすごかったですよ。アルテ様も弓を教わってたみたいだし、護衛侍女になるような人っていうのは子供の頃から特別なんですねぇ」
「マセッタがすごいのは戦闘系の実技だけではないところですね。すべての組のすべての科目を一度も落とすことなく及第点を取りました。しかもお母様のお仕事が終わられるまでの暇つぶし感覚で」
「そうなんですか?なんか自分で「私はあまり頭のいい方ではありません」みたいなこと言ってましたよ」
「とんでもない!」
「謙遜していたんですかね・・・私、なんかマセッタ様の言うことは何でも信じちゃって。何度も冗談です攻撃を食らってます」
「いや、おそらく謙遜などではありませんね。自分が超絶才女であることに気づいていないだけだと思います」
なんでも、マセッタ様が授業でノートをとっている所を見たこともないし、予習や復習をしている所も見たことないらしく、一度の授業ですべてが頭の中に入ってしまうそうだ。
「究極の天才ですねそれ・・・」
「ええ、私たちにとって試験とは必死に覚えるものですが、マセッタにとっては単に思い出すだけの作業だったのでしょう。授業の書き取りなど一切していませんでしたし、先生に質問をすることもありませんでした。学園の休み時間は戦闘系の先生を捕まえて剣や弓の稽古ばかりしていましたし、放課後は王宮で侍女見習いを遊び感覚でやっていました。それでいてすべての科目で及第点をもらってしまったのですから、ナナセの言うとおり天才としか言い表しようがありませんね。当時の国王であったブランカイオおじい様に護衛侍女として抜擢されたのも、当然のことだったと思います」
「なんか本当にすごいですねぇ・・・私もたまに天才なんて言われてますけど、全然違うんです。私はすっごいノートを書くし、学校以外でも塾っていう勉強を教えてもらえる所に通ってましたし、家でも予習復習しまくってましたし、ネット・・・えっと情報集積書みたいなの読みまくってましたし。授業を一回聞いただけで全部覚えちゃうとか無理です。剣術に関しても私は強いっぽく思われてますけど、あれほとんど魔法ですから。魔法使いとしてだけなら天才って言われても誇れるかもしれません」
「私は魔法についてはよくわかりませんが、ナナセが天才と言われる所以は“創意工夫の天才”だと思いますよ。私たちが見たこともないようなものをたくさん創り出しているではありませんか」
「あー、ありがとうございます。なんだかお恥ずかしいです」
まあ、それもたぶん現代知識を使ってるだけなんだけどね。
「なんにせよ、マセッタには誰も近づけませんでしたね。正直なことを言うと、私が近づかせないようにしていたところもありましたし・・・」
「それ王族と護衛の立場が逆ですよね!?」
「いや、そういった意味ではなく・・・」
どうもブルネリオさんはマセッタ様のことが好きだったっぽい。マセッタ様の鈍感さと乱暴さが相まって、学園の中でお友達と呼べるのはブルネリオさんだけだったらしい。学園の同じ組の男子に「マセッタちゃんと仲良くしたい」などと相談されたりもしていたらしいけど、断固としてお断りしていたそうだ。
「怪我したいのですか?場合によっては死ぬ覚悟が必要かもしれませんよ?と言えばだいたい諦めてくれましたね。私なりにマセッタを独占したかったのだと思います。入学したばかりのまだ子供だった頃はそういった感情を自認してはおりませんでしたが、卒業を控えた頃には恋愛感情であることを明確に理解していました」
「初恋の相手ですね!・・・ってあれ?ブルネリオさん私に求婚したとき、マセッタ様が「ブルネリオもオルネライオも初恋はナナセ様なのですね」とか言ってませんでしたっけ!?」
「おお、お姉さまっ!きゅきゅ、き
「あ!いや、えっと、あの・・・」
「はっはっは、アデレードとナナセは姉妹のようなものですから、知られてしまっても恥ずかしくはありませんよ」
「っていうか、あのとき嘘ついたんですかっ!初恋の相手は私じゃなくてマセッタ様だったんですねっ!?」
「マセッタがナナセの言うところの鈍感ひろいん?だっただけでしょう。それに好意を寄せた女性に求婚している際に、貴女が二番目ですと言ってしまう男など、この世界に誰一人としておりませんよ」
「確かに・・・」
「ぶぶぶ、ブルネリオ様わっ!ななな、ナナセお姉さまとっ!今後どうなりたいと思っておりますのっっ!!」
「きっぱりとお断りされました。その際マセッタ曰く、ナナセが選ぶのはアルテミスかアデレードであると言っておりましたから安心して下さい。私は年相応の恋でもしようと思いますし、これからはもう少しソライオやティナネーラ、それと、ないがしろにしていた第二夫人との時間を大切にしようと思います」
「そう・・・そうですわよねっ!失礼しましたのっ ♪ ♪ ♪」
アデレちゃんチョロい。なんかるんるんしていて可愛い。シャルロットお母さんの良いところ似たんだね。
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