7の37 判決



 罪人二人を引き連れて王都に戻ったアンドレおじさんは、その道中で徹底的にタル=クリスとマス=クリスの事情聴取をしたようで、私たちがすることはすでに何もなかった。オルネライオ様は北の山越えをしてしまった後らしく、そのままベルサイアの町に滞在するんじゃないかと言っていた。


 地下牢のレオゴメスとアイシャ姫もすでに話せることはすべて話している。一番の問題であるバルバレスカ悪魔化症状はアリアちゃん任せになっているけど、ずいぶん和らいだので問題ないだろう。こちらはアリアちゃんとリアンナ様だけでなく、セバスさんまでもが甲斐甲斐しく食事を運んだり掃除洗濯をしたりしているそうで、落ち着いたところを見計らってマセッタ様がさっくりと事情聴取を済ませたそうだ。私はちょこちょこブルネリオ王様に呼ばれ、確認のための簡単な質問に答えるくらいしかすることがなく、結局アルテ様と二人きりでのんびり過ごしていた。


 そんなこんなで数日後、早朝からアンドレおじさんが久しぶりに訪ねてきた。どうせ腹ぺこでなんか作れって言われるんだろう。


「よぉナナセ、明日ついに国王陛下が判決を言い渡すらしいぜ」


「アンドレさんおはようございます。すでに私にはやれることが何もなくて、あとはもう国王陛下がどういう判断をするか待ってるだけなんですよねぇ。誰が一番心配とかって考えちゃ駄目なのはわかってるんですけど、やっぱアイシャ姫が一番心配で・・・実行犯だから重い罪になっちゃうのかなぁ」


「どうだろうなぁ、俺はこの事件に関してはヴァルガリオ様をお守りできなかったっていう引け目しか感じてねえからなぁ、なんか言う権利はこれっぽっちもねえよ・・・それにしてもよぉ、この数か月でナナセもアデレードもずいぶんベールチアに懐いちまったんだな。俺も牢に様子を見に行ったけどよ、ベールチアだけじゃなくレオゴメスも、ちっとも容疑者って感じじゃなく元気そうだったぜ」


「逮捕されてる人たちには全員元気に牢から出てきてもらわないと。レオゴメスとバルバレスカなんて処刑するまでもなく死にかけてましたし・・・」


「ところでナナセ」


「お肉ですね、任せて下さい。」


「さすがよくわかってんじゃねえか、朝からビシッと肉をキメるぜ!」


 ずっと王宮の私の部屋で腹ぺこ大所帯の食事係をしていたので、豊富に買い揃えてある食材の中でも最高級品であるナゼルの町特産の牛肉を焼いてあげた。王都にある行商隊直営の店はナゼルの町やナプレ市よりも食材や調味料が豊富なので、果実をたっぷり使った甘くて美味しい本格的な焼き肉のタレが仕込んであるのだ。この方がお肉が日持ちするし、それに柔らかくなる。


「へいおまちっ!焼肉定食いっちょー!」


「わりいな、遠慮なく頂くぜ、もぐもぐ・・・なんだこれ!おい!美味え!こんな美味え肉は喰ったことがねえ!ぱくぱく。これもナナセが生まれた国の料理なのかっ!?ばくばく」


「これ白いご飯がよく進みますよねー。日本で焼き肉といえば、こういう感じの甘辛いソースで食べることが多かったんですよ、海を挟んだお隣の国の味付けを日本人向けにアレンジしたんだと思います。日本の料理人だけじゃなくて、世界中の料理人に感謝しなきゃいけませんね」


「ナナセが生まれたニッポンって国かぁ、行ってみてえなぁ、美味いもんいっぱいあるんだろうなぁ、もぐもぐ」


「この惑星テリアの人が地球に来たら、たぶん卒倒しちゃいますよ」



 そして判決当日。


 謁見の間に集合した関係者と容疑者全員が静かにブルネリオ王様の入室を待つ。タル=クリスとマス=クリスは一人につき四人の屈強そうな護衛に厳重に囲まれている。レオゴメスはずいぶん体力が戻ったようで、商人らしい鋭い眼光で周囲を見回していて、近くにいる護衛はアルメオさん一人だけだ。


 バルバレスカに関してはアリアちゃんの同行が許されているようで、その小さな手を光らせ服をキュッと掴んでいる。この数日、ずっと魔法を使っていた影響だろうか、ちっちゃくて可愛かった光の玉は若干大きくなっていた。魔法使いすぎで倒れちゃわないか心配だよね。


 アイシャ姫には私とアデレちゃんが護衛という形で寄り添うことが許可された。こちらも怒って悪魔化しないよう、いつでも暖かい光で包む準備はできているけど、たぶんそんな大変なことになっちゃったらアンドレおじさんくらいしか対処できないだろう。


 他にはセバスさんとケンモッカ先生も容疑者側にいた。間接的ではあるけど犯罪に加担していたという判断なのだろうか?おじいちゃん二人にはあんまり重い罪はきせないであげて欲しいね。


 こちら側の準備が整ったところで、ブルネリオ王様が入室してきた。アンドレおじさんとボルボルト先生とマセッタ様とメルセス先生を背後に従えて、いかにも王様専用の立派な椅子にゆっくり腰を掛けると、いつもの優しい笑顔で周囲を見渡した。しばらくそこでマセッタ様と何かをコソコソ話すと、何枚かの書類を手に立ち上がった。


「それでは容疑者全員に判決を言い渡します。が、それは後ほどとし、先に事件について、私なりに感じたことを述べたいと思います」


 ああ、主文後回しってやつだね。この謁見の間にいる全員が息を呑んでブルネリオ王様に注目する。そのブルネリオ王様は手元の書類をチラッと見てからテーブルの上に置くと、いつもと違い、とてもよく通る大きな声で所見のようなことを語り始めた。


「ナゼル町長ナナセの捜査協力により、未解決事件であり、約六年前に起きたヴァルガリオ先代国王暗殺事件は、本日、その幕を下ろすこととなります。当時、事件により混乱した王政は、数か月の国王不在期間を経てから、不肖ながら私が引き継ぐことになりました。ここにいる皆さまにおいては、ただの行商隊員であった私をよく支え、平和な王国を維持することができた原動力であったと感謝しております、ありがとうございます。同時に、身分不相応な国王である私は、多くの民に不便をきたしていたかもしれません、これに関しては謝罪します、申し訳ございません。」


 ブルネリオ王様は、ここで私がよくやっている“おじぎ”をペコッとした。それを見た全員が慌ててペコリと頭を下げた。王国に変な流行が生まれてしまった瞬間のようだ。


「私は、混乱した王政が落ち着くまでの短期間、その泥を被るつもりで国王となりました。その間、片田舎のゼル村に我々では理解もできないほど多才・・・いえ、天才と呼べる少女が現れたり、何百年も生きる吸血鬼である元領主の貴族が重い腰を上げナプレ市を監督して下さったり、王都の大商人の一人娘がその才能を一気に開花させたりと、非常に刺激的な日々が続きました。」


 ううう、なんかお恥ずかしい、そんな立派なもんじゃないのに。


 私はうつむいてしまったが、アデレちゃんは誇らしげに胸を張った。


「元領主貴族や二人の少女だけでなく、他の多くの者が隠れていた才能を発揮し、この王国は安泰と発展を同時に手に入れることができました。しかし、その裏では王家と商家の複雑な婚姻事情により、多くの女性たちが犠牲になっていたことも事実でありました。その事に気づいた天才少女は、過去の闇に埋もれかけていた数々の不幸すべてを紐解き、我々王族に本来目指すべき未来を示して下さいました。」


 私はうつむきっぱなしだ。


 しかし謁見の間の片隅に作られた傍聴席や、文官や侍女が控えている場所から歓声が上がってしまった。ますますお恥ずかしい。


「ブランカイオ先々代国王はイグラシアン皇国との交易を盛んにし、互いの国がより裕福になるよう考えておられました。その結果、ヘンリー商会を筆頭に、王国は目覚ましい商業の発展を遂げただけでなく、皇国の商人も意識が高まったと聞いております。しかしその裏には王国と皇国の交易のため犠牲になった、私の義母であるアルレスカ=ステラ様の悲痛な想いがあり、妻であるバルバレスカの根深き恨みがあり、愚息であるサッシカイオの行き場なき憎しみがあり、さらには、その負の連鎖のすべてを引き受けてしまったベルシァ帝国の姫君アイシャール様の嘆きと苦しみがあり、それがいつしか悪魔化という最悪の結果をもたらしてしまいました。」


 アイシャ姫が少しプルプルしてしまったので、私は暖かい光をふわりと発生させる。逆側のアデレちゃんも同じことを考えていたようで、両サイドから光を受けたアイシャ姫はすぐに落ち着きを取り戻した。


「その歪んだしきたりの歴史も、事件の解決と同様に幕を下ろすことになります。今後は主に王家と商家における政略的な意味合いのある婚姻の禁止、また王家と商家に限らず、当事者たちの同意なき婚姻の禁止を厳命します。今後の商家は各々の実力だけで切磋琢磨して頂き、同時に各地に領主として点在している王族は、己の地位を守るための婚姻などなきよう、領地経営を見直して頂きたいと思います。」


 ここでまたブルネリオ王様がペコリと頭を下げた。そしてテーブルに置いた書類を再び手に持ち、容疑者を真剣な眼差しで見回した。


 いよいよだ。


「それでは判決を言い渡します。ここにいるヴァルガリオ先代国王暗殺事件に関わる容疑者全員を死刑とします。」


「異議あり!異議ありいっ!」


「ナナセ、異議は認めません。殺人は死刑です。」


「そもそも暗殺事件ではなく脅迫ですっ!」


「脅迫した勢いで死んでしまえば殺人です。私はこのブルネリオ王国の代表として、唯一無二の法に逆らうことは絶対に致しません。」


 謁見の間にいる全員がため息をついた。この中に誰一人として死刑を望んでいる人なんていなさそうだ。


 私は怒りで悪魔化しちゃいそうな感覚になった。自然と髪が逆立ち、薄暗い闇が私を包み込んだ。


「続いて、国王である私への処分を私自身が言い渡します。」


 へっ?なにそれ?





あとがき

次回、第一部、第七章、最終話。

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