5の14 出張旅行の準備



「「「ごちそうさまでした!」」」


 骨付き羊肉をお行儀の悪い食べ方で女子力をグッと低下させた私たち三人は、手と顔を洗いなおして部屋に戻った。明日からアルテ様と二人で向かうアブル村出張の準備をしなければならないが、すでにペリコに手紙を運ばせ、ピステロ様に船の手配をしてもらっている。私の船酔い対策でナプレ市を夜に出発して寝ている間にやり過ごすつもりなので、明後日の朝には王都に着くだろうか。その日は王宮の部屋で寝泊まりして、翌日の早朝から出発する感じになるかな?


「少し忙しい日程になりそうね」


「そうですね、本当ならアルテ様と一緒に王都でゆっくりしたいですけど、マセッタ様とミケロさんに悪いですし」


「そうよね、アブル村に滞在することも考えると一週間くらいナゼルの町を留守にしてしまうもの」


「明日はとりあえず早朝から牧場と菜園に治癒魔法をかけまくって、それから銀行業務を少しでも進めて、昼過ぎにナゼルの町を出ましましょうか。ピステロ様にごあいさつ無しで船に乗るのもなんか失礼ですし、ナプレ市で夜ご飯をご馳走してから出発しましょう」


「そうね、ナナセに任せるわ」


 次はやるべきことを木の板にまとめておく。


「ナプレ市に来てくれたガラス職人さんに会って買うものがないか聞いておこう。あとは魔品をピステロ様に見せて自慢しなくちゃね。それと反重力エンジンみたいなの作れないか相談してみないと」


「持ち運び電気コンロはきっとピステロ様も褒めて下さるわ」


「ピステロ様はこの世界にないものが大好きですからねえ」


 次は大豆だね。今年は使い切れないくらいの収穫量になるみたいだし、アンジェちゃんに「かなり持って行っちゃってもいい」って言われてる。乾燥大豆は軽いし長期保存できるし扱いやすくて助かる。


「大豆はナプレ市で売るわけではないのよね」


「うん。王都の港の村に美味しい豆腐を作ってくれる人がいるんですよ、だから大豆をたくさん持って行くってバドワが約束したんです」


「前にナナセが作ってくれた麻婆豆腐ね。ヘルシーなのよね」


「あれは無理やり固めたんで温めると溶けちゃう偽物だったんですけど、その人が作るやつは温めても溶けない本物の豆腐なんです」


「わたくしには違いがよくわからないわ」


 きっと食べればわかると思うので詳しく説明しなかった。麻婆豆腐は作れないが、豆腐と魚を入れた鍋でも作って食べよう。


「アブル村へ行く道順は行商隊のネプチュンさんに聞くといいかな?」


「アンドレッティ様もそういうのは詳しそうよね」


「あそっか、アンドレさんに聞こう。魔獣が出るらしいし、そのへんの情報も一応聞いておかないと心配しそうだしね」


 あとはアブル村ですることかな。本当はルナ君と一緒に行って禍々しい鎌を修理する予定だったけど、さすがにあれ持って旅行するのもなんか違う気がするし、ルナ君と一緒に寝室で寝かせておこう。


「まずは水銀だよね、捨ててる分を全部貰うつもりで行こう。ついでに鉄の塊も買って一緒に送ってもらおうか。それと私の剣もちょっと見てもらいたいな。あとはガラスの素材くらいかな?」


「そうね、工場ではベアリングやクロスボウを作るのに高品質な鉄がもっと必要だと言っていたわ」


「じゃあ思い切って一年分くらい買い込んじゃいますか!歯車作りにも使いそうだし、私も魔品作りに何かと金属は使うだろうし」


「うふふ、ナナセは大富豪ですものね」


 まあこのくらいかなというところで木の板をリュックにしまい、他にも米や鍋など最低限の準備を終えた。私がどこかへ出かけると、どうせ予定通りに話が進まないのであまり予定をガチガチに決めても意味ないんだよね。


「じゃあ寝ますね、おやすみなさいアルテ様・・・」


「おやすみなさいナナセ、旅行楽しみね」


 私は忙しくなりそうな出張に備えてアルテ様にしっかりとしがみついて眠りについた。出張じゃなくてもしがみついてるけど。



「それじゃマセッタ様とミケロさんの言うことをちゃんと聞くンだよ!」


「「「へい姐さん!お気をつけて!」」」


 お見送りに来てくれた七人衆にあいさつをすると、私とアルテ様はナプレ市に向かった。バドワが抜けた枠はティオペコさんが増えてしまったので、結局七人のままだ。


 私たちは途中の野営で一息入れずに一気にナプレ市までやってきた。ペリコはともかく、チヨコも持久力が上がっているようだ。


「チヨコには治癒魔法をかけっぱなしで乗せてもらっているのよ、お食事のとき以外はずっと走っていられるわ」


「なるほど、アルテ様の光がガソリンなんですね」


 ふとハムスターがぐるぐるするやつを思い浮かべた。あんな感じで動物をひたすら走らせてプロペラみたいなものを回転させ、それを動力として船を動かせばけっこう行けるんじゃないだろうかと思ったが、なんとなく虐待感があるので保留にしよう。この際、巨大なぐるぐるを作ってその中を私が走ってアルテ様にずっと治癒してもらおうか?


 そんなことを考えながらあっというまにナプレ市についた私は二手に分かれることにする。私はガラス工場へ向かい、アルテ様はペリコとチヨコを砂浜で遊ばせる係だ。


「じゃあ昼の鐘で市長の屋敷に来て下さい。どうせピステロ様になんか料理作れって言われるので、みんなでお昼ご飯を食べましょう」


「わかったわ、ナナセのお料理を楽しみにしているわ」


「今日はあんまり手のかかったものは作りませんよ」


 アルテ様にバイバイしてからガラス工場に来ると、すでに倉庫と小さな窯は完成したようで、大きな窯づくりに取りかかっていた。


「すごいねえ。こんなに大きくなるとは思っていなかったよ」


「へえ、ピステロ様がおっしゃるようなでけえガラス窓を作るためには、こうなっちまうんでやす。窯よりも冷ます場所や加工する台の方が大切でやすからね」


「確かに、薄く広げるからそうなるんですね。それで、これからアブル村に出張するんですけど、必要な素材があったら買っておきますよ」


「そりゃありがてえっす!」


 私は言われたものを木の板にメモしていった。量の単位が「例のタル何個分」みたいな感じだったのが気になった。やはり単位の統一を王国全土でするのは骨が折れそうだね。


「それじゃ、あとでお昼ご飯を持ってきてあげますから、みんなここで待ってて下さいね、ピステロ様の分と一緒にたくさん作りますから」


 市長の屋敷に行く前に食材を買わなければならない。どうせあの厨房には干し肉とケチャップしかないのだ。でも旅行前だし、あんまりめどうな料理は作りたくはない。


「こんにちわー、ウナギすごい美味しかったですよ」


「おやナナセ様、またピステロ様に何か作るのかい?」


「そうですよ、要求される前に準備します。ピステロ様はほおっておくと獣を焼いてケチャップかけるだけのものしか食べないんですもん。ちゃんと野菜もバランスよく食べてもらわないと」


「はっはっは、ナナセ様はピステロ様のお母さんみたいだね!」


 私は何種類かの野菜とイノシシ肉を買って市長の屋敷に向かった。ちらっと顔を出してあいさつだけすると、すぐに料理にとりかかる。昼の鐘でアルテ様が来てしまうのでさっさと作らなければならない。


 まずは時間のかかる米を炊く。今日はキノコをたくさん入れてトマトジュースを使った炊き込みご飯だ。そんなこんなしていると昼の鐘が鳴り、アルテ様がペリコとチヨコを連れてやってきた。


「さっそく作っているのね、今日は何を食べさせてくれるのかしら」


「できてからのお楽しみですよ!ピステロ様と一緒にあっちで待ってて下さいっ!」


「あらナナセったら、つれないのね」


 次にタマネギを薄切りにして塩とバターでじわじわ炒める。色が変わったら水を入れて放置する。ハクサイを一枚一枚ちぎってイノシシ肉を薄く切ったものを挟み、どんどん重ねていく。一玉分やるとけっこうな量になったが、それを五センチくらいの幅でカットし、そのカットした面を上にして鍋に敷き詰めて行く。鍋がぎっちりと埋まったら、そこへ先ほどのタマネギスープを投入して火にかける。その間に食器類をテーブルに用意し、鍋の底をカンカン叩いてみんなを呼ぶ。


「できましたよ!キノコの炊き込みご飯とハクサイとイノシシのミルフィーユ鍋です!スープまで美味しいのでたくさん食べて下さいねっ!」


 私は一人だけさっさと食べると、別の鍋にハクサイとイノシシを適当な人数分だけ取り、炊き込みご飯と一緒にガラス工場に持って行った。電気コンロの上に置いて温めてあげようと思ったが、窯に火が入っていたので自分たちで勝手に温めてもらうように言って屋敷へ戻った。


「満足な食事であった。野菜もこのような調理をすれば味がよく染みて美味く食えるのだな。」


「タマネギやハクサイはけっこう水分があるので、野菜の味が出汁になってスープが美味しいんですよ、満足してもらえてよかったです」


 そんな話をしながら私は電気コンロをピステロ様に見せる。偉そうに腰に手を当てて、久々のエッヘンのポーズだ。


「ほほう・・・これは温度魔法ではなく熱を発する装置であるか。」


「はい、電気が鉄の中を流れるときに発生する熱を利用しました。電気に流れを作るための工夫がしてあって、そこに重力魔法を使ってあるんですよ、全部吸い込んでしまうと意味がないので、うまくスタート地点に戻すように調整してあるんです。私はこういう風に魔法を使った装置を“魔品”と名付けました。どんどん開発して行きますよ!」


「むむっ、これはすごいの、原理がわからぬが魔子の流れが完全に制御されておる。ナナセよ、これを我によこせ。便利そうだ。」


「駄目ですっ!今から旅行に行くから、休憩のときにアルテ様にあったかいお茶を飲ませてあげるのに使うんですっ!」


 しばらくふむふむ言いながらいじくりまわしていたピステロ様が、同じものを量産するようにと大量の純金貨と宝石を私に差し出した。


「量産しても電気魔法を使えるのが私とアルテ様しかいないですよ」


「我も練習してみるのでナナセが案ずることはないのである。」


 確かに、ピステロ様ならこの魔法を再現しちゃいそうだね。

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