5の3 ナプレ市で暇つぶし



「むにゃ、アデレひゃんおはようー・・・あっ」


 翌朝、ソファーで目を覚ますと、寝ぼけてアデレちゃんにおはようしてしまった。この一か月くらいずっと一緒に寝ていたので、起きたら隣に誰もいなかったことに少し寂しさを覚える。


「そっかー、私はやっぱり恵まれているんだなぁ・・・」


 そんなことを思いながら、市長の屋敷の厨房へやってきた。ピステロ様に要求される前に朝食を作るべく、こんなこともあろうかとスタイルで昨日のうちに食材屋さんへ行っておいたのだ。


 私が大喜びで買ってきたのはウナギだ。すでに泥を吐いたものが三匹ほどあったので朝から本気の調理をする。実家のイタリア料理屋さんではフリットの前菜にしたりパスタに混ぜたりしていたが、今から作るのは当然うな丼だ。時間のかかるご飯を先に炊き始め、次にウナギさばきに取り掛かる。うまくできるかな?


 まずは頭をストンと落とすが、やたらとぬめぬめ跳ね回って大変だ。前世のお父さんが軍手を使っていたことを思い出し、適当な台ふきで掴むと安定した。次は腹の皮が下になるように背中側から丁寧に包丁を入れて開いた状態にする。魚と違い骨はスルスルと簡単に剥がれてくれたので助かった。このままフライパンのような鍋で焼いてしまっても良かったが、せっかくなので炭火で焼いたやつを食べたい。適当な木の枝を細く削り、ウナギの開きに丁寧に刺していく。何か所か身が崩れてしまったのが残念だ。


 次はウナギのタレだ。いつものカツ丼のタレみたいなものを作り、さっき切り落としたウナギのお頭をぽいっと入れて一気に煮詰めてトロっとさせていく。そしてウナギの肝を丁寧に掃除し、別の鍋へぽいぽいと投入して肝吸いを作る。そんなこんなしているうちにご飯が炊けたので、串に刺したウナギを炭火でじわじわ焼いていく。そろそろかな?というところで鍋の底をカンカン叩いてピステロ様を呼ぶ。


「朝から騒がしいの。さっそくお寿司を作ってくれたのか?」


「違います今日はお寿司じゃないです。今からタレ付けて焼くので、そこでおとなしく座って待っていて下さいっ!」


 私は串焼きしたウナギをタレの鍋にべちょべちょ付けて、再び炭火で焼き始める。ぽたぽたと垂れるウナギの脂とタレによって燻製効果が生まれる。同時に、あの美味しそうな匂いが煙とともに部屋の中を支配する。うな丼の本体はウナギではなくタレなのだ。


「美味そうな匂いである。早くするのである!」


「もうちょっと待ってください!こうやって煙で包むのが大切なんですっ!」


 あまり焼きすぎても美味しい部分がこぼれ落ちてしまいそうなので、ほどほどのところで炭火から外す。ご飯をよそってタレを少しかけてからウナギの串焼きを乗せて串を抜く。しかし木の枝で作った串はひっかかってしまい上手く抜けずに身が崩れてしまった。なるほど、丸くてツルツルしている竹串にはこういう意味があったんだね。失敗した方は私が食べて、ピステロ様には串付きのまま出そう。


「はいっピステロ様、お待たせしました。これはうな丼ですよ、こっちのスープは内臓を使ったやつで、独特の風味があるんです」


「ではいただくとする・・・おおっ!素晴らしいではないか!これはあのウネウネとした沼の生物であろう?あれは生臭くてあまり美味くないものだと認識しておったが、ナナセにかかるとこのように生まれ変わってしまうのかっ!白い米がよく進むのである!」


「えへへ、これもニッポンを代表するような料理なんですよ。焼いたウナギもジューシーで美味しいんですけど、やっぱこの料理の決め手は甘いタレをつけて焼くことなんです」


 美味しそうに食べてくれるピステロ様を見て、なんだかとても嬉しい気分になりながら私もさっそくうな丼をもぐもぐ食べる。うん、やっぱうな丼は美味しいね、こんなの食べたの数年ぶりだ。反省点がいくつかあったので次からはもっと美味しく焼けると思う。そういえばこの世界にも山椒があったけど買うの忘れてたね。


「ふう、ごちそうさまでした。朝からこれは少し重かったかな?」


「我は眠らぬので朝ご飯という感覚は無いのである。大変に美味であったぞ、感謝する。これを持って行け、何かと使うことがあろう。」


 ピステロ様が感謝の気持ちと言って高価そうな宝石をいくつかくれた。前回お寿司を作ったときも対価が宝石だったし、トマトジュースとケチャップを高額で定期購入してくれている分もある。食べ物で釣ってるみたいでなんか申し訳ない。


「宝石はありがたいので頂戴しますが、食べてもらったものと価値が少々釣り合っていないと思うのですが・・・なんだか申し訳ないです」


「我は何百年かかっても、このような美味な料理を作ることはできぬ。金には変えられぬ価値があるのだ。我がこの世界で得たものを、ナナセが住んでいた世界で得たものと交換したのだ、これは等価交換である。それにナナセはすでにニッポンの文化とやらを多くの金に換えておるではないか?今さら気にすることでもあるまい・・・それにの、ルナロッサを手助けしてもらって感謝しておるのだ。あれが成長したいなど言い出すとは我は夢にも思っておらぬかった。ルナロッサを大切に思うのと同じく、ナナセも我の娘のように大切に思っておる。」


「あはは、なんか照れちゃうな。ルナ君は自分の意思で寝たんですよ、私はむしろ王都で何もしてあげられなかったんです・・・得たものを交換っていうのは確かにそうですね、ピステロ様の考え方は非常に明快で何を言われても納得ができます。それじゃあ残ったウナギも調理しておきますので、お昼ごはんで食べて下さい。あ、アルテ様の分はキープするのでご理解を」


 私はお弁当をいくつか作り、一人前だけはアルテ様に残しておいた。アルテ様には、ほかほかうな丼を食べさせてあげたいもんね。


 その後すぐにガラス工場のお手伝いにやって来た。朝からおなかいっぱいに食べてしまったので腹ごなしにちょうどいい。重力魔法を使えば少しは戦力になるだろう。


「あれえ?もう小さな窯は完成してるんですか?」


「おはようごぜえやすナナセ様、これはまだ焼いて固めてるところでさあ。こうやって何度も焼いたり冷ましたりしながら補強して、窯を鍛えるんでやす。この窯はガラス細工なんかの小せえもの用でやす」


「なるほどー、いきなり完成ってわけにもいかないんですね。私闇魔法が使えるから、なんか重たいものがあったら運ぶの手伝いますよ、あんまり大きなものは無理ですけど」


 私の重力魔法の効果範囲は狭い。最近は剣を使ってようやく半径二メートルくらいまで広がったかどうかというところだ。ピステロ様のように、広範囲に魔法をかけてしまうようなことはできないし、自分の身長くらいの大きさのものまでしかうまく操作ができない。


「そりゃあ助かりやす、ではあっちの倉庫の方の手伝いをしてやって下せえ、建設職人さんが作業してやす」


 倉庫の方に来るとすでに外壁はできあがっており、内装の工事をしているようだった。私でも持ち上げられそうな木材が積みあがっていて、それで棚をたくさん作るらしい。


「ナナセ様お戻りでしたか!お手伝い非常に助かります。この木材が棚用でこっちにこうなって、このように組み合わせて、それで・・・」


「あのあの、設計図を見せてもらえますか?」


「ナナセ様は職人用の設計図まで読めるんですか・・・」


 ここにいたのは王都建築隊の職人さんで、ナゼルの町でも見かけたことがある人たちだった。まどろっこしい説明を始めた建築職人さんには悪いが、設計図を見て木材をどんどん所定の位置に運ぶ。職人さんが釘で打ち付けやすい位置までプカプカと浮かせたり、体を軽くして木材を持ったまま大ジャンプして高い所に設置していく。途中から職人さんも私がどんなことができるのか把握してきたようで、お昼の鐘が鳴る頃には非常に息の合った内装工事を行うことができた。


「ナナセ様のおかげで一週間分くらいの作業が進みました!」


「あはは、それは良かったです。はい、ウナギの蒲焼き弁当ですよ、私はもうピステロ様と食べたので、皆さん遠慮なく食べて下さいね」


「「「ありがとうございます!いただきます!ナナセ様っ!」」」


 ガラス職人さんと建築職人さんたちにウナギの蒲焼き弁当を配り、私は港へ向かった。そろそろ王都からの船が着くはずなのでサンドイッチを買い食いしながらてくてく歩く。王都では「買い食いなどとんでもない!」とセバスさんにこっぴどく叱られるので、こういう自由な感じは久しぶりで楽しい。味付けもケチャップが使われていて、王都のように薄くて物足りないなどということは無い。ナプレ市もナゼルの町も、王都に比べたら非常に住みやすい街に生まれ変わったのだ。


 船着き場につくと、王都からの船はまだ到着していなかったが、すでにナゼルの町からのお迎え馬車が二台来ていた。


「姐さん!よくお戻りでっ!」


「カルスー、やっと帰ってこれたよぉー」


 引っ越し家族が二組もいるので、馬車二台で迎えに来てくれた。カルスの隣には見知らぬ若い女の子が、ガッチガチに緊張しながら立っていた。カルスはモテモテで色々な女から逃げ回っているって聞いてたけど、ついに彼女ができたのかな?


「あっ、あたしっ!王都から来ましたっ荷運びのティオペコですっ!ナナセの姐さんのお話はっ!先輩方からいっぱい聞いていますっ!よよよっよろしくお願いしますっ!」


 なんかすごく可愛いけど間違いなく私よりは年上なので、とりあえず少し丁寧に話しておかないとね。私はこれでも町長なのだ。


「ティオペコさん、私が町長のナナセです、移住して下さってありがとうございます。王都のような立派な街から、あのような田舎の町へ来るのは心苦しかったでしょう?もうしわけありませんでした」


「姐さん、ティオペコは行商隊の見習いをやっていて、ナゼルの町の素晴らしさを先輩たちにさんざん聞かされていたらしいっすよ、もちろん俺たちからもさんざん聞かせてますし」


「その通りでありますっ!あたしは志願してナゼルの町にやってきましたっ!心苦しいなんてことはまったくありませんっ!」


 志願してナゼルの町に来てくれたようなので安心した。こうやって働き盛りの人が移住してくるなんて、村長さんもきっと喜んでるよ。


「カルスの負担が大きくて心配してたけど、行商隊で見習いやっていたような優秀な人なら安心だね、よろしくねティオペコさんっ!」


 そんなこんなしていると、王都からの船が到着した。私も重力魔法を使って荷物の載せ替えを手伝おうとしたら、カルスに「姐さんとアルテ様にそんなことさせられるわけがない!」と追いやられてしまった。ちょうどいいので二人で市長の屋敷に向かい、アルテ様に出来たてほかほかのうな丼を食べさせてあげた。


「ナナセ、とても美味しかったわ。船旅の途中で寄ったお店は味が薄くて物足りなかったのよ」


「わかります!たぶんそのお店、私も王都に行くときルナ君と寄りました。たしかカルボナーラ的な小麦麺が出てきて、お店の人に隠れて塩コショウをたくさんかけて食べちゃったもん」


「うふふ、ナナセは悪い子ね、お店の人が悲しむわ」


「アルテ様、これでウナギは全部なので、カルスとかサトゥルにウナギが美味しかったとか言わないで下さいね!二人の内緒ですよ」


「ナナセと二人の内緒は久しぶりね。秘密を作るのはいけないことなのに、なんだかとても嬉しいわ」


 私はアルテ様と二人でほほを寄せ、うふふと笑い合う。しばらく王都にいて、すっかり忘れていた幸せな感覚がよみがえってきた。

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