4の16 アデレードとレオゴメス



 あたくしの名はアデレード。ヘンリー商会の一人娘として、ブルネリオ学園で英才教育を受けておりますの。でも最近は学園の授業などよりナナセお姉さまと行動を共にしている方が、よほど商人としての大切な心構えのお勉強になることを知ってしまいましたの。


「お父様、アデレード商会のマヨネーズは順調に売れていましてよ」


「アデレード・・・私は国王陛下との約束でお前たちの関係に口を出せないが、あれは本当なら莫大な収益を出せる商品なんだぞ?」


「いいえ、ナナセお姉さまは裕福でない家でも学園に通って頑張っている子たちのために、少しでも良い物を食べてもらいたいと考えてマヨネーズの作り方をあたくしたちに教えてくださったのですわ。欲深く収益のことばかり考えているような商品ではありませんの」


「まったく・・・子供がわかったようなことを言ってからに・・・」


「それに、少しづつ作って、少しづつ売っていれば、この先もしばらく値も下がらないと言ってましたわ、ナナセお姉さまが見据えているのはずっと先の未来なのではないかと感心してしまいましたの」


 アデレード商会の子たちの報酬額だって少しだけ増額してあげられていますし、あたくしが大きく稼ごうなどとは全く考えておりませんわ。それと、ナナセお姉さまからは「仕入れする商店の方との人間関係をとても大切にするように」と教わっていますし、最近は希少になってきた卵だって行商隊のラヌスさんと良好な関係を築き、優先的に必要な分をおさえてもらえるようになりましたし。あたくしのやっていることは間違ってなどいないと自信を持っていますの。


「アデレード、一つだけ言っておこう。この王国では既得権益は認められていない。誰かが真似をして大量に売り出せば、お前たちは大きな収益をみすみす逃したことになるんだからな」


「お父様、そのような言い方をなさらなくても・・・」


「稼げるときに、稼げる相手から、確実に稼ぐのが本物の商人だ」


 あたくしはナナセお姉さまとあたくしの商売が順調であることをお父様に認めてもらい、少しだけでも褒めてもらいたかっただけなのですが・・・こんなお説教みたいになってしまい、ちょっと悲しい気持ちになりましたの。お父様はナナセお姉さまに負けたことをずいぶんと根に持っているようですわ。


「あなた、少しはアデレードのことを褒めてあげても良いのではなくって?最近のアデレードはとても頑張っているように見えましてよ」


「お前までそんなことを言って。娘が大切な気持ちと商売は別だ。ナナセのような子供のやり方は甘いんだ。素人が口をはさむな」


「あなたはナナセ様の才能に嫉妬しているのはないですか?いい大人がみっともないですわ」


 お父様とお母様が喧嘩になってしまいましたわ。でも、あたくしはお母様が少しでもわかって下さっていることに安心しましたの。


「もうけっこうですわ。おやすみなさいませ、お父様、お母様」



 今日は剣の稽古ですの。お父様から「行商に出ると強盗に襲われる可能性がある。少しは自分で身を守れるようになりなさい」という理由で、幼少の頃から何年も商業地区にある道場に通っていますの。


「本日もよろしくお願いしますの!」


「よし、まずは型の稽古からっ!いちっ!にっ!腕を上げてっ!」


 学園の実習ではナナセお姉さまにコテンパンにされてしまったあたくしですが、剣も魔法も圧倒的な才能を持つナナセお姉さまに勝とうなどとは、もう微塵も思っておりません。今はあたくしの幼少の頃からのライバルであるティナネーラを目標に頑張ってますの。


「アデレード!最近は気合が入っているな!いい集中力だ!」


「とりゃー!ありがとうございますのっ!うりゃー!」


 その日の稽古が終わり、弟子全員で道場の掃除を終えると、お師匠様に聞きたいことがあったので一人で話を聞きに行きましたの。


「なんだアデレード、珍しいじゃないか」


「ベールチア様がこの道場に通われていたと聞いていますの。どのような稽古をなさって、王国一の護衛侍女にまでなられましたの?」


「よくそんなこと知っているな、秘密にしていたはずだが・・・そうか、レオゴメス様に聞いたんだな。あれはな、バルバレスカ様がサッシカイオ様の護衛兵と一緒に、二人を鍛えなおしてくれと言って連れてきたんだ。護衛兵の方はもともと剣術に優れていたからまったく問題なく稽古についてきていたが、ベールチアの方は細っこい体つきだったし、子供の頃から侍女としての教育しか受けていなかったようだし、どうにもこうにも剣を扱えるような娘ではなかったんだが・・・」


「そうなんですの。確かにベールチア様は華奢な方でしたわ」


「そうなんだが、稽古の真面目さと集中力は異常だった。当然腕力もなかったから軽くて細身の剣を使いだしてな、型など全く無視した非常に素早い動きで相手を圧倒するような戦闘スタイルを自分で編み出してな、俺たち師範はほとんど何も教えてない。強くなってからは師範相手に対人の稽古しかしていなかったが、ベールチアは常にどこか冷めた目をしていてな、正直不気味だったぞ」


「ベールチア様には、これといって教えるような稽古がなかったんですの・・・独自の戦闘スタイルを編み出すなんて、なんだかナナセお姉さまと似ていますわね」



 今日は “キャラメル入り宝石箱”がついに完成する日で、さっそく細工屋のサトゥルさんから受け取り、ナナセお姉さまと二人でうっとりと眺めていますの。


「この宝石箱、なんだか売るのがもったいないですわ。こんなに素敵なものが完成するなんて思ってもいませんでしたの」


「みんなのおかげだよ!一つの商品が出来上がるまでに、色々な人が関わって完成しているってことに感謝しないとね!」


 あたくしは記念すべき第一号のキャラメル入り宝石箱をお父様に買ってもらおうと思い、急ぎ足で帰宅しました。あたくしだって頑張っているところを、たまにはお父様に褒めてもらいたいですもの。


「お父様!お父様っ!あたくしとナナセお姉さまの作った新製品を買って下さるかしらっ!これはとても自信作ですのよ!」


「なんだ騒がしい、今日は忙しいから手短にしなさい」


 お父様は宝石箱を手に取ったとたんに商人らしい真剣な目に変わり、ぐるぐると見まわしたり、コンコンとノックしたりしていますの。キャラメルを一粒口に入れると少し驚いた表情になり、中に入った『新生・ナゼルの町の特産キャラメルは今後もアデレード商会へお買い求め下さい』という宣伝文句を書き込んだ板をじっ眺めながら、値段も聞かず、あたくしに金貨をじゃらじゃらと支払いましたの。ようやくあたくしとナナセお姉さまの商品を認めてもらえたのですわ!


「この菓子と箱はアデレード商会の子供が作っているのか?」


「いいえ、これは調理が難しいので学園の食堂の料理人に作ってもらっていますの。箱はナナセお姉さまがデザインして設計図を書き、工業地区の木材屋と商業地区の細工屋へ別々に発注しましたわ」


 あたくしは金貨こそ大量にいただきましたが、結局お父様からのお褒めの言葉は一切いただけませんでしたの。


・・・・・


 私はレオゴメス、ヘンリー商会の当主だ。夜中にバルバレスカに呼び出され、商業地区にある隠れ処へ向かっている。王都の商業地区は私の庭のようなものだ、誰かに見られたところで口封じをするなど造作もない。それでも慎重に暗い夜道を抜け、わざわざ裏路地を使い、地下への階段を足早に降りて隠れ処へ入る。そこには私よりも早く、商店の売り子のように変装したバルバレスカが到着していた。


「遅くってよ!このアタクシを待たせるなんて!」


 こうやって夜中に呼び出されるときは、決まって誰かの悪口を聞くことになる。こういうときは話を聞いて落ち着かせなければならない。


「これでも急いで来たんだ。それで何があったんだ?」


「ナナセですわ!あの小娘がっ・・・キーっ!!」


 どうやら今日は王族の食事会があったようで、初めて会ったナナセにボロクソにやられたらしい。俺もナナセにはやられているので思うところがあるが、あれは誰の目から見ても確かに優秀なので悔しいが負けを認めざるを得なかった。ヒステリックだったバルバレスカは一通りの説明を終えると、私に向かって小さな声でつぶやいた。


「あの小娘を排除してちょうだい」


「私もナナセは気に食わん。だがアデレードとの関係もあるから、すぐにどうこうすることはできないぞ」


「ちょっとっ!アタクシの言うことが聞けないというのかしらっ!」


「・・・。」


「あの小娘のせいでサッシカイオを失い、大勢の前で恥をかかされっ・・・アタクシは・・・アタクシわっ・・・ぐぬあああああああ!!」


 サッシカイオのことを思い出し、バルバレスカがヤバいことになった。バケモノのように赤く濁った目の色が濃くなり、唇を噛みしめすぎて血を流している。私はバルバレスカがこうなったときは頭を引き寄せ、自分の胸に抱きしめる。こうすることで少し落ち着いてくれる。


「落ち着け、な?バルバレスカ、私はここにいるから大丈夫だ」


「ふーっ、ふーっ・・・」


 バルバレスカは少しづつ落ち着きを取り戻した。これをすると私の胸に彼女の怒りや憎しみが乗り移ってくるような感覚になる。様々な感情が交錯し、私のナナセへの嫌悪感が明確な憎しみに変わり、抑えられない怒りが湧き上がってくる。


「バルバレスカ、私にできる範囲のことをする。だからあまり目立ったことはするな、しばらくは王宮でおとなしく過ごすんだ」


 私はバルバレスカの唇から流れる血を丁寧にふき取り、ナナセを王都から排除すべく決意をもって隠れ処を後にした。


── 翌朝 ──


「おはようございますの、お父様。今日は一段とお早いですのね」


「アデレードに話がある。私はアデレード商会に宣戦布告をする。まよねいずの作り方は学園に通う貧乏人の子供の親の店を高額で買収して必ず手に入れるし、卵の確保はずいぶん前からしている。菓子を作っている学園の料理人の女も高額の報酬で必ず引き抜く。木材屋と細工屋にも圧力をかけて設計図を入手し、より完成度の高い宝石箱を作る。アデレードは小娘ナナセに伝えておけ、二度と王都で商売をさせないためヘンリー商会が敵に回ったとな。ここからは大人のやり方を見せてやる。それと夜道を歩くときは気をつけろと脅しておけ」


「お父様!突然なんなんですの!酷いですわ!あたくし何かお父様が気に入らないことしたかしら!?」


「気に入らないことをしているのはナナセだ。話は以上だ。もう子供の商人ごっこは終わりにして、アデレードはヘンリー商会の跡継ぎとなる優秀な男でも探しなさい!」


「あたくしはナナセお姉さまにそんなこと絶対に言いませんわ!お父様なんて・・・ヘンリー商会なんてもう知りませんのっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る