4の14 ヴァルガリオ前国王の事件



 食事会はお開きとなり、自分の部屋に戻ろうとするとブルネリオ王様に呼び止められた。そのまま応接室のような部屋に連れて行かれると、アンドレおじさん以外の護衛や侍女を部屋から追い出し、三人だけになった。やっぱ第一婦人を煽ったこと怒られるのかな・・・


「ナナセ、非常に素晴らしい演奏でした」


「ありがとうございます。でも少しやりすぎてしまったような気がしています、ごめんなさい。今後は失礼のないように気を付けます」


 ブルネリオ王様は怒っている様子はないが、難しい顔をしている。


「いえ、謝罪をしてもらいたかったわけではありませんよ、気になさらないで下さい。お恥ずかしながら、私もバルバレスカとはかれこれ数年は最低限の会話しかしておりませんし、本日の食事会でまさか私に話しかけてくるとも思ってもいませんでしたから」


「難しいご関係なのですね・・・」


「ナナセによほどの敵対心を持っているのでしょうね・・・」


 話を聞いていると、バルバレスカは三人目と四人目の子供、つまりティナちゃんとソラ君の双子を産んだ頃から、ブルネリオ王様と過ごすことはほとんどなくなり、オルネライオ様とサッシカイオの後継者争いに首を突っ込んでくるようになったそうだ。


 サッシカイオが成長するにつれてその無能さやひねくれた性格が顕著となり、王国内の誰もがオルネライオ様を皇太子と認めるようになると、バルバレスカは誰に対しても今のような好戦的な態度をとるようになったらしい。ひとしきり説明すると、ブルネリオ王様は『はぁー』と深いため息をついた。


「それでも、今までは食事会などの公務の席では静かにしておりました。私も国王としての体裁がありますし、第一婦人をそういった席へ連れずに出向くのも難しいですから。ですので、全員の前でナナセに対して明確な挑発行為を行ったことに少々戸惑っております」


「よほど私のことが嫌いだったんですかね・・・やっぱサッシカイオの件を根に持っているのでしょうし、同席すべきではなかったのかもしれません。でもせっかく国王陛下が開いて下さったベルおばあちゃんの歓迎会に欠席するわけにもいかないし・・・王族って難しいです」


「寵愛していたサッシカイオが行方不明になっているにも関わらず、その原因であるナナセはチェルバリオ様との婚姻により地位や財産を得ましたからね。腹に据えかねたのかもしれません」


 私とブルネリオ王様は難しい顔になり、どうしたものかと考え込む。そこへアンドレおじさんが口を開いた。


「それでなナナセ、これはここだけの話になるんだけどよ、俺たちヴァルガリオ様の殺害はバルバレスカが関係してるんじゃねえかと思っているんだよ。未解決事件だし、もし同じようにナナセが狙われるようなことがあったらって思うとよ・・・心配ねえとは思うんだけどよ・・・」


「そんなっ、身内の犯行なんですかっ?詳しく教えて下さい。私の身が危険だと思うのでしたら、アンドレさんが話したがらない当時のことを細かく教えて下さい。じゃないと対策もできませんから」


「話したくねえことは話さねえぞ」


 アンドレおじさんの説明によると、前国王のヴァルガリオ様はお忍びで狩りに出かけるのが好きだったそうだ。その日も王都の近くへ狩りに出かけ、夕方の鐘くらいで戻るときに襲われたらしい。アンドレおじさんは護衛なので国王の少し後ろを歩いていると、自分の背後から大きな魔子の動きを感じ取り、すかさず剣を構えて振り返った隙に、ヴァルガリオ様と高位の魔導士が黒づくめの三人組に斬り殺されてしまったらしく、アンドレおじさんは後ろを向いて察知した魔子の出所を探っていたので、二人を守ることができなかったそうだ。


「きっと、俺が魔子の動きを感じるとることができるのを利用されたんだ。ほんの一瞬の隙を突かれちまってな。それでその三人組のうちの一人が逃げ遅れているところを、俺が剣で斬り倒した。黒い布で隠した顔を見ると、そいつはサッシカイオの護衛兵だったんだ」


「人を殺すと、どんな理由であっても殺人罪なんじゃないんですか?アンドレさんは罪に問われなかったのですか?」


「国王を殺害した者を現行犯でその場で処刑したんだ。俺がやったのは殺人じゃなく、王国の役人としての死刑執行だ。一緒にすんな」


「勉強不足ですみません・・・」


 まだ話は続くが、そこから先はアンドレおじさんとブルネリオ王様の憶測だった。結局暗殺犯は見つからず、背後で感じた魔子の流れの正体もわからず、サッシカイオの護衛が犯人という手掛かりしかなかった。ちょうどその年にサッシカイオとリアンナ様に子供ができたことで、バルバレスカは自分の夫を国王とするためにヴァルガリオ様を殺害し、なおかつ次の世代であるサッシカイオとリアンナ様の子、つまり、まだ産まれていなかったアリアちゃんを皇太子とすることが自身の自尊心を満たすために必要だったのではないかと言っていた。バルバレスカは、生まれたアリアちゃんが女の子だったことを知ると、ブルネリオ王様との関係はますます薄れて行ったそうだ。


「確かに。夫と孫が連続で国王になるというのは女性としてはとても満足なのでしょうけど・・・ちょっと殺害するほどの動機には思えませんよね。それに、当時の国王を消すよりオルネライオ様を消した方が、サッシカイオを皇太子にできる可能性があったんじゃないですか?」


「それは難しかったと思います。オルネライオとサッシカイオの後継者争いは王国中の民の知るところでしたから。オルネライオにもしものことがあったら、間違いなくサッシカイオが疑われることになります。証拠などなくとも世論がサッシカイオを許さなかったでしょう」


「そういうものですかぁ。もしバルバレスカが本当に裏で糸を引いていたとして、そんな大がかりな暗殺は一人じゃできないですよね?普段からバルバレスカが贔屓しているような、協力しているかもしれない人物とか、心当たりはないのですか?」


「私が国王となることで、ある程度は目的を達成してしまったのかもしれません。その後は特にあやしい行動や事件などは起きていませんし、当のサッシカイオが逃げてしまいました。それに、そういう協力者がいたとしても、すでに解散しているのではないでしょうか」


 足取り掴めずか。動機もあやふやだし、モヤモヤする。


「結局よ、この件は本当にわからねえままなんだ。俺は王都一の剣士なんてもてはやされていたけどよ、本当に必要なときに二人を守れなかったんだ、それでもう嫌気がさしちまってな。それでよ、オルネライオまでの繋ぎとしてチェルバリオ様を短期間の国王にしようっていう話が出たんだ。当時のオルネライオはまだ若かったからな、歴史上で三十歳に満たない国王は誕生したことがねえんだ」


「年齢的にも能力的にも、それに皇太子として民の期待を背負っていたって意味でも、オルネライオ様をなんとか国王にするのが良かったわけですね。そうするとますますサッシカイオの目がなくなると・・・」


「そういうことだな。それでヴァルガリオ様の次は誰が狙われるんだって話になってな。可能性があるとしたらチェルバリオ様だろ?それで国王不在の期間、ゼル村の護衛に志願して異動させてもらったんだ」


「なるほど、でも村長さんは固辞しそうですね。ゼル村命ですから」


「まあ俺も行ってみたらあまりの平和さとチェルバリオ様の国王就任への関心のなさに骨を抜かれちまってな、そのまま農民みたいな生活をすることになったんだ。剣やら魔法やらに本当に嫌気がさしてたし、ナナセとアルテさんが空から降ってくるまでは気楽だったぜ」


「あはは。でも護衛としてまたやる気を出したのはピステロ様に出会って影響を受けたからじゃないんですか?」


「まあな・・・でもよ、俺はナナセのことを絶対に守らなきゃならねえって根拠なく感じたんだよ。恥ずかしいからあんまり言わせんな」


「なんか可愛いですねアンドレさん。私とアルテ様がそんなに心配だったなんて、なんだか嬉しいですよ。ちなみにベールチアさんも容疑者じゃないんですか?護衛に囲まれた前国王と高位の魔導士を殺害して素早く逃げ伸びるなんて、そうとうな手練れですよね」


「いや、ベールチアはサッシカイオと王宮にいたんだ。証人もいる」


 一通り話が終わったのだろうか。ブルネリオ王様が話をまとめる。


「ともかく、ナナセが王都に現れたことでかつての暗殺犯が何か動き出すかもしれません。事件以来平和ですし、王宮の護衛の数は増やしていますが身内の犯行だと対策のしようがありませんし、気をつけて過ごして下さい。今日の一件で思い知らされました」


「わかりました。気を付けます」


「ナナセもよ、俺みてえに魔子の動きを感じ取れるんだろ?」


「あまり遠くだとわかりませんが、ベルおばあちゃんに温度魔法を使ったちょっとした技を教わったので、これから練習してみます」


「もし怪しい魔子の動きに気づいたとしてもよ、ぎりぎりまで気づかないフリをしろよ。ずいぶん前にも言っただろう?魔法が使えることは今更隠せねえが、魔子が見えることは絶対に知られるな。俺みてえに逆手をとって利用されるかもしれねえ」


 あー、ずいぶん前に硬貨の成分を眼鏡で分析したときのことだね。あの時アンドレおじさんが必死に「絶対に他人に知られちゃ駄目だ」って言っていた理由は、そういうことだったのか・・・


「もし本当にアンドレさんの能力を利用したなら、相手はなかなか狡猾ですね。魔法に精通している人だったら本当に気をつけないと・・・」


 私はあのアホっぽいバルバレスカがそこまで強い殺意を持っていたかというと疑問が残るが、気をつける相手であることに違いはない。私たちはアンドレおじさんの先導のもと、気を引き締めて応接室を出る。しかしそこには腰に手を当てたバルバレスカがおり、この応接室に押し入ろうとしていたのを護衛がなんとか止めていたようだ。


「遅くってよ!アナタを待っていたのよ、アタクシに大勢の前で恥をかかせたことを今すぐ謝罪なさい!」


「大変申し訳ありませんでした。でも、ベルおばあちゃんの顔に免じて許していただけたとおもっていましたが。重ねてお詫びします・・・」


「そんなことを言っているのではありません!アナタは年上に対しての無礼な態度を改めなさいと言っているのです!アタクシは国王の第一婦人ですよ!身分をわきまえなさい!」


「身分をわきまえます。すんませんでしたぁー」


「まったく、このような礼儀知ずの小娘を嫁にとるなど、チェルバリオ様も歳で頭がボケていたんじゃないかしらっ、神経を疑いますわ!」


── カッチーン! ──


「ちょっと待ちなさいバルバレスカ、年上に対しての無礼な態度は貴女の方じゃないですか。私を失礼な小娘と罵るのは一向に構いませんが、チェルバリオ様は強い意思を持ってゼル村を育てた偉大な方です。頭がボケているのは貴女じゃありませんか?あのような素晴らしい方がゼル村でやり残したことがあったかもしれないと、亡くなる直前までどれほど苦しみどれほど悲しんでいたかも知らず、そのような軽口を叩く神経を疑います。私はチェルバリオ様の地位や財産を引き継いだのではなく、ゼル村を我が子のように大切にする気持ちを引き継いだのです。これは生半可な覚悟ではありませんし、多くの住人の生活を背負って行くのです。それを王宮でたいした公務もせず三食昼寝付きで気に入らない相手には立場を利用して誰かれ構わずケチをつけては怒鳴り散らしているような貴女に私の町長という立場をどうこう言われる筋合いはありません!だいたい貴女にとって私は義理の兄の妻であり親族としては私の方が身分が上にあたります!貴女こそ身分をわきまえなさいっ!はーっはーっ。ついでなので言いますが貴女のお粗末なチェロの腕だって聞くに耐えら・・・」


「おいナナセ、言いすぎだ」


 アンドレおじさんに肩に手を置かれ言葉を止めた。バルバレスカの目がぼんやりと赤く濁ったのに気付いたのは私だけだろう。その後ブルネリオ王様に腕を引かれ、応接室に逆戻りした。





あとがき

久々に王妃様を相手にやらかしてしまいました

ナナセさんの長い台詞の後半は、息づく暇もなく

一気にまくし立てているようなイメージで読んでもらえると嬉しいです

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