3の26 休日の王都の娯楽




 今日は光曜日なのでボルボルト先生に剣の稽古をつけてもらいに来た。ティナちゃんも一緒なので場所は王城内の芝生だ。


「ナナセお姉さま、攻撃のときは右足に重心を移して、防御のときは左足で踏んばるようにするのです」


「そうだぞナナセ、剣を構えたら常に半身だ」


「はいっ!ボルボルト先生!ティナちゃん先生!」


 久しぶりに練習用に買った大きくて重い剣を振り回している。どうも私は剣を構えると足を肩幅に開いて立ってしまう癖があり、重点的に足運びを教わっている。これはきっと小さな体で大きな農工具を使って畑を耕していた弊害だろう、アンドレおじさんの教育が恨めしい。ちなみに重力魔法はボルボルト先生に禁止されているので、すでに腕がプルプルしてきた。


「はあはあ、素振りと防御の型だけでもヘトヘトになりますねえ」


「それはナナセお姉さまの剣が大きすぎるのでは?」


「あはは、私、体ちっこいからさ、なるべく筋力つけないとね」


 午前中で稽古は終了し、午後は王都の北側でやっている剣闘士の興行でも見に行こうということになった。毎週光曜日の午後に行われているそうで、見物人は入場料を払い、勝敗の賭けをする王都でも数少ない娯楽だそうだ。


「護衛や狩人の他に、職業としての剣士は剣闘士くらいって聞いたことがあります。強いとけっこう儲かるんですか?」


「儲かってるのは上位のほんの一握りだけだ。弱いと防具の修理や治療の費用ばかり出て行くからな、普段は狩りや港で荷下ろしをして生活しているような連中ばかりだぞ。それになあ、剣闘士はある程度の賞金を得ると、さっさと引退しちまうんだ」


 勝負で使う剣は刃が無く先の丸いものなので斬り合いというよりも打撃戦に近いらしく、防具がすぐに傷んでしまい、よく骨折する。まあ平和な世界だし、殺し合いっていうのは無さそうだね。


「真剣で稽古をやってるのは学園の高学年や私営の道場くらいだぞ、それも必ず寸止めだ。斬って殺しちまうと、それがたとえ訓練であっても死刑の可能性がある。まあ剣闘士に限っては打ちどころが悪くて死んじまっても死刑にはならねえけどな」


 殺人は死刑。この国唯一の法だ。


 北の門を出てほどなく歩くと、私も知っている闘技場っぽい建物についた。入場料を払い中へ入ると、すり鉢状の作りになっていて野球ができそうなくらい広い。キョロキョロ見回すと、賭けの胴元みたいな人がお金と交換で木の札を渡している。看板にはオッズのような数字の板が掲げてあり、随時更新しているようだ。


「対戦はランク別になっているから、そうそう簡単に勝負が着くような組み合わせにはなってないからな」


 なるほど、オッズらしき数値も人気の方は二割増えるくらいのマイルドなものだ。せっかくだし少しだけ賭けてみよっか。


「ティナちゃんは見に来たり賭けたりしたことあるの?」


「年に一度だけ国王が興行主になる大きな大会があるのです。その際に王族が揃って観戦していますね。今日のようなまばらな観客ではなく、この闘技場が満員になるんですよ。勝者には王族からの賞金が追加で出るので、熱い戦いになります」


 それなりに観客がいると思ったが、これはまばららしい。私は次の対戦者が大きな剣をぶんぶん振り回してアピールしているところまで様子を見に行く。もう一人は静かにたたずんでいる。どう見ても剣ぶんぶんさんの方が強そうだけど、案外もの静かさんが剣豪だったりするんだよね・・・でもこれ賭けるには判断材料が少なすぎるよ。どれどれ、ちょっと眼鏡で見てみよっか。


 私は近づいて眼鏡でぬぬぬと両者を見比べる。剣ぶんぶんさんは筋肉の疲労が多そうだし、腕を怪我しているかもしれない。もの静かさんの方が体調は良さそうだし、身長のわりに体重が重そうだ。きっと鎧の下は良質の筋肉が詰まっているのだろう。


「私は静かにたたずんでいる人の方に賭けてみるね」


「おいおい、どう見たって大剣の男の方が強そうじゃねえか」


「じゃあボルボルト先生はそっちの人に賭けてみて下さい!私と勝負ですっ!」


 オッズは剣ぶんぶんさんが一・二倍で、もの静かさんは三・一倍だった。とりあえず純金貨一枚だけ賭けておいた。


「ちょっ、いきなり純金貨かよっ!先生は孔銀貨一枚でいいや」


「ええっ?私こういうところのお作法がよくわからないもので・・・」


「そんなにたくさん賭けたらオッズが変わっちまうぞ・・・」


 神殿とは違う鐘の音が鳴り、勝負が始まる。木の札を握り締めた観客が歓声を上げる。ボルボルト先生も前の方に移動して必死に大声を上げている。剣ぶんぶんさんが走り込み、どんどん攻撃しているが、もの静かさんはあまり動かず、相手の剣を受け流しているだけだ。


「大剣の人は無駄な動きが多いですね、これではすぐにバテてしまうでしょう。静かな人は冷静に対処しています」


「そうだよねー、狙っているというより、当たればラッキーみたいな戦い方だね。これなら私でも勝てるかな?」


「ナナセお姉さまは魔法を使えるので出られませんよ」


「ええっ!?そんなぁ・・・」


 どうやら私の剣闘士の夢は、この世界にやってきたときから閉ざされていたようだ。魔法無しで戦うなら出てもいいのかな?


── うおーーーっ! ──


 観客大きな歓声が上がり、勝負があっさりついた。もの静かさんが剣ぶんぶんさんの隙をついて素早く背後に回り、防具の薄い部分を連打してその場に倒れ込んだ。


「やったー!私の勝ちっ!」


「先生の負けだ・・・そんなに賭けてねえけど、やっぱ悔しいな」


 私は木の札を握り締めて賭けの胴元みたいな人のところに並ぶ。私が純金貨を賭けてしまったのでオッズは二倍まで下がってしまっていたが、それでも儲かったことに違いはない。


「先生、私が勝ったんだし、どっか他の王都の娯楽にも連れて行ってくれませんか?儲かったので私のおごりですっ!」


「ほんとっ?ナナセお姉さま、私は劇場に行きたいですっ」


「劇かあ、先生眠くなっちまうんだよなあ。でも王都らしいしたまには良いか、行こうぜナナセ、ティナネーラ」


 気が大きくなった私は二人におごる宣言をすると、ティナちゃんが嬉しそうに観劇をおすすめしてくれた。劇場は学園の近くにあり、こちらもそれなりに人を集めていた。


「最終公演が始まりますよー!ご観劇の方はお急ぎ下さいー!」


 私は三人分の入場料を支払って劇場に入ろうとすると、係員に止められた。またなんかお作法を間違ったかな?


「ティナネーラ王女様でいらっしゃいますね!すぐに気づかず申し訳ございませんでした。王女様は貴賓席でご覧ください、お連れの護衛も一緒でかまいません。」


「ええ、お気になさらずに。席に案内して下さいますか?」


 なんか護衛と間違われてしまったようだ。確かにボルボルト先生は体が大きくそこいらに傷跡があるし、私は普段より大きな練習用の剣を背負っているし小手も装備している。ティナちゃんが王族らしい振る舞いで堂々と先頭を歩き、私とボルボルト先生は顔を見合わせて笑いながら猫背でヘコヘコ後ろを着いて行った。貴賓席は二階のど真ん中で、柔らかそうなソファーに双眼鏡が置いてあり、すぐにお菓子と紅茶を持ってきてくれた。


「うわあー特等席だねえ、ティナちゃんと来て得しちゃったね」


「ナナセ、先生たち場違いじゃねえか?こりゃ緊張しちまうな」


「ナナセお姉さま、ボルボルト先生、始まりますよ!お静かに!」


 ティナちゃんが目をキラキラさせながら劇を見ている。ボルボルト先生は若干緊張して居眠りはしていない。私はド近眼なのでずっと双眼鏡を覗き込んでいる。物語は王族の親戚同士の禁断愛ものだった。この世界で近親婚がどこまで認められているのかわからないが、私の知る地球の歴史だとけっこう頻繁にあったようだし不自然なことではなさそうだ。それより、この世界に来てから音楽らしい音楽を初めて聴いたので、そっちに気を取られた。


「素敵でしたね、特に姪が王子にかけ寄り二人で身分を捨てて城を出るところが・・・」


「ティナちゃん王族なのに駆け落ちするようなお話が好きなの?」


「王族だからです、現実ではありえないからこそ憧れるのです」


 王族は望んだ結婚ができそうにないという現実を、まだ子供のティナちゃんでも感じ取っているのだろうか。なんか可哀想だ。


「ところでさ、あのパイプオルガンすごいね。弦楽器もたくさん種類があって、私音楽を久しぶりに聞いたからゾクゾクしちゃった」


「ナナセお姉さまは音楽も嗜まれるのですか?多才すぎます!」


「ピアノなら習ってたよー、今でも指が動くかわからないけど」


「でしたら弾いてみますか?私が言えば許可を頂けますよ」


 せっかくなのでパイプオルガンのところに案内してもらった。ティナちゃんはスーパーVIP待遇なので誰も逆らう人はいない。ボルボルト先生はさっきから場違い感がすごく完全に空気だ。


 パイプオルガンは鍵盤が二段になっていて、足ペダルもある。エレクトーンは何曲か練習したことあるが足まで動くだろうか?他にも謎のレバーがたくさんついているがこれは触らない方が良さそうだ。ふと横を見ると空気を送り込む担当の人がこちらを見てスタンバイしているので、さっそく適当な和音を出してみる。


── ぷぁーーーーー♪ ──


「わぁー、すごい綺麗な音だねえ、なんか全身に振動が響いてくるみたい。少しだけ音が遅れてくる感じかな?よぉーし・・・」


 私はこのパイプオルガンが奏でる厳粛なチャーチ感に合わせて“きよしこの夜”を弾いてみた。何度かミスタッチしたが、どうせ私しか知らない曲だから気にならない。


「すっ・・・すごいわナナセお姉さま、なんて素敵な曲なのっ!」


「なんと清らかな曲だ・・・やるじゃないかナナセ、感動したぞ!」


 片付けをしていた劇場の係の人からも大喝采を浴びてしまった。やっぱ音楽は異世界でも共通言語なんだね。





あとがき

このお話はクリスマスの夜に公開したので

選曲が“きよしこの夜”になっています

季節感がおかしくてすみません

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