3の23 ペリカン便のルナロッサ




 ナナセお姉さまにケチャップを貰ってくるように言いつけられたぼくは、ペリコに乗ってゼル村を目指していた。ペリコはとても頭がいいので、ゼル村の位置を完全に把握しているようだし、サギリもわかって飛んでいるっぽい。鳥ってすごいんだね。


「ペリコ、サギリ、休憩しなくていいの?」


「ぐあーっ!」「きょわーっ!」


「元気だなあ、ゼル村についたらアルテ様に治癒魔法をかけてもらおう。ぼく光魔法使えなくてごめんね」



 早朝に王都を出たぼくたちは昼過ぎくらいにゼル村に到着したので、急げば一日で往復できそうなことがわかった。


 まずは神殿のアルテ様のところへ行ってペリコとサギリに治癒魔法をかけてもらう。


「まあ!ルナさんとペリコとサギリ!ナナセは一緒ではないの?」


「アルテ様お久しぶりです、今日はぼく一人でケチャップを仕入れに来たんですよ、お姉さまが大商人の生意気な一人娘をとっちめたら、その親と料理対決をすることになって・・・アルテ様、ペリコとサギリに治癒魔法をかけてあげてくれませんか?」


「ええ、わかったわ。ナナセは相変わらず変わったことをしているのね。あら、ペリコが交換日記を持ってきてくれているじゃない!急いでお返事を書かなきゃいけないわね。うふっ」


 ポシェットからナナセお姉さまの交換日記を見つけたとたんにペリコとサギリを包む光がぶわっ!と明るく広がった。アルテ様のナナセお姉さま愛は異常だ。そのまま神殿にペリコとサギリを預けると、ぼくは食堂へ向かった。


「こんにちは、ルナロッサです、おかみさんお久しぶりです」


「おやおやルナ君、帰っていたのかい?ナナセちゃんも一緒かい?何か食べて行くかい?」


 みんなナナセお姉さまに会いたいんだね。ぼくだけで帰ってきてしまってごめんなさい。


「いいえ、ぼく一人です。今日はケチャップをたくさん売ってもらおうと思ってペリコで飛んで来たんです。王都にはトマトが売っていなくて、お姉さまが作ることできないんです」


「ありゃー、そりゃあタイミング悪いね。アンジェちゃんから預かった今週収穫した分のトマトは、もうケチャップとトマトソースにして全部ナプレの港町に送っちゃったところだよ。カルスさんが今朝出発したから、そろそろ着いてるころじゃないかねえ?」


 あらら、ぼくはなんとタイミングが悪いのだろう。ナプレの港町ってことは主さまのところへ売りに行ったのかな?ひとまずアンジェさんに会いに行き、トマトが残っていないか聞きに行こう。



 久しぶりに菜園に来ると、たくさんの緑の木が以前の倍くらいの範囲に広がっていた。こんな短期間でここまで育てるとは。


「アンジェさん、この菜園どんどんすごいことになっていますね。もうぼくが耕すお手伝いは必要なさそうですね・・・寂しいです」


「ありがとぅー、もうルナ君のお手伝いは必要ないかもぉ。収穫したものをぉ、カルスさんがどんどんナプレの港町へ売りに行ってくれるからぁ、お金がいっぱいになっちゃってぇ。だからどんどん人を雇ってるんだけどぉ、そしたらまたどんどん収穫が増えちゃってぇ。あたし困っちゃってるよぉ」


 儲かって困るとは、なんと欲のない人なのだろう。ナナセお姉さまにもそういう傾向がある。商売の神髄を見たような気がした。


「ところで王都へ持ち帰れるトマトはありませんか?食堂へ行ったら全部ケチャップとトマトジュースにしてナプレの港町へ運んでしまったって聞いたんですけど」


「まだ青くて美味しくないやつしか育ってないよぉ」



 ナナセお姉さまに頼まれていたことがもう一つあった。ぼくは工場へ向かい、親方とヴァイオさんにあいさつをする。


「おう!ルナ君久しぶりじゃねえか、ナナセちゃんも一緒に帰ってきてるのか?」


「いえ、今日はぼく一人でペリコで飛んできました。お二人に新しい馬車の発注書を持ってきたんです。国王陛下にベアリングが売れたらしいですよ」


 ぼくは木の板に書かれた発注書と、純金貨二百枚を渡す。


「なっ・・・なんだよこの大量の純金貨わっ!」


「こここ、こんなに高く売れたのですか?」


「いいえ、この数倍で売れたと思います。発注書のとおり報酬の先払いで、それを資金にして最低でも十台は急いで作ってほしいと言っていました。」


「まじかよ・・・すげえな・・・どんな交渉したんだよ・・・」


「ナナセさんおそるべし・・・親方、人を雇いましょう・・・」


「そうだなヴァイオ工場長・・・この際子供の手でもいいぜ・・・」



 ゼル村ではケチャップを仕入れることができそうにないので、ぼくはナプレの港町へ行かなければならない。


「ルナさん、もう少し待っていて下さるかしら。今ナナセに交換日記のお返事を書いているのよ、書きたいことがたくさんになってしまって大変だわ」


「急がないでゆっくり書いて下さい、日が落ちるまでにナプレの港町へ着ければ問題ありませんから」


 少し時間ができてしまったので村長さんにもあいさつに向かう。


「ぐぇほごほ!、ルナロッサかえ、よく来たのぉ、ナナセも一緒かのぉ?ぐぉほごほ!」


「だっ大丈夫ですか?ずいぶんと具合が悪そうですが・・・今日はぼく一人で王都から飛んできました。」


「寄る年波には勝てんのぉゴホっ、風邪が治らんのじゃよ。これでもアルテさんの魔法でずいぶんグェホ、良くなったんじゃがのぉ」


「ぼくはすぐにナプレの港町へ向かいますので、ゆっくり休んで早く良くなって下さい・・・」


「すまんのぉぐぉほ。ナナセによろしく頼むのぉ・・・」


 なんだか心配だが、アルテ様が治癒魔法をかけているなら大丈夫だよね。ぼくは孤児と遊んでいたペリコたちを迎えにいき、アルテ様にあいさつをしてからナプレの港町へと飛び立った。



「主さまお久しぶりです。本日はケチャップを分けていただきたく参りました。突然の訪問で申し訳ありません。」


「楽にせよ。ルナロッサ一人か?ナナセは共におらぬのか?」


 みんなナナセお姉さまに会いたいにもほどがある。ぼく一人だけで帰ってきてしまって、ほんとうにごめんなさい。


 ぼくはここまで来た経緯を簡単に説明する。


「・・・というわけで料理勝負にケチャップを使いたいそうです」


「なるほどの、では全部持って行くがよい、我は我慢する。」


「良いのですか?主さま、少しくらい残しておいても・・・」


「ナナセの為だ。それにの、勝負事とはの、完璧な準備を整え、絶対的な作戦を遂行し、圧倒的な勝利を得なければ敵は再び牙をむくのだ。その横柄な商人とやらに二度とナナセに逆らわぬよう、絶望を感じるほど美味な料理を味わわせてやるべきだの。」


「主さまは少々厳しすぎるのでは?」


「我がそのように助言せずとも、きっとナナセは同じことをするであろう?ルナロッサも剣や魔法だけが力でないということをナナセから学んでおきなさい。」


 確かに、ナナセお姉さまは勝負となると徹底的に相手を追い詰めて、気がづいたときにはナナセお姉さまの仲間や忠実なしもべになっている。逆らってきたのはサッシカイオだけじゃないかな?


「ぼくはまだまだ修行が足りないです。早く立派になりたいのですが、お姉さまがすごすぎて・・・」


「ナナセは我々とは違う世界の者だ。そう気にすることはない。それはそうと、魔法の指南はどうなっておる?」


「はい、お姉さまはすでに重力で人族を抑えつけ、軽い結界魔法を発動するほどになっています。戦闘に関しては、ぼくより筋力があり動作や瞬時の判断が異様なまでに速いので、お姉さまの方が強いと思います。効果範囲はぼくと同じで狭いままですが、ぼくの百年分くらいの進歩を遂げていると思います」


「はっはっは、そうかそうか。ルナロッサの教え方が良いのかもしれぬぞ。それにナナセはえむえむ王?とやらのもとで用兵の心得があると聞いておるしの、その経験が戦闘に生かされておるのであろう。それと効果範囲は体が成長すれば自然と広がるので気にすることはあるまい。」


「そっ、そうなんですか?ぼくの効果範囲も広げられますか?」


「体に貯め込める魔子や重力子の量が増えるのだ。当然だ。」


 最近のぼくは本当に不甲斐ない。ナナセお姉さまが学園で色々なことを学んでいる間でも、ぼくはアリアちゃんと遊んでいるだけだ。マヨネーズ作りを手伝っても失敗してひっくり返してしまうし、ゼル村に帰ってきてもみんなナナセお姉さまに会いたそうにして、ぼく一人だと言うと残念そうな顔をする。


「主さま・・・ぼく、もっとお姉さまの力になれるように成長したいです。お姉さまがどんどん先に進んでしまい、寂しいです」


「ふむ・・・では寝るかの?ナナセもそこまで重力魔法を使いこなしておればルナロッサの指南もしばらくは必要あるまい。それに学園に通っておる間はナナセも忙しかろう?」


「そうですね、少し考えてみます・・・」


 ぼくは一年寝ると三年は育つ。今より体が大きくなれば使える魔法も強力になり、筋力トレーニングの効果も高まりそうだ。


 ぼくは久しぶりに主さまの屋敷で一晩過ごし、答えを出せないまま日が昇ったのを確認するとケチャップの入ったタルを背負い、ペリコに乗って王都へ飛び立った。

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