1の17 ナナセファーム




「おじさん!動けそうなら私と一緒に森の奥にいるヴァイオ君を助けに行ってもらえませんか!狼に襲われているのをすっかり忘れてましたっ!」


 牛舎のおじさんの目は血で塞がれているようだったので、ひょうたんの水で軽く洗い流してから道なき道を早歩きで進む。


「ナナセはすごいなあ、あんなでっけえイノシシを倒した上に、治癒の魔法まで使ってくれたのか。ナナセが来てくれなければ俺は命を落としていたかもしれねえなぁ・・・感謝するぜ!ナナセは命の恩人だ!」


「そういう話は後ですっ!治癒は一時的に傷を塞いでるだけだと思います、あとでちゃんとした人に診てもらって下さいっ!」


 ずいぶん日が落ちてきたので森の中は薄暗くなってきた。たぶん狼は夜行性だろうし、これ以上暗くなると非常に不利になってしまう。


「おーい!ヴァイオくーーん!大丈夫ーーー!?」


「ナナセさんですかっ!まだ近くに狼がいるかもしれないですよ!」


 狼は一度狙った獲物をかなりしつこく追い回す性質らしいので、このあたりを徘徊しながら待っているかもしれない。私たちに気づいたヴァイオ君が木から降りてきたが、まだ油断はできない。私はいつでも静電気魔法を使えるように準備をしながら周辺を見回す。


「いないねえ、あきらめてくれたのかな。今のうちに急いで森を出よっか。あの後ね、すっごい大きなイノシシがいたんだけど、私がやっつけたんだよ!」


 私たち三人は狼に警戒しながら、足早に大イノシシをやっつけた場所まで戻った。私はその立派な死骸に片足を乗せ、あらためて無い胸を張ったエッヘンのポーズをする。


「こっ、これナナセさんがやったんですか?」


「おう、俺が気絶してる間にナナセが一人でやっつけちまったんだ」


「そうだよ!すごいでしょっ!」


「恐れ入りました・・・」


「もう暗くなっちまったし、ここで解体はできねえな。なんとか三人で道まで引っ張り出して、荷車にでも載せて村まで運ぶか」


 そのまま放置して行くことも考えたけど、狼の餌になっていて明日になったら骨しかありませんでしたなんてことになると悲しすぎるので、とにかく頑張って森の外まで大イノシシを運び出すことにした。サポート係だった牛舎のおじさんがベテラン狩人らしい準備を色々としていたので、即席で木のソリみたいなものを作ってくれたので助かった。


 その後、すぐ近くにあるアンドレおじさんの荷車を勝手にお借りして村までえんやこらと大イノシシを運んで戻ると、アルテ様が倉庫の家の前で右に左にせわしなくウロウロしながら待っていた。私の姿を見つけるとその右往左往はピタリと止まり、目の輪郭をじわじわと波打たせながら私の元に這い寄ってきた。


「な゛な゛せ゛ー、し゛ん゛は゛い゛し゛た゛ん゛て゛す゛よ゛ぉー」


「あああ、アルテ様ごめんなさい!遅くなりましたっ!」


 ありゃあ・・・アルテ様が子供みたいに泣き出しちゃったや。


 その横でアンドレおじさんが苦笑いでアルテ様を慰めてる。


「お前らどうせ飯も食ってないんだろ?おかみさんに話つけといてやったからよ、アルテさん連れて食堂行ってこい!」


 私は泣き止まないアルテ様の手を引き、ヴァイオ君と牛舎のおじさんと一緒に食堂へ向かった。三人とも血と泥まみれで、アルテ様は顔が涙でぐちゃぐちゃだけど、今日くらい許してよね、おかみさん。


「えぐえぐ、ナナセ、えぐえぐ、無事でよかったわ、ぐすっ」


「アルテ様、心配かけちゃってごめんね。でもね、アルテ様の魔法を真似して、あの大イノシシを倒したんですよ、今日の収穫の半分はアルテ様のものです」


「えぐえぐ、収穫なんていらないですよお、えぐえぐ」


 私はおかみさんが運んできてくれた料理を片手で食べながら、アルテ様の手をずっと握っていた。ヴァイオ君と牛舎のおじさんは、おかみさんに今日の苦労話と、なぜか私の自慢話をずっとしていた。


 私はおなかいっぱいになって眠くなってきちゃったのと、アルテ様がいつまでもこんな感じなので、ヴァイオ君たちを置いて先に倉庫の家に帰った。先にアルテ様をベッドに横にしてから、お湯を沸かして頭からざぱーとかぶって血や泥を落としてから、吸い込まれるようにアルテ様にしがみついた。さんざん走り回った疲れがどっと襲ってきたのだろうか、まるで気を失うように眠ってしまった。



「昨日は取り乱してしまい、ごめんなさい」


「いえ、私こそアルテ様に心配かけてごめんなさい」


「なにもできない自分が不甲斐なくて、ごめんなさい」


「無理しすぎてアルテ様が待ってるってこと考えずにごめんなさい」


 私たちは朝のごめんなさい合戦を終えると、今日は二人とも仕事を休むことにした。果実だけの軽い朝食をすませ、アルテ様と一緒に昨日の大イノシシの報酬を受け取りに食材屋へ向かった。


「おうナナセ!肉の清算に来たんだな!こいつはすげえぞ、俺が今まで扱ったイノシシの中でも一番でかかったんじゃねえかな?」


 食材屋さんは大量の肉の仕入れに成功してホクホクのようで、上機嫌で私たちを迎えてくれた。渡された報酬は、なんと孔金貨四枚にもなった。この村の物価は他の町に比べると半分くらいらしいので、円に換算すると八万円相当だ!


「やったぁ!ありがとうございますっ!」


「礼を言うのはこっちだよ、イノシシは人気だから確実に売れるんだ」


 受け取ったお金はヴァイオ君と牛舎のおじさんで三等分するつもりなので、さっそく工場へ向かった。すると、なにやらあの大イノシシの皮はすでに工場で仕入れたらしく、手入れをして干してあった。


「ナナセさんが一人で狩ったんですから報酬なんていりませんよ」


「えー、二人で約束して狩りに出たんだし、牛舎のおじさんも運ぶのサポートしてくれたんだから三等分だよお」


 結局、受け取ってもらうまで帰らない!と言ったら、ヴァイオ君は純銀貨五枚(五千円相当)を受け取るということで話がついた。牛舎のおじさんも全く同じような反応をしたので、無理やり純銀貨をポケットに突っ込んだ。なんだかこの村はみんな人がいいね。


「ところでナナセ、命を助けてもらった礼は別にさせてくれよ。これは断らせないぜ」


「お礼ですかぁ、そんなつもりで助けたってわけじゃないんですけど・・・うーん・・・そうだっ!牛さんを譲って下さいっ!」


「そう来たか・・・」


 私が選んだのは乳牛っぽい白黒模様の牛ではなく、真っ黒なタイプの牛だ。これはきっと黒毛和牛に違いない。


「そんな牛でいいのか?そいつらはあんまり乳を出さないし気性も荒いから飼いにくいぞ?」


「この牛さんは子供を生ませてそれを育てて食べます!ちょっと可哀想ですけど、人間が危険な狩りなんてせず美味しいお肉を提供するため、私は食肉牛の牧場を新しく作ろうと思いますっ!」


「牛なんて乳が出なくなったやつを食うのが普通だぞ、餌だってかなり用意しなきゃならねえし、そんな大変なことして儲かんのかあ?」


 どうやらこの村では食べるために育てて殺すという感覚があまりないようだ。牛は牛乳がでなくなったり、鶏は卵を産めなくなったのを食べるのが普通らしい。私は食肉牛なんて育てたこともないし、どれほど大変なのかわからない。でも手伝ってもらうって決めてる子はいるんだよね!



「ナナセちゃん、昨日は大変だったんだってねー」


「エマちゃん、今日はね、お願いがあって来たの」


 私はエマちゃんを牧場経営に誘ってみた。エマちゃんの両親はすでに年配で、自分たちの牧場は手放し、半分引退して他人の牧場のお手伝い程度の仕事しかしていないらしい。だからエマちゃんは引き継ぐような家業もなく、色々なところのお手伝いをしているのだ。


「すごーい!ナナセちゃんが牛さん買ったのー?」


「違うの、牛舎のおじさんが大イノシシに襲われているところを助けたら、お礼に若い牛さんをオスとメスで一頭づつくれたんだよ。場所は村長さんに「空いてるところなら好きにやっていい」って許可もらったから、まずは子供を産ませるところから始めるんだ。何年もかかっちゃうかもしれないけど、少しづつ増やして、私の牧場は食べられる牛肉をどんどん生産するの」


「えー、牛さん食べちゃうのー?」


 エマちゃんも食肉牛の感覚がないらしい。でもしばらくは食べるより増やすためにやるんだよって言ったら理解してくれた。


「村のみんなが食べたことないような美味しい牛肉の料理をたくさん作ってあげるから、エマちゃんも期待しててねっ!」


 ここにナナセファームの設立を宣言するであった。

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