1の12 村の食堂
「ただいまアルテ様!初任給を貰いましたよ!」
「おかえりなさいナナセ、わたくしも今神殿から帰ってきたところなのよ」
アルテ様も神殿のお手伝いをしてきたようで、お給料を貰って帰ってきたらしい。私たちは何度か井戸に水を汲みに往復し、かまどでお湯を沸かしてざぱーと頭から被る。
「お風呂、入りたいですねー」
「この村ではしばらくは難しそうね」
アンドレおじさんに食堂に連れていってもらう約束をしたので、急いで髪や身体をふいてから待ち合わせの村の中央広場へ向かった。
「遅えぞナナセ」
「女の子には準備があるんです!アンドレさんはデリカシーがないですね!」
「お、おう、すまん。それじゃ行くぜ」
この村は中央広場を円形に囲んで商店街のようになっている。商店街の外側は村人が自由に家を建てて住んでいるようだ。私たちの倉庫の家は村の北の入口近くにある。農具がたくさん置いてあったから、村の中心よりに入口近くの方がいいんだろうね。
・
「いらっしゃーい!おやアルテさんとナナセちゃん、いらっしゃい、よく来たね。ついでにアンドレッティも」
「おいおい、客に向かってそのついでって言い方は無いだろう」
豪快に笑う恰幅の良い女性がおかみさんのようで、アンドレおじさんをからかっている。なんでもアンドレおじさんは一応ゼル村の護衛らしい。とは言っても平和な田舎の村なので護衛任務などたまに来る行商のチェックくらいで、普段は畑いじりと狩りをして暮らしているようだ。
「今日はミートボールの小麦麺がおすすめだよ」
「じゃあそれを三つもらおうか、あとエールを二杯な」
紙のメニューというものはなく、おかみさんがおすすめを教えてくれるスタイルのお店のようだ。というか、後から来た数人の村人もおかみさんに言われたものを逆らわずに注文している。
「あんたには今日は根菜をよく煮込んだお米入りスープだ。酒は今日は我慢しときな」
「おかみさん、さすがわかってるな。昨日の宴で飲みすぎて、ちょっとお腹の調子が悪かったんだ」
おかみさんはお客さん全員の体調や好みを完全に把握してるのだろうか?私はその素晴らしい接客に目を奪われながら料理を待つ。
「はい、おまたせー、あんたらの狩ってきたイノシシを使ったミートボールだから料金はまけておくよ」
「いっただっきまーす!おいしそー!」
料理が運ばれてきたら料金を払うシステムらしい。今日は半額で銅貨一枚づつと言われたけど、私はまだお金の価値を知らない。丁度いいからアンドレおじさんに教えておいてもらおっか。
「なんだ、そんなことも知らねえのか。まあ食いながら教えてやるよ」
ぐびぐびとエールを飲みながら説明してくた内容をまとめると、銅貨が二種類、銀貨が二種類、金貨が二種類あって、穴あきと穴なしがある。当然穴があいている方が安く、金貨の上には羊皮紙弊というのもあるらしい。
「こんな田舎じゃ羊皮紙弊は見ねえな、あっても換金できねえ」
羊皮紙弊というのは、金額を書き込める魔法のかかった紙幣のようで、両替商が料金と引き換えに発行する、いわば小切手みたいなものだそうだ。商人が大きな取引のときに利用するようで、私たちじゃあめったにお目にかかれるものではないとのこと。
話を聞いた感じで貨幣価値を日本円に換算してみると・・・
孔銅貨 十円くらい
純銅貨 百円くらい
孔銀貨 五百円くらい
純銀貨 千円くらい
孔金貨 一万円くらい
純金貨 十万円くらい
こんな感じだろうか?私が今日畑を耕してもらったお駄賃が千円くらいで、ここの食事が二百円くらいだ。大きな町や王都だと、物価がだいたい倍になるらしい。
「アルテ様、そういえば金貨を持ってくるって言ってましたよね、一枚見せて下さい」
久々に眼鏡機能を使って成分を解析してみる。孔銅貨、純銅貨、純銀貨、それとアルテ様が出した純金貨を並べて、むむむんと集中して見比べる。ぼんやりと成分が目の前に浮かび上がり、自然と頭が理解する。
「なるほどー銅銀金の含有量が違うんだね、純とはいえど、多少鉄っぽいものが混ざってる。あっ、でもこれは硬貨の強度を保つためには必要なのかな?」
ぶつぶつと独り言を言いながら並べた硬貨を見比べていると、アンドレおじさんが驚いて私の肩に手を置いた。
「おいナナセ、そんなことがわかるのか?」
「はい、この眼鏡は魔法を使った特別なものなんです、内緒ですよ」
「当たり前だ!そんなことできるって絶対に他人に知られちゃ駄目だぞ!」
「は、はい、ごめんなさいです・・・」
アンドレおじさんが肩に手を置いたまま私のことを凝視している。なんか苦しそうだけどそんなに悪いことしたのかな。チート眼鏡を使うときは気をつけないといけなそうだ。
「・・・なるほどな、まあこの田舎の村にいれば関係ねえだろ。料理が冷めちまうぞ、どんどん食おうぜ」
そうだった、目の前にある料理はミートボール入りのスパゲッティっぽい麺の料理だ。ミートボールは香草の味がするので、臭み消しみたいな葉っぱを使っているのだろうか?とてもまろやかで煮込んだソースが麺にからんで美味しく、どことなく懐かしい。
実は、私のお父さんは小さなイタリア料理屋さんをやっていた。お母さんがホールに立ち、地元ではそこそこ人気の店だった。たまに料理を手伝っていたのでそれなりに料理には詳しいし、ここが良いレストランかどうか少しくらいはわかる。
「おかみさん、とても美味しいです!」
「そうだろうそうだろう、うちの旦那の料理の腕はこの村一番だからな、はははっ!」
豪快に笑うおかみさんだけど、それは下品なものではなく、嫌味のない笑い声だ。やはりこの感じも懐かしくて、なんだかとても居心地がいい食堂だ。私たちは美味しい食事を終えると、また来ますと言い残して食堂を後にした。
「アルテ様、ゼル村っていいところですね」
「そうよね、皆さまとてもいい人たちだわ、ナナセは明日からも頑張れそうなの?」
「もちろんです!頑張って身体を鍛えて、剣の腕を上げて、アルテ様に毎日イノシシを狩ってきて食べさせてあげます!」
「うふふ、養ってくれるのね、ありがとうナナセっ」
ほろ酔いアルテ様は可愛い。いつも笑顔なんだけど、今は特に機嫌が良さそうに私に腕を絡ませてくる。
私たちは倉庫の家まで腕を組んで仲良く帰った。
・・・・・
・・・
・
(まさかナナセがあんなに魔子を上手く使う子だとはな・・・あの高価そうなガラスを顔にかけてる時点でおかしいとは思ったが。何であんな貨幣の価値も知らない子供が剣の修行なんだ?どう考えても魔法使い、しかも宮廷魔導士クラスになれるよなぁ)
(あのアルテミスって娘だって普通じゃねえ。何度か見かけた治癒魔法も、効果はともかく光がまるで喜んで踊っているようだった。高名な神官が使う魔法と似てるよぁな)
(まいったな。俺はもう剣やら魔法やらの世界に嫌気がさしてこの村にやってきたってのに。これが俺の運命ってやつなのか?なあ神様よぉ・・・)
俺はやたらと魔法の才覚に恵まれたあの二人が、どうしてこんな田舎のゼル村にやってきたのか不思議に思いながら、そんなことは俺には関係ないと思いなおし、家に帰って行くのだった。
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