1の10 初任給(ナナセ編)
私とアルテ様の歓迎会は、陽が落ちる前の夕方から夜までずっと行われた。イノシシの肉は、焼いたもの、煮込んだもの、蒸したもの、スープになったもの、それとピラフのように米と一緒に炊き込んだものなど、色々なメニューで楽しめた。全体的に味が薄かったけど、調味料が希少で高価なので、たくさん使うことができないそうだ。
そんななか私たちは陽気な村人たちに囲まれて質問攻めに合っている。
「アルテさんは何歳なんですか?」
「アルテさんは酒を飲まないんすか?」
「アルテさんは神官なんすか?」
「アルテさんはこここ恋人とかいないんですか?」
おいおい村人男性諸君、アルテ様が超絶美人なので仕方がないとは思うけど、いくらなんでも群がりすぎだよ。でもアルテ様は苦笑いしながらも丁寧な口調でそれぞれの相手をしていた。
私の方はというと
「ナナセ、この村では子供でも働くんだぞ!」
「ナナセ、畑を耕したことあるか?」
「いいや、ナナセさんは狩りができるんだから僕と」
「ナナセちゃん、一緒に果実を集めよぉ?」
「ナナセちゃん、牛さんのお世話を一緒にしないー?」
村の子供たちに囲まれて、就職斡旋のようなことを受けていた。モテモテのアルテ様とは大きな違いである。
「みんなのお仕事のお手伝いを一通りしてから考えていい?私、ちゃんと働いたことないから、色々と試してみたいの」
よし、明日から村の子供に混ざって職業訓練だ。
・
── カーン カーン カーン ──
翌朝、時刻を知らせる鐘の音が響いた。太陽がぼんやりとあたりを照らしているので、日本だと朝の五時くらいだろうか。この村では鐘の音で時刻を知るようで、数時間ごとに鳴る。なにやら神殿の神父さんが鐘を鳴らしているそうで、この小さな村にも小さな神殿と一人の神父さんがいるらしい。
早朝、十回
朝、一回
昼、五回
夕方、一回
夜、五回
昨日は夕方の鐘から宴が始まって、夜の鐘で解散となった。感覚的には三~四時間おきに鳴らして夜中は寝てるから鳴らさないのかな?早朝は目覚ましの代わりになるので便利だ。
「ナナセ、今の季節は土を耕して種をまきやすいようにするんだ」
農家の朝は早い。今日の職業体験は畑仕事だ。二日酔いだと言いながら具合悪そうにしているアンドレおじさんと、その近くの畑を手伝っている子供数人とくわを持って村を出発する。
畑仕事は筋肉が付くからと、アンドレおじさんは私に大人用のかなり大きなくわを用意した。むむむ、重心が先にあるから剣より重たく感じるねこれ。
「おいナナセー、手だけで持つから重いんだぞー、足でしっかりと地面を踏んばって鍬の重さを利用して耕すんだー」
「そんなことぉ、ヒーヒー、言ってもぉ、ヒーヒー、私初めてなんですからぁ、ヒーヒーゼーゼーハーハー」
他の子供たちはずいぶん先まで進んでいるのに、私はほんの少ししか耕せていない。だからと言って子供たちがみんな筋肉マンというわけでもないところを見ると、きっと振り方にコツがあるのだろう。これは毎日やって少しづつ慣れていかなきゃね。
・
── カーン ──
朝一回の鐘が遠くから聞こえた。高い音なので遠くまでよく通る音な気がする。これなら村の周辺で畑仕事をしていても時間がわかるね。
「よーし休憩だ、飯にするぞー」
この鐘が鳴るとみんな手を止めて木の箱や葉っぱに包んだお弁当を食べ始めた。どうやら、ひと仕事した後のこの時間に朝ご飯を食べるようだ。
みんなのお弁当は昨日のイノシシ肉のピラフをおにぎりのように丸めたものや、硬そうなパンに野菜と一緒に挟んだバーガーのようなものを食べている。私はアンドレおじさんが準備してくれたおにぎりのような丸いものを受け取って、ひょうたんのお水をくぴくぴ飲みながらもそもそ食べる。ああ、お水がこんなに美味しいとは。
「つかれたあーー!」
「はははっ、ナナセは弱っちいなあ、こんなんじゃ剣の修行どころか毎日の食事にすらありつけないぜ」
「ううう、頑張ります」
畑仕事のお手伝いをしている子たちが食事を終えてこちらに走ってきた。みんなやたらと元気なので感心してしまう。
「ナナセ!あっちに小川があるから水汲み行こうぜ」
「ナナセちゃん、あっちの森に果物を取りに行こうよぉ」
その小川は知ってる。アルテ様と一緒に夜中に水浴びしたとこだ。あとに森も知ってる。イノシシに追われて命からがら脱出したところに頭突きで空中に舞ったとこだ。水はまだあるので村の男の子の誘いをお断りして、森に誘ってくれたアンジェちゃんっていう子と一緒に果物を採りに向かうことにした。
アンジェちゃんは腰にサバイバルナイフのような刃物をさしていて、それを上手に使って枝葉を切断しながら森の奥に切り込んでいく。私よりまだ小さい子なのに、なんだかとてもたくましい。
「ナナセちゃん、あったよぉ!この実が美味しいんだよぉ!」
私は「トレーニングになるからずっと背負ってろ」と言われた剣を抜いて、比較的高いところに付いている果実を剣で切り落とす。アンジェちゃんは手の届くあたりのをサバイバルナイフを使っていくつか取っていた。さっきまでくわを振っていたので腕がすぐにプルプルしてきたので、アルテ様とアンドレおじさんと私の分で三個だけ取ってバスケットにほうりこみ、あとはすっかり手慣れた木の実拾いをした。
「木になっている果実はねぇ、全部取っちゃいけないんだよぉ、半分くらい残してぇ、ちゃんとお礼を言って帰るんだって教わったのぉ」
なんと美しい教えだろう。野生動物の分なのだろうか?どこかで新しく果実が育つことを祈りながら、アンジェちゃんと一緒に木に向かって「ありがとうございましたぁ!」と元気にお礼を言って森をあとにした。
「ねえねえアンジェちゃん、もしイノシシなんかの獣に襲われたりしたらどうするの?さすがにそのナイフじゃ倒せないでしょう?」
「ええー、そんなの襲ってこないよぉ。鳥の卵を割っちゃったりぃ、動物の寝床を荒らしちゃったりしないとぉ、なんか警戒して近づいてこないしぃ。それに走って逃げればしつこく追いかけてこないよぉ」
なぜ私とアルテ様はあんなに必死に追い回されたのかよくわからないね。家族の団らんを邪魔して怒らせちゃったのかな?他にも村や森について色々とアンジェちゃんに聞きながら畑に戻ると、アンドレおじさんが「村に帰るぞー」と言って待っていてくれた。
「よし、今日のお駄賃だ」
私は銀貨一枚を受け取った。他のお手伝い要員の子供たちも銀貨を受け取って喜んでいる。これがどれほどの価値があるのかわからないけど、畑を耕すという仕事でもらった人生初めてのお給料だ。地球の頃は中学生になったばかりだったので親の仕事のお手伝いくらいしかしたことないし、労働の対価でお金なんて貰ったことなんかない。
私は初任給であるその銀貨一枚をバスケットの中に大切にしまうと、代わりにさっき採ってきた果実をアンドレおじさんに手渡す。
「おっ、これ美味いんだよな、ありがとなナナセ」
村に戻ってくるとちょうど夕方の鐘が一回鳴った。アンドレおじさんに「村の食堂に連れていくから一度倉庫の家に帰ってからアルテ様も連れてこい」と言われた。
夕暮れの中、アルテ様が待ってる倉庫の家に走って戻った。
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