第83話 野球部同窓会?

 アパートに戻りソファーに横になった。

 先程強引に手渡された小澤茜無料券をまじまじと見る。

 

 「不能でなかったら使うのだろうか……」

 本気で悩んでいた。

 高校時代、あの様子を見た事で直接何かをしたわけではないけど、何もしなかった。

 学校行事やすれ違う時も特に何もしなかったしそれとなく冷たい態度を取っていた気がする。

 

 だからこそ謝ったわけだけれど。実際、クソ女と思っていたのは事実。

 それが真実を知った時からその態度や対応について反省せざるを得なかった。

 都合の良い思考や行動かも知れないけれど……それと恋愛感情に発展するかは別問題だ。


 ブ〇マとべ〇ータのようなくっつき方は難しい。

 同じ喜納を敵に持つ仲間……というのが精一杯じゃないだろうか。

 曇天だと思っていたのに、気付けば雨の姿と音を捉えた。

 ぽっぽっぽっぽと屋根やベランダに当たる音が聞こえていた。


 「雨か……」

 空の黒さは今の内心を表しているようだな。

 田宮さんのサービスは今の俺にはまだ早すぎる。

 

 確かにイメチェンした悠子ちゃんも、一皮むけた小澤も先日電車で感じたような嫌悪感等は湧いてこなかったけど。

 次の金曜日はともえの裁判が行われる。

 田宮さんからのメッセージはそういう事だ。

 通常こんな直近ではありえない。かなり前から手を回していたのだろう。


 



 会社には金曜日の休みを申請した。

 現場的に簡単にはいかないのだけど裁判であれば仕方ないと。

 所長が式に参加していたのだから、上手い事配慮して貰えている。

 その分どこかで帳尻は合わせられるだろうけど。


 火曜日に式や宴に関係のない飲み会に誘われた。

 高校時代の友人だった。思い返せば破談になった事は言ってなかったなと思ったけれど、過去の知り合い全員に伝える必要もないと思っていたから抜けていた事実。

 メンバーを聞くと喜納の被害にはあっていない3人。

 正確には野球部の時の仲間だった。


 本当の結婚式であれば、呼んでいたメンバーだろう。

 

 色々な事を考えた時、行く行かないの天秤は行かないに傾いている。

 ともえの事が話題に出るのは分かっている。

 高校時代、ともえはマネージャーはやっていないけど、試合の日などの観戦には来ていた。

 

 野球部員には何度も見られている。

 部活の時もたまにはドリンクやタオルを持ってきていた事もあった。


 それでも久しぶりの仲間に会ってみたいというのもゼロではない。

 俺が酒に弱いのは成人式でも会っているので知っている。無理はお互いにしないだろう。


 結局参加する事に決めた。


 

 17時50分、待ち合わせの時間である18時の10分前には店の前に到着した。

 なんとなく見覚えのある人物が3人。10分前だというのに俺が一番最後だった。


 「おう、黄葉。全然かわらないな。」

 「お前らもな……とでも言おうと思ったけど、波多野……お前チャラくなり過ぎ。何そのパッキン。」

 成人式の時は全員まだ髪は黒かった。

 

 「あぁ、俺今劇団に所属してるんだよ。ほら、高橋がそっちの道に行ってたじゃん。一度舞台見にいった時に感動しちゃってな。俺も舞台役者目指してみようと思って。」


 「それと金髪の何の関係が?」

 「始めたのが21の時でな。下積みと力仕事が多かったんだけど、今度役を貰える事になって、それが似非外国人異世界人の役なんだよ。」


 「ウィッグでも良いだろう。地毛を染める……あ、形から入るタイプか。」

 「そう言われると身も蓋もないけど。役にのめり込んで日常から落とし込もうと思って。」

 確かに学生時代に見ていた普段着とはセンスも違うなとは感じるけど。


 「店の前で迷惑になるし、波多野の話はそこまでにして入ろうぜ。」

 

 

 8人掛けのテーブルになぜか隣と正面が空席になるように案内される。

 まるでそこにこのあと遅れて誰かが座るかのような配置。

 いつだったかウィルスが蔓延した時に流行した、ソーシャルディスタンスとかいうのに似ていた。


 問題はそこだけではない。先日会社の人と飲みに行った時は個室だったけれど、各席に衝立や仕切りはあるから他の席の人の顔が見えたりはないけれど。

 少し身体を通路に出せば見えてしまう。個室のようば物理的な仕切りは結構重要だった。

 流石に空気を感じるだけで気持ち悪くはなったりはしないだろうけど、不安と心配は否定できなかった。



 「じゃぁおつかれー」

 ツマミがいくつかと瓶ビールから注がれた小グラスのビールを片手に飲み会が始まった。

 

 「そういえば全員今はもう野球から離れたん?」

 話題を振ってきたのは外野手をやっていた山口。成人式の日までの情報では彼女いない歴=年齢だった。

 波多野はセカンドだった。俺との二遊間を組んでいた。


 「最初は会社の人達とやってたけどな。去年忙しくなって自然消滅って感じかな。正確にはガチで甲子園目指してたような人達は再開したみたいだけど。」

 うちの会社には野球部はない。会社の人間だけでチームを作り地域の大会に参加したりしていた。

 昨年6月末からの激務で自然消滅な感じになっていたけど、最近また再開したという話は聞いている。

 俺はその再開メンバーには入らなかった。秋から冬にかけてはともえを優先していたし、年明けてあいつの秘密を知ってからは式や宴の事もあった。


 「俺もたまにバッティングセンターに行くかな。センター長?店長?の娘さんが可愛くてさー。」

 キャッチャーをやっていた杜若かきつばた。中学の途中でこの街に引っ越してきた。

 宮崎でリトルリーグとシニアリーグに参加していたのだけれど。

 こちらへきて強豪校に行けば良いのにと思っていたのに、なぜか近場である同じ高校に通った。

 弱小だから全然勝てなかったけど……


 「お前、この前は八百屋の娘さんがどうとか言ってなかったか?」

 波多野がツッコミを入れてくるが、この杜若は惚れやすいというか……アイドルで言う所の推し変が激しい。 

 波多野のコップは既に空となり瓶だと面倒だと思ったのかジョッキを追加していた。


 「野球といえば……この街から二人もプロが誕生するんだもんな。中学はどっちもウチらとは関係ない中学だけど。」

 山田が思い出すようにしみじみと語った。酒のつまみの枝豆を口に放り込みながら。

 「そうだな、俺達は全員中学一緒だけど、柊さんが西中で水凪が幸中だっけ。一個上と同い年なのにエライ出世だ。もちろん当人達の努力の結果だけど。」

 俺は率直に二人を褒めていた。


 「そうは言うけど、弱小のうちのチームでその二人からヒット打ったのお前だけだろ。」

 どっちもボテボテとポテンヒットだけどな。捉えたというよりはラッキーな当たりだっただけだろう。

 山田が褒めてくれるが、それをあっさり否定する。

 素直にHのマークが出た時は嬉しかった記憶があるけど、打てたという感じではなかったからな。


 などと過去の武勇伝的な話で盛り上がっていると、急に悪寒が走った。

 それと同時に4人の女性がこのテーブルの前に現れた。

 俺は一番奥でトイレに行くのも難儀な場所だ。


 「遅くなってごめんなさい。」

 先頭にいる女性が全員に聞こえるように謝ってきた。

 彼女の言葉から席を間違ったとかではないようだ。


 女性陣4人共の身だしなみが気合入っているように見えた。

 この飲み会はどうやら野球部同窓会ではなかった事に気付いた。

 

―――――――――――――――――――――――

 後書きです。

 本編でも殆ど紹介される事のなかった部活絡みネタ。

 一応野球部だったという事は出てましたからね。

 覚えている人いるかはわかりませんが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る