ガン・オン・グラッジ
藤原埼玉
GUN ON GRUDGE~前編~
第1話
「良い月だね、キミタリ」
月明かりが微かに照らす白磁の部屋の中、花々で飾られたバスタブの縁に彼女は座っている。
彼女は人間ではない。透き通るような金細工の髪や幼くも美しく整った顔立ちよりも、何よりもそのことを印象付けるものはその背中にあった。
背中から生え出る全長20フィートはある巨大な羽根。それは葉脈の如き精妙さと幾何学的な規則正しさで編み込まれた水晶細工のようであり、深海生物の触手の如く蠢く様にはグロテスクさも想起されるがその特徴の尽くは却って蠱惑的ですらあった。
とうに冷めたバスタブの湯を彼女が片手で弄ると水音が静かに暗い部屋で響いた。
超然としたその美しさを見る度、その高尚さゆえに天使や神でさえ自然と孤独であるのかも知れないという思いがよぎる。
バスタオルを手渡すとメグミ・オオサワは俺に微笑を向け、まるで試すかのように言った。
「…君はかつての兄弟のことをどう思う?」
ハーブ・サブシスト。冗談のようなその名前を思い出すこともなかった。それが出し抜けに想起される。
人というものはかつて捨てたものにわざわざ価値を見出そうとはしない。
「特に興味ありません」
「…ふふ、君らしい答えだ」
メグミ・オオサワは懐かしむように遥か上空の満月を見据えた。
「僕は一時期彼を救おうとした。上手くいかなかったのだけれどもね」
「…貴女はあれの命を救いました…あれはただ自らの手で魂を唾棄しただけです」
「随分と辛辣だね、我が眷属」
メグミ・オオサワは柔らかく笑んで見せた。
「僕はきっと思い出すと思うんだ…彼は僕がこの世界の果ての果てに置きっぱなした遠い遠い忘れ物だよ。忘れ物はまた主人の元に戻りたがっているとも限らない。あるいはそのまま忘れ去られることを望んでいるかも知れない」
「…であれば、尚更わざわざあなたがいらっしゃる必要もないのではないでしょうか?」
「まあ、そう言ってくれるな我が眷属。彼には今一度選ぶ権利くらいは与えたいと思うのだよ。自らの選択という覚悟の元であれば…死さえも尊い旅路と成り得るのだから」
それは彼女の教義そのものの内容だったが、自らに言っているようにも思えた。おそらく、気の所為だろうが。
彼女は肩にタオルをかけるとバスタブから腰を上げ、裸足のまま湯浴み場を後にした。
天使と悪魔の間に生まれ人界に追放された
そして大陸三大宗教組織の一つである
俺は彼女の背中に向けて首をたれ、聖句を唱えた。
「より善き生のために…『
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