出席番号7番「遅刻常習犯」⑤鬼事
昨日、雨が降っていた。雨の中、誰かが立っていた。
今日も雨が降っていた。雨の中、また誰かが立っていた。
誰かはいつの間にかいなくなっていた。
降り続ける雨が、立っていたはずの誰かの痕跡を掻き消していった。
本当にそこには誰かが立っていたのだろうか。
思い出そうとする度に、誰かの顔は滲んで消えた。
俺は遅刻常習犯。
気づいた時には全てが遅い。全部が過ぎ去った過去のこと。
大切だった、大好きだった助産師さんと恩師の死に目にも立ち会えなかった遅刻者。
俺は、生涯後悔する。なんで遅れずにいけなかったのかと。最期の別れくらいちゃんと言いたかった。
「さようなら」。
それと
「ありがとう」。
最期の時間がどれだけ大事なのか、俺は身に刻んだ。
いつその瞬間がやって来るのか。それは誰にもわからない。
だからこそ、少しでも早く気づこうとしなければいけないんだ。彼が、彼女が、何を伝えたかったのかを。
最期になってしまうかもしれない「おくりもの」を、俺たちは手を伸ばして受け取らなきゃいけない。
だって、自分の番が来た時に、だれかに受け取ってもらいたいから。
「おくりもの」なんて中身を理解してもらえるものばかりじゃないんだよ。それこそ、遅れて届いてもいいものばかり。
大事なのは、中身が詰まった「おくりもの」が誰かの手に渡ること。
のこしたものだけが道の上に取り残されてるなんて、悲しすぎるだろ?
俺は遅刻常習犯。
あとからやって来る遅刻者。
あとにのこされた真実を、あとになってから知る遅刻者。
全部が遅かったんだ。
でも、確かに俺のところには届いてきた。遅れてでも、ちゃんと俺のところには伝わってきた。
遅くなったな、友人A。
一年も待たせたけど、真実を伝えるよ。
待っててくれてありがとな。
俺の、親友。
それに気づき始めたのは就職して一年が経ったころ。
それなりに仕事絡みで付き合うようになった知人も増えて、そうなればそこそこ親しい知人もできてくる。
三月になって人事異動だなんだって話が飛び交った。じゃあ、いい機会だし何か食べに行きますか。そういう話になる。
何処かいい場所知ってますか? そう聞かれるのは毎度のことだった。地元民は当然地元に詳しい。穴場の食事処、ありませんか? 外から来た人にはもちろん聞かれた。同じ地元出身でも好みがあるから聞いてみたし、俺も聞かれた。
俺のオススメは××××食堂。穴場も穴場。穴場過ぎて、結局誰とも行けなかったな。営業も不定期だし、行けたのはおまえたち同級生とだけか。俺、あそこの稲荷寿司好物なんだよな。
そんなこんなで飯を食いに行っては腹を割って話をした。同年代だったり年上だったり、男だったり女だったりしたけど、みんな良い人だった。
「また今度」
そう言って、全員にさよならを言った。
次回会えるのを楽しみにしていた。
四月になって、授業が始まった。入学式のある日、学校は騒がしかった。
校庭にはパトカーがやって来た。
教師が一人、無断欠席をした。まだ若い、気さくな教師だった。
家にも携帯にも連絡したが繋がらない。
何処へいった。
パトカーの中には知り合いがいた。小さい頃に会ったことのある中年の警官だった。
俺は彼に話しかけた。
「お久しぶりです」
「ああ、元気そうだね」
「おかげさまで。何か事件ですか?」
「知らないのかい? ここしばらく行方不明者が増えているんだよ」
「増えてる? ◯◯だけじゃないんですか?」
「毎年いたにはいたんだけどね。いつからだろ。十五年くらい前から特に増えたかな」
「十五年前? 何かありましたっけ?」
「うーん。自分は知らないけど」
妙な共通点があってね。
共通点?
全員、この小学校を最後に足取りが途絶えてる。
というと?
誰かと会った後に行方不明になっているんだよ。
誰かって。
君だよ。
「君が犯人じゃないことはわかってるよ。でも何らかの関係性はあるはず。警察はそう考えてる」
「そう、なんですか」
「これ見て。知ってる人たちでしょう?」
「あ、知ってます。この人も、この人も、こっちも」
「これね、行方不明者のリストなんだ」
「え!? こんなに?」
「ここ一年間のだからほんの一部だよ」
「………」
「わかったでしょ。君も大人になったんだからおとなしくしていようね」
「あの」
「ん?」
「この、人たち」
見つかったんですか?
まだ行方不明のままだよ。
進展があれば俺にも伝えると、その警官は言って帰っていった。
俺の頭は混乱していた。
何でこんなに行方不明者が出ているのか。何で今まで知らなかったのか。どうして自分の知人ばかりがいなくなっているのか。そもそも、本当に自分と関係があるのか。
俺は混乱していた。それ以上に、ショックだった。
警官が見せてくれた行方不明者のリストには、つい先日一緒に食事へ行った人も含まれていた。見知った人がいなくなっていた。それも、知らないうちに。俺はショックを受けた。
どうして。
なんで。
笑って挨拶をした。
また今度と、次に会う約束をした。
もっと、親しくなれると、思い始めていた。
それなのに。
それなのに。
どうしてこんなことに。
その次の週、俺にリストを見せた警官がいなくなった。
なんでこんなことになっているんだ。
何が起こっているんだ。
みんな、みんな、何処へいってしまったんだ。
俺の知らないうちに、桜ヶ原では何かが起こっていた。
「知ってたよ」
「おい」
「知ってたけど君に言わなかった」
「おい」
「だって、知ってもなんにもできないでしょ」
「う」
「ほらね。どうしていなくなったのかわかんないんだからさ、防ぎようがないよ」
せめて、何処へいってしまったのか。生きているにしても死んでいるにしても、現在の状態を知ることができたら。
何かわかるのかもしれない。
俺は大学生になった友人Aに連絡を入れながら考えた。
単なる偶然が重なったのか。
事件か。
事故か。
それとも、神隠しか。
俺たちは考えた。
これ以上リストに名前を増やさないためにできることはないか。
「十五年前っていえばさ」
池が埋められたのって、それくらい前じゃなかったっけ。
桜ヶ原の七不思議、三つ目。
何処かの池に沈む砂時計。時間が進まなくて困ってる。さあさあ返してあげましょう。ひっくり返してあげましょう。
お礼に砂時計は未来を見せる。
さらさら流れる砂時計。
池に眠る砂時計。
この町にはさ。池なんて一ヶ所しかないんだよね。
「え、七不思議死んだの?」
そんなばかな。
桜ヶ原では絶対に起きない怪異がある。それは、神隠し。
全国各地で起こってる代表的な現象のはずだろ? でも、それは此処では起こらない。
だって神様がいないんだから。
俺たちの国は八百万、数え切れない数の神によって監視されている。言い方が変か。
人の信仰心によって無数の神が存在し、信じて崇めることで加護を得ている。知らんけど。
いや、ほんとに知らないけど。
桜ヶ原には神がいない。神が見放した土地は荒れた。
救いを求めた昔の人は、この土地に桜の木を植えた。それは昔々の話らしい。
桜の木たちは人々を護った。護って潔く散っていった。それも昔々の話らしい。
たった一本残った桜は、独りきりで今でも咲き続ける。町の人たちは彼女をこう呼ぶ。
「桜の姫様」
七人の従者を従える、桜の姫様。
七不思議という怪異を従える、桜の精霊。
桜ヶ原は、かつて「戦場駅」と呼ばれたらしい。この町は、桜の姫様のお膝元にある。
姫様は七つの怪異によって町を封じた。
人がこれ以上戦場へ身を投じないように。自分がこれ以上命を見送って、悲しい想いをしないように。
そんな願いを込めて、姫様は町を綴じ込めたらしい。
全部、らしいという話。
根拠もない話だろ?
でも、俺たち地元民はそんな話を信じてる。
信じて、もしかしたら気づかないうちに閉じ込められているのかもしれない。俺たちはそれも受け入れて、此処にいる。この町で生きている。
はははっ。バカみたいだって笑ってくれてもいいぜ。
笑ったおまえらだって信じてるんだろ?
知ってるさ。
だって俺たち、友だちだもんな。
まあ、とにかく。桜ヶ原には神様がいないんで神隠しなんて起こるはずがない。隠そうとする神様がいないんじゃ話になんねぇだろ。
だから、怪異として人が消えるっていうのは他の怪異。つまり七不思議とかどっかのナニカが持っていった。そういうこと。
意外と人を喰う怪異は多い。
ただ、そういうのはすぐに噂になるんだよ。この町は広くはないから。
人だって喰われたくない。だから互いに危険だ! 危険だ! って叫んで回避しようとする。
普通だったらな。
俺は身近に起こっていたはずのこの「行方不明」を知らなかった。だって誰もそういう話、しなかったから。しなかったから、聞かなかった。
誰もそんな話、桜ヶ原にあるなんて話してないんだ。
俺とか友人Aの間だけだったらまだわかるよ。でも、他の人や、ましてや怪異オタクまで口を開かないなんてあるはずない。
だから、この「行方不明」は昔からあるものではない。
昔から桜ヶ原にいる怪異だったら誰かが口にしている。じゃあ、新しく此処で生まれた怪異か。それも違う。新しく生まれたにしては規模が大きすぎる。それだけの数を、俺はリストで目の当たりにした。
一体この「行方不明」は何なのか。
俺たちにはわからなかった。
まるで、外から入り込んだような未知の存在がいるようだった。
桜の姫様は町を綴じ込めた。外へ出ていかないように。そして、逆に外から入ってこられないように。
七不思議によって、綴じ込めた。
もし、七不思議の一つが崩れたら?
穴が開いたところからナニカが入り込んでいたら?
「どうなるんだ?」
こうなるんだよ。
時間はそう置かないで転機はやって来た。
行方不明者たちが発見された。発見、されたんだ。
場所は隣町との境。二つ山が向かい合っていた場所。今は一つしか残っていない山の、ふもと。何もなかったはずの場所だった。
周りには住宅地もない。それは本当に唐突で、偶然だった。
その日、誰かがたまたま近くを通りかかった。すると、どすんと響く音を聞いたというじゃないか。重い物が落ちる音だったらしい。それも一個や二個ではなく、連続して落ちてくるようだったという。
なんだなんだと音のした方へ足を向けてみれば、
「ひゃあ」
死体の山だったというわけだ。
死体遺棄なんて生易しい言葉じゃ言い表せないくらいの光景だったらしい。上のを退かしても退かしても次のが出てくる。
次第に出てくるものは服を被った骨になる。生きていた時と同じように服を羽織った、冷たい死に物。
ただ、どれも傷んではいなかったようだ。腐ってもいない、発酵してもいない、更には獣に肉を貪られた様子もない。
一体いつの間に積まれたのか。
もちろん、山の頂上には先日会ったばかりのあの警官だった物が乗せられていたそうだ。
「俺と会ったせいかな」
「みんな知り合いだったの?」
「そうだった」
「他の警官が確認してくれって」
多分、最期に会ったのが俺だと思うから。その理由で俺は遺体の確認に同行した。
確かに見たことのある服をみんな着ていた。どれも、知っている顔だった。
中には、行方不明とされていた同僚の教師もいた。
「俺じゃない」
「わかってる」
「俺がやったんじゃない」
「わかってる」
俺は泣いた。
友人の腕の中で哭いた。
どうしてもっと早く気づくことができなかったんだろう。
彼らから流れ出た血はからからに乾いていた。
彼らの命が絶えたのは、随分前だったんだ。それなのに、気づくのがこんなに遅れてしまった。
俺は遅刻常習犯。
なにも、こんな時まで遅刻しなくてもいいじゃないか。
俺はこの体質を恨んだ。
「結局、これは事件なの? それとも怪異なの?」
「神隠しって線はないのかよ」
「あり得ないでしょ」
俺は友人Aへ頻繁に連絡を入れるようになった。俺にとって一番身近なのはあいつだから。だから、今度こそ遅れないようにしたかった。
なくしたくなかった。
「事件っぽいんじゃないかって」
「っぽい?」
「変なんだってさ」
「急に出てきたこと?」
「それもあるけど」
屍体からはそれぞれ死因と死亡時刻が割り出された。骨になってしまい確認が困難なものは時期だけを。
身元は行方不明者のリストに全員一致した。どこの誰か判らない物はなかった。
死因もほとんどの人が特定された。ほとんどが事故と言ってもいいくらいの理由だったそうだ。溺死、骨折、出血、どれも「事故」として理由が立てられる。
検察官側で不思議がられているのは二つ。
一つ。死亡してから発見されるまでどこにあったのか。
二つ。死因とは別に、死体の背中には大きな手形がはっきりと残っていた。皮膚の状態が良いものから、その手形は同じもの。そう、判断された。
誰かが彼らの背中を押したのか。
背中を押した誰かが、彼らを今まで隠したのか。
後ろの正面だあれ。よく言ったもんだ。
俺は、見知った彼らの亡骸を見て回りながら思った。
背中にはっきりと残る手の跡は、彼らを死の縁へ押しやった。自分が命を刈り取らなくても、別の誰かが終わらせてくれる。そうとでも思ったんだろうか。
俺には、嗤いながら腕を前に突き出す誰かの背が見えるようだった。
うしろのしょうめん、だあれ。
こんなことするのは鬼くらいだろ。
俺は思った。
桜ヶ原にいる怪異っていうのは結構容赦がない。と、俺は思っている。
いや、外にある怪異が生易しいとかじゃなくてさ。知らんけど。
けど、大抵はすっぱりすっきり死にさらせ! みたいなのが多いって俺は思ってるんだ。そこら辺は俺のイメージなんだけどさ。
だから、この行方不明みたいにずるずる後を引く系の怪異なんて聞いたことなかった。単純に神隠しってのがあればこういうのだったかもしれないけど。
結局警察の方ではとりあえず「事件」と「事故」、おまけに「怪異」絡みでよくわからん。でも原因と死体山積みの現状を作った犯人はいるだろう。
ということで「怪異事件」って名前が付けられたようだった。
まさに謎。桜ヶ原ではよくあることだけど、まあそれでいいんじゃない?
俺は彼らが帰るべき場所に帰るまで、毎日警察署に通った。事件の可能性もあるってことで、なかなか死体は家に帰されなかったんだ。俺は毎日、彼らと会うために通った。
其処で、俺は紙の束を見つけた。学校で会った警官が持っていた行方不明者のリストだった。
「まさか自分がこれに載るなんて、思ってなかっただろうな」
おとなしくしていろと言った警官を思い出しながら、俺はそのリストを捲った。
今年、一年前、二年前、三年前。十六年前の物で終わっているリストの束。十六年前には数人だったのに、十五年前の物からにはずらりと名前が連なっている。明らかに、十五年前を境に何かあった。
その何かに気づけない。
全部終わって語ってる今だから言うけどさ。
俺も、友人Aも、七不思議についてそんなに大ごとに捉えてなかったんだ。七不思議の一つがなくなったからって世界は何も変わらない。人が一人消えたからって明日が来なくなるわけじゃない。
異星人がやって来ても、隕石が降ってきても。火山が噴火しても、津波が全部持っていっても。
ほら。なあんにも変わらない。
自分の明日が来なくなるかもしれないけど、地球の明日は来る。
自分ってそれっぽっちの存在なんだぜ。
そう、思ってた。
だから、この町の七不思議が与える影響っていうのに実感がなかったんだ。
七不思議の一つが曖昧になる。
七不思議のいくつめに穴が開く。欠ける。
そうなると?
どうなる?
突然変なことが起こる。
桜ヶ原では、七不思議が七つあることが当たり前なんだ。それが当然のことであって、普通のこと。
七つないってことが異常な事態なんだ。
十五年前、七不思議の一つが崩れた。崩れた、らしい。
この辺は俺の担当じゃないから詳しくは話せないな。砂時計の話は後に控えてる。
とにかく、一つが崩れたから異常なことになった。それが、今回の行方不明ってこと。
七不思議が揃ってることでこの怪異は押さえられていたんだ。七不思議がこれを牽制していたんだ。
あれ? どっかで聞いたな、こんなこと。
で、今になってその異常な怪異が揺らいでる。それって、七不思議が戻ってきてるってことじゃねえの?
本当だったらこの怪異は「行方不明」で終わるもんなんだろうな。だって、ずっと彼らは見つからなかったんだから。
揺らいだことで「行方不明」は「発見」されることになった。
さあ、我らが怪奇オタク殿。
遅刻常習犯である俺の推理、結構いい線いってるんじゃねえの?
俺は同級生の怪奇オタクへ連絡をした。
友人Aと連絡が取りづらくなっていたのに、俺は気づけなかった。
そんなときだった。俺の郵便受けに同窓会の案内が入っていたのは。
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