出席番号3・4番「引き戻す音」
俺の元後輩はいなくなった。
そして、その入籍したばかりの奥さんもいなくなった。
二人が経営していたコンビニは、今ある在庫の分だけは売り切って後は一旦休業するという形にした。
従業員たちは二人が戻ってくると信じている。
二人がそれだけ信頼されているということだ。
俺たちは二人のそれぞれの先輩だ。
二人は大事に大事にしていた後輩なんだ。
大事で可愛い後輩である。
待ってろよ、きっと助けてやるから。
ところで、話はかわるが一応言っておく。
俺たちはそういう専門じゃないから。
探偵とか霊祓師とかじゃないから。
ないけどさ。
明らかに今回のこれってあれだろ。
霊的案件。別名ホラー。
出来れば昔馴染みの寺の息子に見てもらうのがはやかったんだけど…ほら、お前だよ。
お前あの時ちょっと事情があって会えなかっただろ。
だから、これは俺たち二人でなんとかするしかなかったんだ。
まずは手近からということで…
不動産に行った。
コンビニの場所を貸していた不動産だ。
何も知らなかった。
そこの奴らは、本当にただ貸していただけだった。毎回、やけに早く返したがるなーと思う程度だったらしい。
そいつらは地元の、ここらの出身ではなく余所者だった。
とりあえず、間取り図だけぶんどってきた。
嫁さんが。
強い嫁さんを持って俺は幸せだze…
で、だ。
見取り図をじーーーっと見ると、一ヶ所だけ変な所があった。変な、空白。
そこがさ。
事務室
のパソコン
のちょうど真下
二人して言ったよ。
「これ、フラグだ」
店内放送はパソコンから流している。
まあ、実際は直接って訳でもないけどな。
でも店内放送が変だったんだから、まあ何かしら流してたパソコンにも~っていう安直な考えだ。
大体こういう場合は…
パソコンの真下の床が開く
→開いた
人が通れそうな空間が広がっている
→広がっている
行方不明中の二人の持ち物が落ちている
→男性の靴、キャラもののボールペン発見
何かが引き摺られた跡がある
→………ある。
多分さ。多分なんだけど。
二人ともここから引き摺られていったって考えるのが普通だよな。
あの時、隣にいる嫁さんがすっごく苦い顔していた。せっかく可愛い顔してるのに。
だが。ここで突撃をかます無謀な俺たちではありません。
事前調査は必要なのさ。
一旦開いた床をぱたんと閉じた。
俺たちは思い出す。調べてきたことを。
昔から経験してきたこの地元での体験を。
俺たちの地元は「桜ヶ原」という名前だ。
その名前の通り、桜にまつわる言い伝えとか伝承・怪談何てものがいくつもある。
実際に、俺たちはそのいくつもを体験している。
そうだろ?みんな。
たまたま?否。
俺も嫁さんも、そしてあの日同じ「約束」を交わしたお前たち仲間たちも。わかった上でその道を通ってきた。
通る道は選べないからな。
俺と嫁さんが選ばれた道がこれだっただけなんだ。
だから、今だって後悔はしていない。
でも、それに大切な後輩を巻き込むことは許さない。
さて、今回の「これ」もきっとその一つだろう。それっぽい話、あったっけ?
多分あれじゃない?
隣にいる嫁さんが目をしっかりと見て話し出す。
「死ねない桜」の話。
この地にあった数知れない桜の樹は、今では一本を残して姿を消した。
消えてしまった樹の中で一本だけ、中途半端な樹があった。
それが死ねない桜。
他の樹と同じようにその大木は切られ姿を消した
はずだった。
その樹のある場所は「たまたま」水がよく流れていて、根から水をひたすら吸収してしまう。
切っても切っても根っこが生きたままになり、死ねない状態で今でもどこかで生き続けている。
それだけだったらいいのだが。
その桜は貪欲だった。
豊かな水だけでは飽き足らず、肥料を欲した。
ゴハン ガ ホシイ
と。
その長い根を自在に操り、獲物をゆっくりと締め上げ、息が絶えたところでバラバラにして、根元に引きづり込んで、満足げに喰らい出したのだ。
その桜は。
慄(おのの)いた人々は、桜が満腹になって眠り始めた頃を見計らい埋めた。
というより、上に土やら石やら木材やらを被せ埋め立てたのだ。
桜が起きた頃には身動きが出来ない土の山の中。
それでも根は今だに水だけは吸い続けるので、死ぬことは出来ないままである。
これが「死ねない桜」の話ね。
たしか、小学校にあった地図の特別危険地域ってその辺りじゃなかった?
Oh,記憶力のいい嫁さんを持って得したYo…
じゃなかった。
その「特別危険地域」って一ヶ所だけじゃなかったか?
つまり…そこが一番ヤバイ所ってことだろ。
なんでそんな簡単に貸し出すんだよ、不動産。
伝承甘く見んな。
最近の不動産って手軽過ぎやしないか?
不動産に今更怒ってもしょうがないので、現実を見た。
その「死ねない桜」がそのコンビニの下にあったとして。
行方不明の人たちは桜のゴハンになったんだろうな。桜ごはんじゃないけど。
一回のゴハンにどれだけの時間と量が必要かはわからなかった。
けど、二人がまだ生きていると信じていたかったんだ。
そのまま直に突撃したら俺たちもゴハンになること間違いなし。
なんせ相手は「死ねない」んだからな。
なので、ここで俺たちがすべきことはあれだ。
直談判と交換条件。
ということで行ってきたわけだ。
さくら公園にある「最後の桜」姫のところへ。
はっきり言うとヤバかったわ。
よくあんなことしたなって思う。
「あのコンビニの下の桜、食い過ぎ。
俺たちの大事な後輩が持ってかれたんだけど、どうしてくれんの?
余所者だけど、地元の奴らにも優しかっただろ?
返せよ」
あの桜は答えれくれたよ。
「私の身内が迷惑をかけた。
あれには私も困っている。
確かに最近あれは食べ過ぎだ。だが、すぐに餌を返せと言っても返さないだろう。
代わりのものを差し出せば話は違ってくるだろうが」
「なら、ここに一つ代わりがあるぜ」
「二つ目もあるわよ」
俺達が代わりになるから、あの二人を返せ。
桜は了承したぜ。
ただ、俺たちは地元民だからと言って条件を出してきたけどな。
一つ。
自分たちで死ぬから、それまでは手を出させるな。死体は好きにしていい。
一つ。「約束」があるからしばらく時間を寄越せ。「約束」を守らなかったらそっちも困るだろ?
それからあいつらを迎えに行って、そのままじゃいけないから後処理して、時が来たら終わらせて、ここってわけだ。
あいつらのその後な。
桜ヶ原を出たすぐの所を借りてコンビニを移店させた。従業員もまるっと変更なしで納まったしよかったよ。
あの二人の人柄の良さが反映されたな。
そいつと最期に会った時さ。
本当にこんなにいい後輩が持てて幸せだなって思った。
のこせること、教えられることは全部やったと思う。
俺たちが小学生の頃に素晴らしい先生に出会えたように、そいつにとってもいい出会いだったと言ってもらえたら最高だ。
俺は本当に本当に
(ぽた)
幸福な人生だったよ。
そう言って笑いながら、俺は静かに目を閉じるのだった。
その子と最期に会った時ね。
本当にこんなにいい後輩が持てて幸せだなって思った。
この時の件で、あの二人の足首には消えないであろう桜の根にきつく絞められた跡が残っちゃった。私はそれが申し訳なくて、戻ってきたオーナーである彼に私たちが何をしたのかそっと教えてきた。
のこせること、教えられることは全部やったわ。
心残りがあるとすれば、そうね。あの子たちの子どもが見られないことかしらね。
実は…最期に会った時、その子妊娠していたの。
これからは三人で幸せになってね、って言ってきたわ。
私は本当に本当に
(ぽた)
幸福に溢れた人生だったわ。
そう言って笑いながら隣にいる旦那さまの手をぎゅっと握って、私は静かに目を閉じるのだった。
互いの手がほんの少し震えていたのには、気づかない振りをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます