第41話:意頼(いらい)

「助かったわ、明莉あかり

 結局、あたしの告白一度目を何故断ったかバラした優愛ゆあちゃんが白須賀しらすかくんの手に抱かれることはなかった。

「…大切な…優愛ちゃんでも…あたし以外に女の子を…触ってほしくなかったから…」


「さ、おいで」

 苦虫を噛み潰したような顔をして白須賀くんを見てたじろぐ優愛ちゃん。

「…やめて…白須賀くん…!」

「ここでやめさせたら、俺は嘘つきになるけどいいのかい?」

「…っ…!」

 言葉を失う。

 少し前に彼からあたしへの嫌がらせをした人の実名調査及び公表するかしないかの選択を迫られた時と同じく、彼を嘘つきにするかしないかを選ぶことになってしまった。

「…いい…あたし以外…女の子に…触ってほしくない…!」

 口から出た自分の言葉に、自分が一番驚いてしまった。

 でも言ったことは、ほぼ無意識のうちだった。

 ハッとなって思わず自分の口を両手で抑える。

「ふう、わかった。明莉が言うなら仕方ない。もうあの件は時効だ。今決めた」

 ホッと胸を撫で下ろす優愛ちゃん。

「それより明莉」

「…何…?」

「今、自然に『白須賀くん』って言えたよね?」

「…そういえば…」

「おお、言われてみればそうだったな」

「おーらお前ら席つけ」

 いつ鳴ったのか覚えてないチャイムを思い出せないまま、次の授業担当教師が号令を促す。


「…でも…あたしは…自分でびっくりしちゃった…」

「何が?」

「…いつの間にか…独占欲が…こんなにも…」

 無意識のうちに白須賀くんを独り占めしたい気持ちが芽生えていたことを自覚した瞬間だった。

「ふふ、やっと恋人として彼女らしくなったきたよ」

 微笑みを浮かべて優しい目線を向けてくる。

「…でも…こんな醜い気持ちを知られて…嫌われちゃったら…」

「俺は嬉しかったけどな」

「…しっ…白須賀くん…!」

「明莉の彼氏になってからというものの、実は少し物足りなかったんだ」

「…物足りない…?」

「ただ俺の後ろをついてくるだけで、人形のような感じというか、赤ん坊を相手にしているような、従順過ぎる気がした」

 それってダメなの?

「明莉の本心が見えないというのが悩みだったという意味だよ。勘違いしないで。ただ従順であればいいなら懐いた動物を愛でていれば済む話。けど恋人はそうじゃないだろ?」

 そうなの…かな?

「わがまま過ぎても困るけど、ちっとも波風が立たないのは、無理して抱え込んでしまっていると思うわけだ」

「そうそう。だから少しは明莉も自分の気持ちを出したほうがいいわよ」

 自分の気持ち…。

 そんなこと言われてもよくわからない。

 さっきだって思わず出た言葉だし、なんでそんなことを言ったのか未だにわからないでいる。

 ただイメージしたら、嫌だと思っただけ。

「考えないで、感じるんだ。いずれ分かるようになる」

 感じるってどういうこと?

「ピンとこない顔をしてるな。さっき俺が吹上さんを抱きしめようとした時にどう思った?」

「…嫌…だった…」

「だったら嫌だと言えばいい。感じるってのはそういうことだ。そう感じても言わずに抱え込まれる方が俺は困る」

 それじゃ、今思ってるこれも、感じるまま言えばいいの?

 いや、これはやっぱりはしたないと思われちゃう!

「明莉、今何を考えた?」

「…別に…何も…」

 白須賀が明莉の恥ずかしそうにするしぐさで何かを思い浮かべたことを悟ったことを、明莉は知らなかった。

「俺を困らせたいのか?」

 ふんふん

 あたしは首を横に振って答える。

「なら、教えてくれ。他の人に聞かれたくないなら耳元で囁いてくれ」

 言うべきか言わざるべきか迷ってから、思ったことを耳打ちした。

「ふむ、一日中二人で一緒にいたい。つまりデートしたいってことか」

「…い…言わないでよ…!恥ずかしい…!」

 顔が真っ赤になったあたしを、白須賀くんが頭をポンポンと撫でる。

「明莉、まともにデートしたのってもしかして初詣だけだったりする?しかも初詣は予定外の乱入だったし」

「…ううん…クリスマスの日も…」

「それじゃこれまで二回だけ?」

 その口調は変な何かを見た時のそれ。

 恋人同士って、もっとデートするものなの?

「安心したよ。ちっとも言い出さないから、明莉はあまりデートしたくないのかと思って誘い損ねていたところだったんだ」

 あたしは白須賀くんを見る。その目は柔らかで優しい。

「…そう…だったんだ…?」

「だったら、今度の日曜にどうかな?」

「…うん…行く…」

「やれやれ、本当にじれったいくらい進展がゆっくりね」

 白須賀くんはふと、優愛ちゃんに何か耳打ちする。

「えっ!?もうっ!?」

「…何を…言ったの…?」

 白須賀くんはあたしにも耳打ちした。

 クリスマスの夜にとても長いキスをしたこと。


 ボボボッ!!


「…そんなの…言わなくて…いいじゃない…」

 耳まで真っ赤になっている自分の顔を隠しながら抗議する。

「進展がゆっくりって言われて、少し対抗心がね」

「…だからって…」

「まさかその先まで行ってないでしょうね?」

「さすがにそっちはまだ早いよ。伝えたことにとどめたと断言する」


 この後、しばらく顔の火照りが収まらないままで授業を受けた。


「それで明莉、あれ本当にやらなきゃダメ?」

 昼休み。食事は優愛ちゃんとしている。

「…塔下先輩は…本当に鈍いらしいから…少しやりすぎでちょうどいいって…」

 今度はあたしじゃなくて優愛ちゃんの恋。

 白須賀くんにもらったアドバイスを優愛ちゃんに伝えている。

「はあ、なんでそこまで鈍い人を好きになっちゃったんだろう…」

 珍しく後悔の言葉をこぼす優愛ちゃんだけど、惚れた側の弱さというものが浮き彫りになっていた。

「かといって明莉の彼氏みたいに、いつも先回りして待ち構えてる人だったら頭にくるけど」

「よう、二人カ?」

 どっか、と優愛ちゃんの横に座ってきたのは司東くんだった。

「ちょっと、二人に断り無く割り込んじゃ失礼じゃない」

 司東くんの彼女が司東くんの行動を指摘する。

「それで、このままご一緒していいかしら?都合が悪いなら彼を連れて別の所へ行くことにするわ」

 横柄な司東くんと大局的な気遣いの言葉をかけてくれる彼女。

「いえ、わたしも二人とお話をしたかったところです。明莉は?」

「…別に…いいけど…」

「ありがとう。それじゃお邪魔するわね」

 あたしの隣に彼女さんが座る。

「にしてもあの公表は驚いたロ?」

「驚いたなんてもんじゃないわよ。何かを企んでることはわかったけど、まさかあんな形で公表と警告をするなんて」

「実は俺もアレに一枚噛んでてナ」

 持ってきた食事に手を付ける司東くん。

「でしょうね。幼馴染のあんたなら知ってると思ったわよ」

「それと、あいつは鐘ヶ江に嫌がらせが今も続いてると考えて、俺に協力を求めてきタ。彼女も手伝ってくれる予定だったがナ。そんな心配は杞憂に終わって何よりダ」

「うん。わたしもできる範囲のことをするつもりだったわよ。女同士の争いって結構厄介なものだから」

 あたしは、こんなにもたくさんの人に思われていたんだ。

 それも優愛ちゃん以外は全部白須賀くんの根回しなんだよね。

「で、どうせわたしの件も聞いてるんでしょ?」

「あぁ大体ナ。彼女も協力する気だけど、どうすル?」

「言いふらされたのは最低な気分よ。次の動きは決まったから、それでもダメそうならお願いするわ」

 さっきまであまり気が進まない様子だったけど、やることに決めたらしい。

「うまくいくといいわね。そうすればトリプルデートできるじゃない」

 司東くんの彼女が冗談めかして続ける。

「冗談。わたしは白須賀くんが嫌いよ。できれば一緒にいたくない。それは彼にも直接伝えてるから本人に吹き込まれても構わないわ」

「ヘッ。変わったなお前さんモ。あんだけ鐘ヶ江のことを気にかけてたのが、すっかり幼馴染離れできてんじゃんカ」

「悔しいけど、白須賀くんの思惑どおりになっちゃったわ。だから嫌いなのよ。あの人との出会いも仕組まれたんじゃないかと思えるくらいだわ。何故かあの人をよく知ってる相手だったし」

 ぷくっと頬を膨らませる優愛ちゃん。

「ははは、聞いてたとおりの反応だナ。坊主が憎けりゃ袈裟まで憎いと言わんばかりダ」

「わたしもあの人とは面識があるけど、確かにあの人は鈍いにも程があると思うわ。ストレートに伝えても『どうして?』と聞き返してきそうな気がする」

「やっぱり…自分の気持ちに無頓着な気はしてた」

「何か裏があることを嗅ぎ分けられる嗅覚だけはすげぇんだが、それが何かを見抜くのはすこぶる残念すぎる奴なんダ。おまけに熱中すると周りが見えなくなるから、のめりこませたくねえっつーカ」

 ということは、優愛ちゃんの目は確かだったみたい。

 でもよかった。

 あたしのせいでずっと優愛ちゃんを縛り付けてしまったけど、優愛ちゃんも自分の足で歩き出してる。

 これ以上、優愛ちゃんをあたしの都合で振り回したくない。

「はあ」

 優愛ちゃんがため息をつく

「でも、そのほうがまだいいわね。少なくとも誰かさんの彼氏よりは遥かに」

「こっちは手が空いてりゃ手伝ってやれるからヨ。いつでも声掛けてくれヤ」

 お互いに食べ進めながら話をしていたから、食器はすっかり空っぽになっている。

「邪魔したナ。それじゃ俺は彼女と過ごすから、そっちはそっちでゆっくりしてナ」

「おふたりとも、ご迷惑でなければまたご一緒させてくださいね」

 司東くんと彼女さんは席を立って、食器を片付けにカウンターへ向かう。

「あの二人はお似合い、と思ってたけどやっぱりもったいない気がするわね」

「…ちょっと…言い過ぎじゃ…?」

「明莉はそう思わない?」

「…少し…粗雑な彼氏と…丁寧な物腰の彼女…だから釣り合ってるのかも…」

「そういう考え方もあるわね」

「…自分にないものを…持ってるから惹かれるんだって…わかってるから…」

「もし進学前後、明莉が彼氏に全然構われなかったらどうなってたんだろう、と今更ながらに思うわよ」

 優愛ちゃんは食器を手に席を立つ。

 あたしも席を立って食器を片付けに行く。

「…そうだね…多分…今も話しかけるのさえ…憚られるくらいの距離…だと思う…」

「だろうね」

「…でも…そうなると…今もなお…優愛ちゃんはあたしに…つきっきりだったはず…」

 食器をカウンターに戻して食堂の出口に向かう。

「ほんと、世の中何が起こるかわからないわね。そういえばサッチとミキチーはまだ?」

「…うん…あの二人も白須賀くんのこと…想ってたみたいで…なかなか話しかけにくいというか…」

「女の友情ははかないものね。悲しいことに。でもわたしはいつまでも明莉の味方だからね」

「…それが…心強い…ありがとう…ところで準備は…進んでる…?」

 塔下先輩の件は、優愛ちゃんがやっとやる決意をしたようだった。

 司東くんたちが割り込んでくるまではまだ渋っていた様子なのに、二人に触発されたのか、やる気になっていた。

「まだこれからよ」

 あまり気が進まないように見えるけど、前に進む決意は見て取れた。

「…あたしにできることあったら…言ってね…」

「ありがとう。明梨」

 食堂を出て落ち着けるところを探してブラブラする。

「明梨はいいよね。彼の方から気にかけてくれて」

「…最初は…迷惑だったけど…」

「あの頃はわたしが気をもんでたよ。まさか付き合うところまで行くとは思わなかったわ」

「…あたしも…こうなるなんて…思わなかった…」

 あまり教室にはいたくない。

 白須賀くんと付き合ってることを知られてから、針のむしろにくるまれているような気分だから。

 もう全校に知られているから、どこにいても同じようなものだけど、あたしの顔を知らない人が多いから少しマシと言う程度。

 だから優愛ちゃんがいてくれるのはとても助かっている。

「ところで彼氏はどこ行ったの?」

「…さあ…」

「司東くんと一緒って線はないから…」

 優愛ちゃんがそのまま固まる。

「まさか!」

「…どうしたの…?」

「塔下先輩へ何か仕込みをしてるんじゃ!?」

「俺がどうした?」

 後ろからかかった声は

「…塔下先輩…こんにちは…」

「あ、何でもないです。白須賀くんを見かけませんでしたか?」

 平静を装って尋ねている。

「いや。今日は顔すら見てないが」

 白須賀くんが塔下先輩に会って例の仕込みしてる線はこれで消えた。

「それじゃ俺は卓球の昼練に行くから。じゃ」

 その後ろ姿を見送った。

「やっぱり、彼は話していて心地良いわね」

「…よくわからないけど…あたしは…うまく…いってほしい」

 どこへともなく足を進めて、渡り廊下の上層通路に出た。

「明梨、頼みたいことがあるわ」

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