深度6400kmの青春
詩一
約1km コロッケを食べる日常と陰謀論
超巨大ショベルカーがこの街に出現してもう24年が経つ。俺が生まれる10年も前から存在しているそいつがいったいなんのためにこの街の地面を掘り続けているのかはわからない。もしかしたら悪の組織の陰謀があるのかも知れないし、宇宙人の気まぐれなのかも知れない。
しかし今の俺には陰謀だとか気まぐれだとか、そんなことはどうでも良かった。少年野球の練習試合だった。9人しかいないうちのチームは、誰か一人でも遅刻したらその時点で試合終了だ。まあ、間に合ったところでボロ負けして試合終了なのは違いないんだけれど。
遠く向こうの方でせわしく動く超巨大ショベルカーのアームが朝日を反射する。その光に顔を
なんとか間に合って、9回を投げ切って、泥だらけになって帰路に就いた。ボロ負けが板についたのはいつの日からだったか。
気分転換にアーケードに寄ってコロッケでも買っていこう。腹が減って狂いそうだし。
「やあ、タツキ。お疲れ様」
自転車を引いて歩いていたら、リクが声を掛けて来た。メガネの奥の目は無邪気に笑っていやがる。
「疲れたぜ。お前が居ないから」
「またそれ言うんだ」
リクはポッキーを咥えながら呆れを含んだ笑みを零した。
「何度でも言うぜ。お前、なんで辞めちゃったの?」
肉屋のおばちゃんに100円を渡してコロッケを受け取った。
俺がコロッケを持ちにくそうにしていると、リクは自転車を代わりに引いてくれた。器用にポッキーを食べながら操っている。
「やりたいことが出来たんだ」
「それで、塾?」
リクがこくりと頷いた。目の横でマッシュボブが揺れる。
「塾に行って、頭良くなって、どうすんの?」
コロッケにかじりつく。はふっはふっとすると、白い蒸気が上がった。
「いい高校に行く」
俺たちは中学二年生だ。そういう進路のことを真剣に考えているってのは良いことなんだろう。でも進路を決めた奴が決まってない奴に対して、きっぱりと言っていいものじゃあない。心折れるから。
「いい高校に行って、それで?」
「いい大学に行く」
「それで?」
「学者になる」
初耳だった。一年生の夏の終わりに、なんか急に勉強し始めたなあとは思っていたけれど、そんな立派な夢を抱いていたなんて知らなかった。
「なんで?」
「超巨大ショベルカーを止めたいんだ」
「リクって陰謀論推奨派なのか」
「陰謀があるにせよないにせよ、このまま掘り続けたら危ないって、テレビで見ただろう?」
全長94m。全幅28m。全高30m。アームを限界まで伸ばしたときの高さは全長と同じ94m。そんなバカでかいショベルカーをいったい誰が用意したか、どんな目的があるのかと言うのは今もまだわかっていない。さらに言えば、ショベルカーそのものも現代の科学レベルでは解明出来ない代物なんだとか。素材もただの鉄と言うわけではなく、
「ポストペロブスカイト
とか言う良くわからん名前の物質で出来ているらしい。
「僕は学者になって、その素材の謎をあばく。出来れば破壊してしまいたいんだ」
この超巨大ショベルカーを壊そうと言う試みは何度かあったらしい。すぐそばに街があるから派手なことは出来ないが、小型爆弾や化学薬品の投下は耳にしたことがある。傷一つ付かなかったらしい。
「でも、壊したら悪いことが起きるかも知れないぜ?」
「そうかも知れない。けれど、実際あのショベルカーが出現してから、地震だって多くなったし、立ち退いた人も大勢いる」
超巨大ショベルカーは、愚直に掘り続けるだけの存在だ。人間に危害を加えようというような動きは一度もなかったらしい。出現した場所も人の居ない場所だった。だけど下に掘り続けると言うことは、同じく横にも作業範囲を広げていくと言うことだ。掘削作業自体が人の生活に大きな害を及ぼしていた。リクの家はギリギリ免れていたが、このまま掘り進められたら数年後には立ち退かなければいけなくなるだろう。かくいう俺はかなり安全圏だ。まあそれも10年後にはわからない。
「今の調子でいけば単純計算で60年後には深度30kmの上部マントルに辿り着くんだよ。そしたら溶岩が噴き出して、この街は終わりだ。と言うか、この街だけでは済まないだろうね。こんなめちゃくちゃな穴を開けたら、なにがどうなるかわからない。それに、あのショベルカーがマントルでも融けない素材だとしたら? 地球の核にまで辿り着くかもしれない。深度6400kmまで掘り続けたら、いったいどうなるんだろう。地球は終わるかも知れないよ。ほら、良いことなんて一つもない」
いつの間にか断定的な物言いになっている。
「良いことその一。なんにもなかったこの街の貴重な観光資源になってる」
「まあ、それはそうかもね」
「その二。お前が勉強に目覚めた」
「タツキって結構皮肉屋だよね。タツキは将来の夢はないの?」
「俺は正義のヒーローにでもなるわ」
リクは曖昧に笑うだけだ。なんだかバカにされているようにも思える。
そんな俺の気持ちも知らないで、リクはペダルに片足を掛けた状態で地面を蹴ってツイーッと前進した。
それにしても60年後か。74歳。生きているか死んでいるかもわからない年齢だ。特に長生きをしてなにかをしたいわけでもない俺にとって、死ぬにはちょうどいい年齢のようにも思える。
手の中ですっかり冷めてしまったコロッケを頬張った。油っぽくてしなっとした衣がボロボロと零れて袖の中に入っていった。だけどそんなもの、全然構いやしなかった。
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