35 甘い夢①
ヨワは夢を見た。カビっぽい小屋のにおいか、普段にはない人の気配が見せたのかもしれない。
夢の中のヨワはまだ小学校に通いはじめたばかりの子どもだった。薄暗い食卓を父ミギリと母シトネとヨワの三人で囲んでいた。その場にいるのは家族だけではなかった。数週間前ヨワを門前払いした執事と給仕の女性がふたり、壁際に佇みひとことも喋らず朝食風景を見守っていた。
ヨワの目の前に置かれた皿には甘く味つけされたたまご焼きに、パリパリのウインナー、レタスサラダが乗っていて、別の器にはジャガイモのスープと白いパンが盛りつけられていた。父と母は上品な所作で黙々と食べ物を口に運んでいた。
一通り状況を確認してヨワは、ああこれは夢だとわかった。試しにヨワは「お母さん」と今より幾分か高い声でシトネを呼んだ。すると母はにっこり微笑んで「なあに」とやさしく返した。新聞から顔を上げたミギリも「おかわりか? たくさん食べなさい」とやわらかな声をヨワにかけた。
「うそだ」
ヨワはあまりにも甘やかな夢に絶望した。ナイフとフォークが手から離れガシャンと音を立てた。
この頃、ヨワはもう両親といっしょに暮らしてはいなかった。壁際に人形のように立っている給仕の女性ふたりと別宅で毎朝ひとりきりの食事をとっていた。シトネが義理の妹のルルを身籠ったこと。それがきっかけだったように思う。両親の興味はあっさりヨワから離れた。まだ冷たい目で見下ろされたり、厳しい声で怒られていたりした日々のほうがましだった。
シトネはヨワに笑いかけない。ミギリはヨワを気遣うことはない。両親がヨワを見ることなんてない。家を住み分け、世話を他人に押しつけ、誕生日も新年の祝いも呼ばれなかった。
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