ストーム! ストーム! ストーム!

柚緒駆

第1話 グラン

 西アフリカ帝国の活動期間は実質二年。異星人ブノノクによる地球侵攻のドサクサに紛れてアフリカ大陸西部を支配した集団である。


 ブノノク侵攻直後から、その支配が完了し、自治惑星地球連邦が誕生するまでの二年間のみ国家を模した活動をしたものの、ブノノクにその存在を認められず、他の国家に州として自治権が与えられるのを横目に瓦解、反連邦組織を幾つか生み出して終了した。


 それらはそれぞれ子組織、孫組織を生み出しながら分裂を続け、そして自治惑星地球連邦誕生より二十八年後のいま、西アフリカ帝国の末裔とも呼ぶべき反連邦組織の一つ『濃紺の火蜥蜴サラマンダー』が、キリマンジャロ宇宙軍港に接近していた。




 夜の闇の中、博物館に並んでいてもおかしくないような古い四輪駆動車を十数台連ね、『濃紺の火蜥蜴』はサバンナを駆けていた。目的はブノノクによる支配の象徴、宇宙軍港の破壊。


 無論キリマンジャロの隣にもう一つキリマンジャロを置いたかの如き巨大な宇宙軍港の完全破壊は、この規模の軍勢では到底不可能である。


 だが、これまで大組織が幾つも宇宙軍港に挑み、なす術もなく退けられていることを鑑みれば、この小さな組織で壁に穴の一つでも開けられれば、その時点で勝ったも同然。


 それによって数多有る反連邦組織の中で確固たる名声を勝ち得る事こそ、彼らの真の目的なのだ。


 つまり最初からハードルの設定が低いのである。そのくらいならできる、その程度の戦力ならある、指揮官はそう考えていた。


 宇宙軍港からおよそ三キロの地点で、車列は一斉に停止する。


「グラン展開!」


 指揮官の号令を受けて各車から運転手を除く兵員が飛び降り、運転手がダッシュボードに設置されたレバー式スイッチを入れると、一瞬にして車体は霧状の物に包まれた。


 そしてその霧は自ら集まり、固まり、徐々に形を成して行く。三十秒後、霧の塊は金属板と化し、四輪駆動車はみな厚い装甲と戦車のような回転砲台を備えた戦闘車両へと姿を変えた。


 この霧状の物こそが、ブノノク最大の恩恵、万能マイクロマシン『グラン』――ブノノクの言葉で風を意味する――である。つまり四輪駆動車にグランで出来たガワを被せたハリボテ構造になっているのだが、これでも地球製の戦車砲を跳ね返す優れ物であった。


 続いて兵士たちは薄い胸当てのような物を身に着けた。そこには分電盤のようなスイッチが並んでいる。


 スイッチを順番に入れると兵士の周囲にも霧状の物が現れ、やがてそれは形を成した。ブリキ缶を重ねたような不恰好な鎧。グランで出来た鎧、グランアーマーである。


 恰好は悪いが、戦闘機のガトリング砲の直撃を受けても中の人間の安全を守れる強度を誇り、しかも身に着けた人間の筋力を五倍以上に増幅する事が可能な恐るべき個人装甲。


 もっとも闇ルートで手に入れた非正規品なので、デザインは古いし性能もカタログスペック通りには出ず、統合政府軍警察の装備に比べれば格段に見劣りするのだが、それでも反連邦勢力にとっては重要な、基幹となる戦力であった。


 そしてまたブノノクの与えた物でブノノクの象徴に傷をつけるという、ある種の皮肉も込められている。


 指揮官はグランの展開が終わった事を確認すると、再び号令を掛けた。


「前進!」


 そのとき闇夜のサバンナに突然、金管楽器の華々しいファンファーレが大音量で鳴り響いた。それが俗に『天裁のマーチ』と呼ばれる曲であると、気付いたものがいただろうか。


「上だ」


 指揮官の声に、ライトを持つ何人かが空を照らす。ハゲワシほどもある大きな鳥が旋回している。


 だがそれは本物の鳥ではない。機械仕掛けの鳥型ロボット。頭の部分に音響装置を取り付けた、通称『ラッパ鳥』。これを使うのは統合政府、しかも戦場にマーチを鳴らす者といえば、それは。


「我は自治惑星地球連邦統合政府直属、天裁六部衆が一人、せいぎょくのアルホプテス。テロリストどもに告ぐ、直ちに武装解除し投降せよ。もしくは死を選べ」


 青玉のアルホプテスなる者は、軽快なマーチをバックにそう怒鳴った。


 上空のラッパ鳥がサバンナの一点に向けてスポットライトを当てる。『濃紺の火蜥蜴』の車列から百メートルほど離れた場所。


 そこに立っていたのは大柄な白人の男。太い手足に太い腹、洋梨のような体型にもじゃもじゃの頭。男は右手を突き出した。

 人差し指と中指にリングが輝く。それを一瞬擦り合わせると、全身は鎧をまとった。

 霧になる瞬間など見えなかった。しかもブリキ缶とはほど遠い、SF映画に登場する宇宙服のような体にフィットした洗練されたデザインで、全身が青系統の色で統一されている。だがこれもグランアーマーである。


 統合政府の中でも天裁六部衆にのみ使用が許される、最新鋭にして最強のグランアーマー。噂には聞いていたが、指揮官が実物を見たのは初めてだった。


 それはそうだろう、これまでに天裁六部衆に出会った反連邦組織の人間は、逮捕されて矯正施設に送られるか、もしくは死ぬかの選択肢しかなかったのだから。


「撃て、全軍撃て!」


 号令一下、自動小銃が、対戦車ライフルが、そしてハリボテの戦闘車両の主砲が青玉のアルホプテスを狙って攻撃する。


 直撃に次ぐ直撃。けれど弾丸も砲弾も、あらゆる攻撃が弾き返される。


 アルホプテスはびくともしない。まるでそよ風にでも吹かれているかの如き風情で、軽く指を鳴らす。


 その瞬間、持ち主の身長を上回る長い柄と、人間一人分ほどもあるヘッドを持った巨大なハンマーがその手に現れた。


 アルホプテスは跳んだ。軽々と、しかも百メートルを一気に。


 着地と同時にハンマーを振るえば、戦車砲を跳ね返すはずの装甲がひしゃげて戦闘車両がひっくり返る。ブリキ缶のようなグランアーマーは潰れたトマトの缶詰の如く、真っ赤な中身を振りまいた。


 ハンマーの一閃ごとに銃声は減り、悲鳴が増え、やがてその悲鳴も減って行った。一方的な、あまりにも一方的な虐殺であった。




 異星人ブノノクが大船団を率いて突然地球に侵攻してきたのは、ちょうどいまから三十年前。


 しかしその際、地球側からの反撃らしい反撃は一度もなく、魔法と見紛うばかりの高次元なブノノクの技術力の前に、この惑星の軍事力はなす術もなく沈黙した。


 ブノノクの目的は太陽系内の資源採掘であり、地球にはその寄港地となる宇宙軍港の建設と、軍港および採掘船のメンテナンス要員を求めていた。


 ブノノクによる支配を行いやすいようにという理由で地球上のすべての国家の支配権を奪い、強制的に地球連邦を設立したりはしたものの、地球人を奴隷にしたり食糧にしたりといった古典SF的心配は全くの杞憂に終わった。


 その後ブノノクは友好的支配の対価として、マイクロマシン『グラン』の技術を地球人に公開し、その使用を認めた。


 グランは小さなナノサイズのパーツを組み合わせて作られた、最大幅五十マイクロメートルほどのマイクロマシンであるが、これを繋ぎ合せて作った板はタングステン鋼板を遥かに上回る強度を誇り、宇宙船の装甲としても使える強靭な素材となる。


 そしてこれを人体にまとわせてパワードスーツを作れば、いとも簡単に普通の人間を超人にする事ができた。


 ただし、ブノノクの示したそれを理解し自在に使えるようになるまでに、地球人類はアレクセイ・シュキーチン、ボブ・ホーリーという二人の天才の登場と、十年という時間を必要としたのだった。

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