化け物ライター、砂漠でキノコを見る。
オロボ46
砂漠にキノコ畑を目指して、臆病なライターは行く。本人が嫌がっても行く。
窓の外に移る景色は、雪景色ならぬ砂景色が広がっていた。
月が照らす砂景色は、雪景色とは違った美しさがある。
その月を、ホテルの窓からぼんやりと見ている女性がいた。
「月だからムーン、ルナ……うーん、やっぱりあんまり合わないかなあ」
その女性の身長は140cm、少しだけ小さい目以外は印象に残らない顔に、オレンジ色のワンピースとマフラーという服装、ショートボブの後ろでまとめられたオレンジ色のリボン。一見すると小学生にしか見えない。
「初めて記事を書いた時、ペンネームはなんとなく“リボン”って決めちゃったけど、いざ新しくペンネームを変えるのは難しいなあ……」
女性は窓から離れると、近くのベッドに寝転んだ。
その直後、ベッドの側の机に置いてあった、ふたつのスマホの内のひとつが振動した。
「あ、そういえば……“バンダナ”さんの新しい記事が公開される時間だったっけ」
女性が手を伸ばそうとすると、画面は着信画面に切り替わった。
「こんな時間に……誰だろう?」
緑色のアイコンをタッチして、耳元に当てる。
「はい……はい……え!?? 本当ですか!??」
その翌日。
太陽が砂を照らし、乾燥した熱気に包まれた街。
その街の一角で、スマホをウエストポーチから取り出す若者の姿があった。
「はい……あ、先輩、いつもお世話になっています……」
その背の高い若者は緑色のパーカーに動きやすいカーゴパンツ、髪は頭に巻かれたバンダナに隠れて見当たらない。一見すると男性らしい格好。しかしその顔つきは女性にも見える。
服の選択を間違えたのだろうか、少し暑そうにスマホを持つ手と反対の手で顔を仰いでいる。
「仕事ですか? 昨日執筆したばかりですけど……ギャラはどうなんです?」
電話の応対をしながら、周りを見渡す。すぐ近くに影になっている路地裏を発見し、スマホを耳に当てたままそこへ向かった。
「じょ……冗談じゃないですよ!!?」
その路地裏に、若者の悲鳴が響き渡った。
「確かに、よく変異体の事件をよく取り扱っていますよ!? でもそれは自分がたまたま巻き込まれただけで、自分から取材に行くなんてできませんよ!!」
必死になってはいるものの、その表情には怒りはなかった。日差しに当たっているときにはなかった汗が出ていることから、まるで恐れていることを理由づけて先延ばしにしようと必死になっているようだ。
「笑い事じゃないですよ!! え!? 助っ人を呼んでいるから大丈夫だって? それがなんになるんですか!?」
若者は訴え続けたものの、電話を終えるとその場に座り込んでしまった。
「なに考えてんの、先輩……変異体のいるウワサのある、キノコ畑を探せなんて……」
ウエストポーチにスマホをしまいながらため息をつく。そして頭をかかえてうつむこうとしたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……それにしても、あの先輩が言っていた助っ人ってどんな人だろう? その助っ人と一緒に取材したことは黙ってくれって言っていたけど、怖い人なのかな……合わなかったら、なんとか理由つけれてパスできるかも……」
その時、若者は路地裏の入り口から視線を感じた。
「……」
路地裏の入り口に立っていたのは、赤色のショルダーバッグを肩にかけ、マフラーを巻いて頭にリボンを付けた小さい女性だ。じっと見つめるその様子は、先ほどから観察していたようだ。
「……ど、どうも」
若者は愛想笑いでうなずき、ゆっくりと立ち上がった。そして、そのまま何事もなかったかのように、女性の横を通り抜けようとした。
「“バンダナ”さん、ですよね」
若者の背がその場でまっすぐになった。
「……えっと、よ、よくわかったね……」
「はい。あたし、バンダナさんの書く記事が大好きです」
“バンダナ”と呼ばれた若者はゆっくりと首を女性に向けて、まるで子供を見るような目で作り笑いをした。
「もしかして……サイン、欲しいの?」
「え!? サインくれるんですか!?」
女性の少し小さい目が輝き出すと、バンダナは安心したように息を吐いた。
「……まあ、いっか。その代わり、僕がここにいたってことは他の人には言わないでね?」
「はい! 他の人間には言いません!!」
女性が赤色のショルダーバッグから取り出した用紙を受け取ると、バンダナは胸ポケットから取り出したボールペンでその用紙にサインを書き始めた。
「そういえば、キミ、お父さんかお母さんは?」
ボールペンを動かしながらたずねる祖の様子は、警察の聞き込みのようにも見える。
「実家にまだいますよ」
「実家って……ひとり暮らしなの?」
「はい。どっちかっていうと、ひとり旅ですけどね」
「旅……すごいね、まだ小さいのに」
「小さいって言ったって、あたしはこれでも27歳ですよ」
少しだけ、バンダナは鼻で笑った。女性がおませな女の子と勘違いをしているのだろうか。
その反応に女性は一切反論せず、その用紙を指差した。
「……ちゃんと書いてますよ? その名刺に」
バンダナは眉をひそめると、恐る恐る名刺という名の用紙を裏返した。
「……化け物ライター……リボン……」
会いたくなかった人と会ってしまったと言わんばかりに、バンダナの顔が青ざめていく。
「はい。オカルト雑誌の……なんでしたっけ? 忘れてしまいましたが、そこの編集者さんから紹介されてきました。今日の取材、よろしくお願いしますね」
女性こと“リボン”はあいさつを済ましたが、バンダナの表情は固まったままだ。
「あの? だいじょうぶですか?」
リボンが手を振って、ようやく口が動いた。
「……ねえ、さっき、今日って言わなかった?」
「はい。ウワサの目的地への案内人の都合上、今日にしてほしいそうです。でも、バンダナさんとすぐに合流出来ましたし、問題はないですね」
「……何考えてんの……あの先輩……」
バンダナの首は、かっくりとうなだれた。
人々が行き交う歩道を、リボンとバンダナのふたりは歩いている。
もちろん、バンダナの顔は生気をとられたような表情をしている。
「この先に案内人がいるんですよ。彼女、ちょっと怪しく見えるかもしれませんが、あたしの知り合いなので信用できますよ……あの、バンダナさん……具合が悪いんですか?」
心配するようにリボンが顔をのぞき込むと、バンダナは何か思いついたように眉が上げた。一瞬だけ笑みを浮かべていたようにも見える。
「うん。風邪気味でね……どうやら取材にいくのは厳しそうだ」
「そうですか? あたしは風邪気味よりも熱中症のほうが信じますけど」
「……」
淡い期待が散っていくように、バンダナさんの眉が下がっていく。
「あ、昼の砂漠は暑いですけど、乾燥しているので影の中は暑くないんですよ。そのフードを被れば涼しくなります」
リボンはバンダナのパーカーのフードを上げようと手を伸ばす。そのフードをバンダナは力なく頭にかぶせた。
「……ねえ、えっと……リボンさん? キミは怖くないの?」
まもなく街の入り口付近にさしかかるころ、バンダナは疑問に思ったことをリボンにたずねてみた。
「怖いって、変異体ですか? はい。怖くないですよ」
「そうなんだ……えっと……先に言っておくけど、僕、変異体を見るとすぐに腰を抜かしちゃうから、多分、取材の邪魔になると思うよ……」
「知ってます。ただ、邪魔には全然なりませんよ。あたし、バンダナさんのファンですから、前から取材しているところを見てみたかったです」
「あれ、ほとんど取材なんて出来ていないんだけどね……ところで、リボンさんって、変異体の耐性があるの?」
「ありますよ。変異体って普通の人が見ると恐怖に襲われるって聞きましたけど、あたしは全然怖いって思ったことはないですね」
街の入り口には、【ラクダ乗り場】と書かれた看板があった。
その近くには数頭のラクダとその飼い主が立っている。
「あのラクダで目的の場所に行くの?」
バンダナがたずねるが、リボンは首を振った。
「いえ、案内人が所有するものに乗っていきます」
リボンは右を見ると、ラクダ乗り場から少し離れた場所に人影とラクダらしき生き物がいた。
人影がリボンの姿を見つけると、ラクダらしき生き物を連れて近づいてきた。
「よおリボン! 久しぶり!」
その人影はカジュアルな服装をした女性。その顔つきは、少し怪しいけども誰が見ても面倒を見てしまいそうだ。
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