第7話 思い

 どうしよう。

 かれこれ、朝起きてからずっと頭の中は一つの事を考えていた。

 頭に血が上っていたとはいえ、何も言わず帰ってしまった事を少し悔やんでいた。

 反省はしてる。

 まぁ、ただ、彼の事だから気にしてない可能性も大いにある。

 以前怒ったときは平気だったし。

 それでもちゃんと謝ろう。彼とはギクシャクした感じになりたくない。


 学校での一日の工程が終わる。

 教室の中が色めき立つ中、私は一人教室を抜け出す。



(まず、会って何を話そう)



 自然と進む歩は早くなり、図書室の前。

 その扉に手をかけた時。



「――――え?」



 開いてない。

 今まで開いていた扉が、今日に限って閉まったままだった。



「……嘘」



 扉を開けた。中は暗く、そこはもぬけの殻のように静かだった。

 入口横にある電灯のスイッチを入れる。

 室内は一瞬で明るくなった。けど、やはり彼の姿は何処にも無かった。

 部屋の中をぐるりと見て回る。けど、人の影も形もない。

 何故来てないのか理由は分からないけど、何かがあって遅れているだけだろう。


 きっと、そうに違いない。



 席の近くに鞄を置いて、本を取り出し、手に取り読む。

 しん、と静まり返った室内。改めて、この室内がこんなにも広いと感じさせられた。

 隣に一人いるといないでは、こんなにも違うものだと。

 不意に入口の扉が開いた。



「柳君!」



 入ってきたのは先生だった。声に驚いたのか、一瞬身が大きく震える。

 私の方を一瞬見た後、何をするわけでも無く帰っていく。

 見回りでもしに来たのだろう。

 気付けば、私はテーブルから身を乗り出す勢いで立ち上がっているのに気付く。

 ただ、扉が開いただけだというのに、私は喜び舞い上がっていた。

 がらんどうの図書室で時間だけが進んでいく。

 本をめくることすらいつの間にか私は放棄していた。


 ただ、ずっと待っていた。


 結局、その日彼が来ることは無かった。






 ♦♦     ♦♦




 今日も、ダメだった。




 扉は隙間なく、しっかりと閉まっていた。

 中に入ると、昔と同じ光景が私の眼に飛び込んでくる。


 彼はきっと飽きたのだろう。


 思えば彼が来ていたのは自主的なもので、私とは友達の関係ぐらいだった。

 私は何を勝手に期待して、彼に何を期待していたのか。

 今思えばバカだ。

 呆れるくらいの大バカだ。

 あの時の行動が原因なのか、それとも別の夢中になれる何かを見つけたのか。


 今となっては何も分からない。


 ただ、分かることはまた一人の世界になってしまった事だけ。



 棚にある本を手に取り――戻した。

 何もやる気が起きない。

 椅子に座って、机に腕を投げ出す。

 何をするわけでも無く、ただ机に突っ伏していた。



 そうしていると、段々眠気が私に襲い掛かる。

 彼もそういえばよく寝ていた。

 朦朧としてきた意識に私は逆らうことなく、その眠気に身を委ねた。





 どのぐらい経ったのか、寝てたのか分からない。

 ただ、分かることは私の手が暖かい。誰かが私の手を握っている。



 ――誰かが、いる。



 ほんの少し、目を開ける。

 霞んだ視界にそれが見えると、誰なのか直ぐに分かった。

 本を読みながら、私の手をそっと握ってくれていた。




 ――――ああ、そういう事なんだ。



 彼の気持ちが分かった気がした。

 近くに居る。ただ、それだけの事でこんなにも嬉しく、心が安らぐ。

 それはこの場所でしか得られない幸福感。



 手から伝わる感触は、ずっと身近に彼を感じられる。

 少し。ほんの少し強く手を握ってみた。

 彼も、私の手をほんの少し強く握り返してくれた。



 目を覚ませばきっとこの時間は終わるだろう。

 だから、もう少しだけこの一時いっときを私は感じることにした。




 気付いた。


 いや、もう前から気付いていたのかもしれない。

 どうしようもないぐらい、彼の事が好きなんだと。

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