第10話 トレイン・シャーク

――どうして。どうしてどうしてどうして。


 せっかく力を得たのに、こんな結末はあんまりだ。あまりにも惨めだ。


「はは、はははは」


 真帆の口から、笑いが漏れた。相棒のサメは死に、最後の賭けには失敗した。手元に武器はない。


 ――いや、まだ私には仲間がいる。


「そうね、私はもう負け……でもあんたたちが勝ったわけじゃない。この列車はなのよ!」


 言うが早いか、ゼーニッツの居合斬りが、一瞬の内に真帆の首を飛ばした。首を失った真帆の体は崩れ落ちて灰と化し、胴から離れた頭もまた灰となった。

 半端者シャーク・ヒューマンには死体が残らない。彼らは死ねば灰となって散り失せる定めである。


 その時、凪義のスマホが振動した。電話の発信者は射地助である。


「そろそろだろうと思っていた。射地助、見えるものの様子を教えてほしい」

「おい、電車からサメの頭が生えてんのが走ってんぞ。もしかして凪義たちが乗ってるヤツか!?」


 この時、射地助は先回りしていて、線路沿いにある木造小屋の屋根に陣取り凪義たちの乗る車両を待っていた。凪義が真帆に語った「船に乗りそびれて一日遅れる」という情報は虚偽だったのである。

 射地助が見たのは、電車の先頭から大きなサメの頭が生えた、奇妙極まるものであった。まるで冗談のようなそれは、普通の電車のように線路の上を走っている。


「なるほど、列車鮫トレイン・シャークというわけか」


 この時、凪義は師匠に聞いた話を思い出した。なんでも、ウズベキスタンの首都タシュケントで、路面電車トラムと融合したサメが人を襲ったという事例があるそうなのだ。信じられないことだが、どうやら軍まで出動する規模の騒動であったらしい。

 凪義たちのいる車内からは、サメの頭は見えない。けれどもこの列車が普通でないことは、各停しかない路線にも関わらず一度も駅に停車していないことから分かる。


 凪義たちは、列車に乗り込んだ時点ですでに敵の罠にかかっていたのだ。


「僕らではどうにもできない相手だ。射地助、決着をつけられるのはキミしかいない」

「おうよ、任せとけ」


 凪義は射地助との通話を終えると、ゼーニッツを伴って最初に座った車両へと向かった。その車両は連結部の扉がダイナマイトで爆破済みであるため、そこから脱出しようという算段であった。


 その時である。突如、天井から

 その頭は、ゼーニッツを狙って食らいついたが、彼は間一髪で身をかがめそれを避けた。

 

 見ると、天井や壁、床のあちこちから、サメの頭が生えていた。さながらもぐらたたきのように生やされたサメ頭は、物欲しそうに凪義やゼーニッツの方を向いている。迂闊に通れば噛みつかれかねない。


「これが列車鮫の能力か……押し通るぞ!」


 凪義が走り出し、ゼーニッツもそれに続いた。その行く手を阻むように、サメ頭が生えて食らいつこうとしてくる。凪義はチェーンソーを振るい、障害物となるサメ頭を切って切って切りまくった。

 だが、物量作戦とばかりに、サメ頭は尚も生えてくる。進みながらそれらを切り飛ばしていく凪義であったが、流石に埒が明かない。

 だがその時、ゼーニッツが刀を抜き、一瞬の内に周囲のサメ頭を全て切り捨てた。彼はまだ眠っており、サメ頭の襲撃を察知し攻撃を仕掛けたのである。


 そうしてとうとう、目的の車両まで到達した。しかし、カバンの前には天井やら座席やら床やらと、あちこちから生えたサメ頭が立ち塞がった。


「鮫の呼吸、弐ノえら! 鮫竜巻」


 凪義は右足を軸に、体を回転させながらチェーンソーを振るった。長い黒髪を靡かせながらくるくると回る凪義。それは、サメ頭にとって死の舞踏であった。凪義の回転は竜巻のように渦を巻き、サメの頭を切り飛ばしていく。あっという間に、二人の邪魔となるサメ頭は排除されてしまった。


「さて……後は脱出するだけだ」


 車両の後方には、爆発によって穴が開いていた。凪義とゼーニッツは座席に置きっぱなしであった肩掛けカバンをひっ掴むと、穴から飛び降り、無事車両を脱することができた。


「さて、射地助……後は頼んだ」


 


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