降下してから二日。

 この日も俺たちの中隊は、昼なお暗く陽が登っても肌寒い中央大山脈の裾野に広がる大樹海を、それこそ幽鬼の様に進んでいた。

 露払いに二十九名の偵察小隊を先行させ、機関銃や迫撃砲なんかの重装備で足の遅い(あくまでも比較的、て程度だが)火器小隊を真ん中に挟み、前後を三つの小銃小隊で固める。

 各小隊は充分に間隔を取った一列横隊になり、不意の銃撃や砲撃に備え、極力気配を殺し、辺りに視線を飛ばし、耳を済ませ、感覚を研ぎ済まして進む。

 一応、この辺りの森は帝国の勢力範囲だが、チレジ村を焼いた土匪が属するオレコ族の居住地域でもあり油断も隙も微塵も無い。

 どこから鉄砲玉がすっ飛んできても不思議じゃないし、足元や頭の上にどんな恐ろしい仕掛けがしているかもわからねぇ。

 ただ幸いなのは、去年の暮れから制空権は完全に帝国軍が抑えていて、無線で呼べばすぐさま戦闘爆撃機や飛行戦闘艦が爆弾やら砲弾を雨あられと叩き込んでくれる点だ。

 この事だけでも随分指揮官としては気が楽な訳だが、無線手が狙撃でぶち殺されたり、チレジ村の時みたいに助けを呼ぶ間もなく砲撃でボコボコにやられれば航空支援も意味が無くなる。

 やはり油断は大敵。だ。

 一二三〇、最初の目的地まであと五 キロという所にまで迫ったので、偵察小隊の内一個分隊だけを前進させ残りの部隊は前進を止め、小休止をさせることにした。

 一応、簡易な防御陣形を取る。

 底の浅い雨樋のような谷を進んでいたので左右の尾根に機関銃分隊と中心とした部隊を配し見張りと防御につかせ、谷の底に迫撃砲分隊を置いて支援体制を取らせる。

 その周りで他の部隊に円陣を組ませ休息させ、食事を摂らせた。

 今日のお昼の献立は、炒った木の実と調味料を混ぜ込み、木の葉で包んで蒸したもち米のちまきに、同じく木の葉に包んだ鶏肉の煮しめ。

 因みに今日のお昼と言ってはみたが、実は初日の朝も昼も夜も今朝も同じものを食ってる。当然、今日の夜もだ。

 つまり、早い話この作戦中、って言うかこの地域に居る限り野戦に出れば食うものはこれしか無い。

 とは言え、油分の多い木の実と甘辛く味付けしたもち米のちまきは腹持ち日持ち共に良く、俺たちが通称『鶏の泥んこ煮』と呼ぶ煮しめも少々の日数を経ても十分に食え、その上塩味と麹と香辛料が効いていて味も悪くない。

 更に言うなら、陸軍の正式携帯口糧は過剰包装も良い所でゴミの始末に悩まされるが、コイツから出るゴミと言えば包んでいた葉っぱと食った後に出る糞位なものというのも魅力だ。

 俺たちみたいな忍びの者に打ってつけな飯をモソモソ喰らい、ベトつく指を舐め舐めしつつ、居眠りたいのを我慢して中隊長の威厳を保つため、地図を睨んで思案しているふりをしていると、音もなくリ・ウォンが傍に寄って来た。

 整えたような眉、切れ長の目に綺麗に通った鼻筋、紅を差せば相当色っぽそうな口元を持つ、俺より十歳下の眉目秀麗な青年将校。

 この役者の様な人相風体を見れば、まさかガキの頃は世を拗ねてワルをやっていたとはだれも思うめぇ。その証拠に迷彩上衣を脱げばその下の鍛え上げられた体には、無数の傷跡としゃれこうべに乗っかり、翼を広げた鷲の刺青が背中一面に彫られてる様がコンニチワするはずだ。


「バチャンの連中、相当いきり立ってますね。先任のモレン曹長が何とか宥めるって言ってますが、オレコの奴らの姿を見たらどうなるかイマイチ保障できかねるって感じです」


 と、上手く他の連中に聞こえない様な声で囁いてくる。


「そこを抑えるのが俺たち将校団の仕事って訳よ。一応方面軍司令部からの交戦規程ではぶっ殺していいのは土匪だけ、非戦闘員は協力者であってもガラ(身柄)を抑えて後送しろってお達しだ」


 そう答えてやるが、リ・ウォンは頭を振って。


「チレジ村じゃ、オレコの連中は相当えげつないことやらかしましたからね、そんな体面を繕うだけのお達し、恨み骨髄なバチャンの奴等が聞いてくれるかどうか・・・・・・」

「そんなの、百も承知の助さ、そもそも農耕民のバチャンと牧畜林業のオレコ、土地と水源を巡っての千年越しの怨讐の彼方って奴よ。どっちもどっち、こっちもそっちもさ、勝手な事しだしたら殴ってでもめるしかあるめぇよ」


 そい言いつつ地図を畳む。

 確かに、バチャンとオレコは俺たち北方人種が来る以前からいがみ合ってた間柄だ。

 しかし、棚田を拓いて暮らす農耕民であるバチャンを優遇し、有望な地下資源の鉱床の上で暮らすオレコと圧迫するように仕向けて来たのは帝国で、その恨みを利用して反乱をけしかけたのは同盟なわけで、互いの対立を和解不能な段階まで燃え滾らせたのはそもそも論、北方大陸からの侵略者である北方人種。

 勝手な時に焚き付けて、また勝手な時には火消しに掛かる。

 ま、いい加減人でなしの話だ。

 俺の答えにならない様な答えにリ・ウォンは寂し気な苦笑で頬をゆがませ。


「ま、幸い人ったらしのあなたのお陰でバチャンの連中も一定は言う事を聞いてくれるでしょうが、万が一と成ったら腹括りましょうよ」

「腹括るってどっちの方向だ?バチャンの連中に後ろから撃たれるか?みんなで仲良く軍法会議か?」


 リが口を開きかけた時、手元の携帯無線機が雑音交じりで『オオカミマルイチ、オオカミマルイチ。こちらオオカミマルナナ、送れ』

 先行していた偵察分隊からだ。

 無線を取り応じる「オオカミマルナナ、こちらオオカミマルチ、送れ」


『村落を発見し五百 メートル付近に到着。座標及び航空写真との比較から当該集落に間違いありません、送れ』

「オオカミマルイチ了解、そっから確認できる範囲で構わん、村の状況を報告しろ、送れ」

『戸数は航空写真の通り、百戸ないし百二十戸、結構な規模の集落です。ただし目視できる範囲では家の外にいるのは女子供ばかりで男は見当たりません』


 無線が鳴るのを聞きつけた中隊本部付の情報担当将校、チャン少尉が四角い顎を扱きつつ。


「男が居ない、ですか。山仕事に出たか?出撃中か?」

「乗り込んでゆくなら今が好機ですな、反撃の心配がない」


 そう先任伍長のモレン曹長。華奢なバチャン族の中では大柄な方で、愛用の得物も空挺小銃や下士官銃サブマシンガンではなく散弾をぶちまける塹壕銃だ。

 俺は偵察分隊にその場で待機するよう命じると。


「よっしゃ、リ・ウォンよ、村を検索する手順を説明する。全小隊長を集めてくれ」

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