第32話 7-1

「お集まりの皆さん、お時間となりましたので、説明を始めさせていただきます」

 江住はセールスマンとして各戸へ訪問するときと同じように、丁寧な口調で切り出した。

「えー、この度、日本を舞台に十名の方にSカードが渡るようにしました。ちょうど二十四時間前、最後の十人目の方がSカードの回数上限を使い切り、結果が出揃い、こうして皆さんに集まってもらった次第です。まあ実際にはイレギュラーな、盲点を突くような使い方をされた人が出ましたので、そういった方には適当なところで上限に達したと切り上げさせてもらいました、あしからず。

 さて、お集まりいただいた皆さん、人数を数えますと、六名おられますね。残りの四名の方々は、来られる必要がないので呼んでおりません。では何が違うのか。どうして皆さん方は呼ばれたのかと言いますと、Sカードの権利を使い切った時点で元の時代に戻れず時空の狭間を漂ったり、命を落としたり、あるいは人生が変わるレベルの大けがを負ったりと、そのような大変な目に遭われた方達です。より分かり易く言いますと、人としての肉体はなく、意識だけ、になっていますが」

 聞いていた六人の内の一人、時任舞子ときとうまいこは首を傾げた。

(肉体、あるように見えるんだけど。ほら、こうして両手をこすり合わせることできるし、床に立ってるし。幽霊的な存在になったのなら、床を突き抜けちゃうと思うんだよね)

 納得の行く理由は見付けられていなかったが、江住の話は続いている。とりあえずそちらに意識を集中せねば。

「そのような目に遭われた方のみお呼びしたのには、理由があります。我が社の製品にて利用者各位が不幸な結末に至ったのは非常に心苦しく、当方の責任ではないとは言え、忸怩たる思いを抱えております。せめてもの救済策として、六名の方の中からお一人だけですが、元の状態に戻れるように尽力しましょうという、そういうお話を持って参りました」

 六人は沸き立ち、少し不満の声も漏れた。

「一人だけ?」

 若そうな男性の声が聞いた。江住はそちらの方を見やるでもなく、にこやかな笑みと腰の低い態度を崩さずに応じる。

「さようでございます。こう申しては何なのですが、お一人分の枠を用意するだけでも大変でして。集まった人数が百だの千だのといった規模になってきますと、その比率に応じて枠も増やせるんですが、確率はほとんど一緒、変わりません。ご安心をとは言えませんが、公平平等であることは保証いたします。

 なお、戻れた場合、Sカードに関する一切の記憶はなくなります。また、皆様方が以前にSカードを用いてなしたすべてのことは無効となります。そうしなければ、元通りとはなりませんので。

 ここまで話をお聞きになって、戻れる一人をどうやって決めるのか、気になるでしょうね。このあと説明いたしますが、その前に一つだけ、一部の方に意思確認をしなければなりませんのでお時間を取らせていただきます。

 一部というのは、Sカード使用の結果、命を落としたり、元の時代に戻れなくなったりこそしなかったものの、大きな怪我を負い、後遺症が残り続ける方です。そのような方にとっても、元の状態に戻れるというのは魅力的なご提案になっているものと信じますが、このあと説明する勝負に敗退した場合、命を失うことになりますので……リスクを負うご覚悟を問いたいと思います――時任舞子さん」

 名前を呼ばれた瞬間、思い出し、理解した。自分は今、ベッドで寝たきり、色んな管をつながれて生きていることを。意識すらほとんど戻っていないはずだ。

 そして、今この場での「肉体はなく、意識だけ」とはどういう状況なのか、実感できた。

「時任さん?」

「ごめん、ぼーっとしてた。ここに連れて来られる前に、私の身体を見下ろしたのを思い出したわ。あれってどう見てもよくなりそうにないんだけど。もしこの機会を断ったら、数日の内に息を引き取りそう」

「その辺りのことは私、お答えできませんので。現在ある材料のみでご判断願います」

「え、その前にもう一つだけ。勝負に負けて死んだあとはどんな感じ? 今みたいに身体と意識があるのを感じられて、おしゃべりできるんだったらそれも悪くはないなーって思う」

「まさか」

 ぷ、と噴き出し、さらに苦笑を浮かべる江住。じきに表情を引き締める。

「失礼をしました。死後もこのように活動できるのでしたら、死の意味がございませんでしょう。死とは、今の状況とはまったくの別物であるとだけお答えしておきます。さあ、他の方をあまりお待たせするのもあれですので、お早めに決断を下していただけると助かります」

「そうね。やるわ。あんなベッドの上で意識もなく、たとえ長く生きられても私にとっては意味がないし、家族に迷惑掛けるだろうし」

「ご決断、ありがとうございます。それは早速、次の段階に進ませていただきます」

 江住は急に気取った仕種で指を鳴らすと、空間に大きな垂れ幕のような物が掛かった。ちょっと目を凝らすと、白い布か何かに黒く文字が書かれているのが分かる。

「ルールを含め、勝負事の内容はここに日本語で書いてある通りになります。平易に記述したつもりですが、分からない点があればご質問ください。熟読されることをおすすめします」

 言われるがまま、前に進み出る時任。他の参加者も同じようにした。そのためか、これまで判然としなかった姿形が、お互い認識できるようになる。制服を着た高校生と思しき男女二人(と言っても知り合いでないのは明白だった)に、二十代半ばに見えるスーツ姿の男、同年代の女は対照的に赤の派手なパーティドレスを身につけている。時任自身を含めて比較的若い世代が多い用だが、一人だけ、白髪混じりの、いや白髪に黒い物が混じった頭をした眼鏡の男性がいる。白衣をまとっているところから、医者か教師のように見えた。

(みんなの格好は、死んだり、戻れなくなったときに来ていた服なんだろうな。私も確かそうだった)

 些末なことを考えた時任は、かぶりを振って今すべきことに集中する。布に書かれたルールの熟読だ。


 続く

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