Sカード

小石原淳

第0話 0-1

 あなたは朝十時の開館を目安に、ご無沙汰していた図書館に足を運んだ。

 完全リニューアルされているのに気付き、テンションがちょっと上がる。太陽の光に顔をしかめつつも見上げると、建物そのものは前と変わっていない。が、一歩中に入ってみると、内装がきれいになったのはもちろんのこと、できる限り光を採り入れ、明るい雰囲気を醸し出している。さらに昨今の情勢を鑑みてのことだろう、風通しもよい。

 二階へ行き、自動ドアをくぐって書架やカウンターなどのあるスペースに入った。すると、出入り口のところに係の人が立っている。これまでと違うので、やや戸惑うあなたに対し、その女性はマスク着用を確認し、手に消毒液をスプレーし、機械を使って体温のチェックをしてくれた。

 さらに万が一にも来館者の中に感染した人が出た場合に備えての対策として、貸出カードの読み取りを求められた。これにより利用者の来館時刻を把握し、感染の恐れがある場合は電話などで伝えてくれるシステムらしい。

 あなたは貸出カードを出し、渡そうとする。けれども係の女性は一目見ただけで、「旧型ですね。お手数ですが、カウンターで申請していただいて、新規の物に切り替えてもらえますか」と淀みのない調子で告げてきた。マスク越しでも笑みが見えるかのような爽やかさだ。

「分かりました、久しぶりに来たもので」

 何故だか言い訳がましく言ってしまってから、「カードを新しくしてからまたここに戻ればいいので?」と尋ねてみるあなた。

「いえ、今回はこちらに手書きでお願いします」

 訪問時間帯の印刷された横長の用紙に名前の記入を求められたので応じる。これなら今日、本を借りない場合は、カードを新しくしなくてもいいのかなと思ったけど、後々のことを考えて作っておこうと決める。

 カウンターに向かい、三つある内の一番手前の窓口に立つ。少し離れた壁際で作業をしていた年配の女性が小走りで来てくれた。

「カードを新しくしたいのですが」

「それならあちらの台の上に申請用紙がありますので、それにご記入してからもう一度お越しください」

 走って損をしたと言いたげなとげとげした口調に、いらっと来た。でもこれくらいは日常茶飯事、スルーする。台に向かい、該当の用紙を取ると手早く必要事項を書き込んでいく。用紙は宅配便の伝票のように何枚か重ねた物になっていて、部分的に厚みもあった。よく見ると、その厚みのある部分が新・貸出カードそのものらしい。署名の二度手間を省くということかと納得し、あなたはサインした。

 改めてカウンターに立ち、先ほどと同じ職員に提出。身元確認のできる物の提示を求められるのかと思ったが、旧型カードの情報があるからいいらしい。見せて確認が終わると、旧カードはそのまま返納扱いになった。

 ベテランと思しき女性職員は、新カードを書類から手早く取り外すと、ラミネートプレスする機械に通す。あっという間にできあがり。受け取るとほのかに温かい気がした。

「はいどうぞ。滞在時間はなるべく短めにお願いします。一時間を超えてご滞在を確認し、そのときの利用者数が密な場合は、お声を掛けさせていただくことがありますので、ご了承ください」

「分かりました」

 あなたが図書館を訪れたのは暇つぶしのできる本を探すためであり、特にこれと決めたお目当てがある訳ではない。とりあえず小説にしようかな、ぐらいは考えている。できればまだ誰も知らないようなお話がいい。

 カウンターを離れて開架スペースに向かう途中、新着本などが目立つよう置いてあるエリアがある。その中に、地元出身の人が出した本が占める一画が用意されていた。

 著名人だけでなく、まったくの素人が自費出版した物も対等に並べてある。いつもならよほどのことがない限り素通りするところだが、今日はちょっと違った。“過去や未来に行き来できても今より幸せになるとは限らない”というキャッチフレーズが目に留まったのだ。前日、アンソロジータイプのドラマをテレビで観たのだが、その中で時間物と呼ばれる作品の出来がよかったのが頭に残っていたらしい。あなたはそう自己分析しつつ、その本を手に取った。

 自費出版本で、シンプルな単色の表紙。とてもじゃないが普通は気にも留めないだろう。ページを開いて目次を見てもサブタイトルがある訳でなし、あらすじも見当たらない。キャッチフレーズはそれを記した帯が付いていたのではなく、手作りのポップに書かれていたもの。大方、作者にはこの図書館員の誰かと親しい仲なのだろう。

 あなたは迷いつつも、まずは一冊のつもりでその本をキープすることにした。誰も知らないお話は言い過ぎになるが、ほぼ世に知られていないのは間違いない。あなたは外れを覚悟で、ちょっと読んでみることにする。

 流行病のせいで机は使用禁止、椅子がぱらぱらと壁際に散見される。その一つにあなたは腰掛け、キープした自費出版本を読み始めた。

 タイトルは『スキップ・カード』。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る