第14話 3-3
「一回目は欲を出さないで、確認だけでいいんじゃね? 確認しないことには捕らぬ狸の皮算用ってやつで、空しいばかり」
「それもそうかな。ま、余裕があれば有意義に思える何かをしておくってことにしとこ。あとはどんなことをすれば、ガーくんへの証明になるのか、だけど」
「僕が指定していいのなら、一つ浮かんだんだがどうだろう」
「いいよ。無茶な要求じゃない限り、ガーくんの言う通りにする」
「それなら」
僕は少し前に思い付いた、ある物を持ってくるよう提案してみた。
「時間は今日の午前二時ぐらいなら大丈夫のはずだ。僕の家の玄関から、これの右の分だけ持って来て」
僕は座ったまま身体を少しずらし、テーブルの下から足を出した。履いている青いスニーカーを指差す。
「あ、うちの玄関、明確に思い浮かべられるか?」
「大丈夫。何度か寄せてもらったからね。ただ、常夜灯があるだけで暗いんだろ? 右と左を間違えるかもしれない」
「それくらいはいいさ。深夜にシュウがこの靴の片方を持って行ってしまったとしたら、僕はここへ違う靴を履いてきたか、いきなりこの靴が消えるかのどちらかになると期待している」
「どっちだと思う?」
「ん? どっちかと言われると」
依然として本気にしていない僕は、そこまで考えていなかった。
「理屈から言って、違う靴になると思うな」
「もしかして、警察に通報してたりして? 泥棒って」
そうか、そういうケースも想定しておくべきなのか。
「警察が捜査しに来たら、ガーくん、ここへは来られなくなるんじゃない?」
「いや……それも大丈夫だろう。この靴は履き古したやつで、価格も安かった。片方なくなっただけで、いきなり警察を呼ぶなんてなりはしない」
「それなら安心だ。ほんとにそれでいいんだね? バタフライエフェクトじゃないけど、靴を片方持って行かれただけで、命に関わる事態になりはしないよね?」
「いいよ。ないって」
僕が断言すると、弟も安心したようだ。
「それじゃ、いよいよ試すとしますか」
「だな。早いとこ頼むぜ」
とっとと済ませて、午後はどこかへ遊びに繰り出そうじゃないか。
「早くも早くないも、きっとガーくんにとったら一瞬だよ。僕は同じ時間に戻って来るんだからさ」
「あ、そうだったな」
シュウは目を軽く瞑った。僕の家の玄関を思い出し、脳内スクリーンに描いているのだろう。
「よし。これで完璧のはず」
目を開き、にこっと笑った弟を見て、変なことを想像した。
Sカードが万が一にも本物なら、こいつが僕の家に行って、たとえば僕を絞め殺すことだってできるんだよな。
まあそんなことをされる理由はないから大丈夫のはずだが、もっとシンプルな、悪意のないいたずらをされると困るかもしれない。僕はそのことを念のため注意しておこうと口を開き掛けた。
次の瞬間。
「シュウ」
「何?」
応じる弟の声は息を弾ませているようだ。目を細め、にまにました表情になっている。突然の変化にちょっと不気味さを感じる。
「昨晩の僕の家に入れたとしても、余計なことはしないでくれ、よ……」
話す内におかしな感覚に囚われる。極薄いベールのような物を頭のてっぺんからふわりと掛けられ、それが身体にすっと入り込んでいったような……不思議な感覚だ。
「……まさか……」
「ガーくん、靴を見てみて」
僕は椅子をがたがた言わせて引いて、自分の足下に視線をやった。
「あっ」
両足とも焦げ茶色に金色の飾り留め具のあるデッキシューズを履いていた。僕は喉を鳴らして空唾を飲み込み、顔を起こすと興奮を抑制した。
「本物だったのか」
「そうみたいだね」
目尻を下げ、嬉しそうに答えるシュウ。僕がそのことを指摘すると、やはり嬉しげな声で答えた。
「だってあのおばあさんが嘘をついていたんじゃないと分かったから。信じてよかった」
そしてリュックをテーブルに置くと、中から僕の青いスニーカーの片方を出してきた。ウエストポーチが消えているのは、スニーカーが入らなかったからだろう。
「さあて、本物と分かったところで、次に確かめたいのはガーくんもこのカードを使えるかどうかなんだけど」
逸る弟に僕は手のひらを向けた。
「待った。その前に、残り何回使えるかは分からないのかな?」
「……特に出てないみたいだね」
カードの裏と表を順番に見て、弟はそう言った。
「どっちにしろ、今はまだ、使用回数の上限は三回のままでおかしくないのかも。だって僕一人しか使ってないのだから」
「それもそうか」
ますます、僕も早く使わなければ結論を下せないってことか? 使っても分からないままかもしれないけど。もしそうなったとしたら、最後の一回をどちらかが使うか、大事になってくるような。いや、その前に僕が試す一回分を大事にしなければいけない。過去や未来に行けるカードなんて、まさに夢の道具。使える回数が多いに越したことはない。
「飛んだ先では、不自由なく動けたんだよな?」
僕は弟の実体験と感覚を知ろうと、尋ねた。
「夜中だから抜き足差し足だったけど」
「そういう意味じゃなくって、身体が動かしづらいとか息苦しいとかはなかったんだよな」
「全然。普通にしてたよ。あ、本当に過去に来られたっていう興奮で、鼻息は荒くなっていたかもしれない」
「向こうで誰かと会って、話をした?」
「いや。だって夜中だし、ガーくん達に気付かれないようにするので精一杯」
「てことは、言っていた有意義なことは……」
「何にもできなかった」
「なんだ、残念」
「ごめん。でも考えてもみてよ」
頭を下げたかと思うと、すぐに起こしてまっすぐ見つめてくる。
「玄関に到着したのはいいけど、外に出る訳に行かないんだから」
「どうして」
「鍵を掛けられない」
「はい?」
何のことなのか飲み込めず、目を見開いた。
「玄関の鍵だよ。開けて出て行ったら、施錠しないままになっちゃう。それって不用心だと思ったから」
「そんなこと心配してたのか……気にせずに出て行って、三時間以内に玄関に戻って、鍵を掛けてRスキップすれば大丈夫だったろ、多分」
「いや、人の家でそんな可能性に賭けるみたいな真似は無理。もしも泥棒に入られたら、責任取れないよ」
……何か、すまん。時間旅行に出発する直前のおまえに、悪いことはするなよって声を掛けるつもりでいた自分が恥ずかしい。
続く
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